中国入院日記1 投資家として飛行機なしの世界一周 その8

 景洪は東南アジアと変わらずかなり熱かったが、大理に来るといきなり寒くなり、麗江はほとんど冬だった。標高が2400メートルあると、四月後半でも関係なかった。
 町の中心部はビルが一切なく、歴史ある古民家だけが立ち並んでいて、その合間を細い石畳の道が入り組んでいた。水路も多く、水面にアーチ状の石橋と緑を垂らした柳が映り込んでいる。瓦屋根の古民家と青い空が合わさって、どこを切りとってもいい絵になった。しかもそれは町全体に広がっていて、一日では歩きつくせないほどの規模だった。夜は多くの古民家につるされている赤い提灯が灯り、笛の音色が聞こえてくる。レストランの多い場所では、民族衣装を着た女の子たちが踊っていた。人が多く、観光地化されている感は否めないが、活気があり、それを感じさせない魅力があった。郊外に訪れるべき場所も多く、少し離れれば玉龍雪山をバックに古民家の立ち並ぶ、静かな村もあった。


 そして、旅に出て二か月もしない、4月23日。麗江滞在、三日目の出来事。

朝起きると、しなければならないことがあったのでパソコンで作業をした。Yahooニュースで草彅剛が捕まったことを知った。日本は「ホントにくだらないことで騒いでるな」と思った。しばらくして朝食を食べるために外に出た。出る時、泊まっていたホテルのスタッフにシャングリラ行きのバスについて聞いた。朝早くに出るバスがあるということで、翌日出ることを決めた。朝食を食べ終わると、麗江のハイライトである玉竜雪山に行くための準備をした。

シャワーを浴びるためにバスルームに入った。

そのバスルームは公衆電話ボックスくらいの大きさで、しかも換気扇がなかった。「こんなんでカビははえないんだろうか?」と思った。寒いのに、蒸気がこもってしまうので、ベッドルームの窓を開けなければならなかった。しかもバスルームのドアが完全に閉まらないため、初日と二日目はとても寒い思いをしながらシャワーを浴びた。ただ、ドアが完全に閉まらないことは東南アジアではよくあることだったので、特に気にしてはいなかった。

ただ、三日目のこの日は特別に寒かった。麗江は標高が高いので日中は暑いくらいだが、朝夜はとても冷える。まず、熱いシャワーを出しっぱなしにして蒸気でバスルームを温めた。しばらくして中に入り、ドアを閉めようとした。一回、二回、普通の力で押したが閉まらないので、三回目、強く押して完全に閉めた。

シャワーを浴びた。

バスルームから出ようとした。

ドアが開かない。。。出られない。。。。。

当然色々試した。ドアノブをまわす方向が間違っているのか?いや、間違っていない。押したり引いたりしてみる。開かない。渾身の力を込めて開けようとする。開かない。足を使って壁をけり、その反動を利用して開けようとしてみるが、、、開かない!

十五分ほど必死になって開けようとしていただろうか。最初から気にはなっていたことだけど、、、

息が苦しくなってきた。。。

換気扇と窓は前述のとおり無い。

ドアは完全に開かないぐらいなので、ぴったり閉まったてる。ほとんど隙間もない。

バスルームの中はもともと蒸気で一杯で、ほとんどサウナ状態だった。

必死にドアを開けようとしていたため、自分自身も息切れしている。

完全な密室の中で。。。

今まで無駄だと思ってやらなかったが、ついに声を出してみる。だがやはり何の効果もない。このバスルームは部屋の中にあるので、壁が二重にあるだけではなく、部屋自体が他の部屋と離れたところにあるので、隣の部屋の人に声が届くことはなさそうだった。さらに、ほとんどの人が早朝、ツアーに出るので、昼に近いこの時間、宿が人気もなく静かなことは分かりきっていた。また、スタッフが何の目的もなくこの部屋の前の通路を通ることも、あまりなさそうなことだった。それを狙うにしても、何時間かの間声を出し続けなければならない。この宿はルームクリーニングも頼まなければしてくれないところだったので、一日音沙汰なしでも誰も気づかないかもしれない。

こんな狭いバスルームの中で今、窒息死の危険が迫っている。

そう思うとカッとなった。

ドアは15センチくらいの幅の木の枠があって、その中に長身大のガラスがはまっているという構造だった。ガラスは曇り窓で少し厚そうな感じがした。

タオルを巻き、パンチした。

腕が戻ってきたとき、ひじの裏のところから血がシャワーのように出て頭から浴びた。

体中が血だらけになった。

窓ガラスは完全に割れ、閉じ込められているという焦りがなくなり、息ができるようになったのもあるだろうか、、、

途端に冷静になった。

急いでバスルームから出てズボンをはき、腕を縛った。

三十秒もかからなかったと思うが、吹き出た血の量が半端なく、部屋が真っ赤になった。

人は三分の一か二かの血が出ると死ぬというが、このままいけば、、、余裕で超える。

これはマジにヤバイと思った。

これは。。。。。 マジに死ぬかもしれない。

急いで一階のフロアに階段で降り、助けを求めた。

フロアには最初誰もいなかったが、すぐに人が駆けつけてきてくれた。最初、面食らったような表情で一時停止したような感じだったが、すぐに事態の深刻さを分かってくれてようだった。

肩をかついで外に出そうとしてくれた。

そして宿を出て十歩も歩かないうちに意識を失った。



家族を中心に色々な人が現れた。とにかく人が自分の前に現れては消えていった。随分時間がたったように思ったが、ある時、何故か下半身がなくなったような気がした。
ずいぶん長い時間、いろんな人に会っていろんな場所に行き旅をしていたように思ったが、

あれ?俺の下半身はどこに行ったんだろう?どうしちゃったんだっけ?

それで思い出してきた。

あれ?ていうか俺は何をしてたんだっけ?夢を見ている?

そうだ。俺は、、、死にかけてるんだ。今のは走馬灯?

ダメだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。生きなくちゃ!



そう思って目が覚めると、丁度タンカが来たところだった。

タンカに乗せてもらうと、太陽がまぶしかった。

透き通るような水色の空に、太陽が白く輝いていた。

素晴らしく綺麗だと感じた。

太陽のことを思っていると、意識が薄れてきた。だめだ、絶対に生きてやる、生き抜いてやる、そう思った。忘れないでそれだけを考え続けようと思った。太陽を綺麗だと感じる。意識が遠のく。生きてやる。。。その繰り返しだった。

生きてやる、生き残ってやる、生き抜いてやる。。。

しばらくして町の簡易医療所みたいなところに着いた。色々聞かれるが、声が出ない。。。しゃべることができない!腕もまったく動かない。医者が状態を見ようとして、腕に巻いてあったものを取ると、ブシャッと血が吹き出た。

救急車が来た。意識が薄い。寒い。

病院に着くと、小汚い控え室でしばらく待たされた。この間、警官が来て事故の状況について色々聞いてきた。しゃべることができないので口をパクパク動かしてるだけなのだが、しつこく聞いてくる。「こんな時に聞いてくんじゃねー」と思ったが、手術に影響するかもしれないと思って力を出すと、少しだけ声が出た。ガラスで切ったことと、血液型がB型であることを伝えた。恐ろしく寒いから毛布をかけてくれとも頼んだ。

腕をみると、醜い色になって膨れ上がっていた。動かすことは完全に出来ない。生き残ったとしても、腕を切断する可能性があるかもしれない、そう思った。素人見だったが、それほどひどかった。

時々その部屋から警官も医者も誰もいなくなるときがあった。そのときは意識が遠のいてホントに寂しく感じた。こんな片田舎の病院の小汚い部屋で、誰にも気づかれずに死ぬなんてことは、絶対にいやだと思った。

ガラにもなく、警官に手を握ってくれるよう頼んだ。力が伝わってくるような気がして心強く感じた。

三十分ほどして手術室に運ばれた。こっちは命がかかっているというのに、皆は談笑しながら手術の準備をしていた。設備や部屋自体も日本では考えられないくらいボロかった。

ガスマスクみたいなのをさせられた。

しばらくすると完全に意識を失った。

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