アバレンジャーと捨て大将

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ロングドライブ生活のおかげで、長男の精神状態は大幅に改善された。

地球を何回転したかな? 走行距離三十万キロの成果である。

しかし、これだけドライブすると、もはや、真新しいものが無くなって、魅力を感じなくなっていった。どうすれば、いいのだろう。見当がつかない。長男は、とまどい、ストレス解消に、グルメ巡りに走る。全く困ったものだ。みるみる体重が増えてしまった。

「これも、駄目だな」

そんな時、長男が就労支援センターの名刺を持って帰ってきた。

「何、これ?」

「おじさんと話をした」

退屈だから、偶然が訪れ、おじさんと話をした。ただそれだけらしい。迷惑な息子だ。

「でも、これはいいかも」

これがきっかけで、長男は、事業所で就労体験をすることになった。大きな前進だ。

 

丁度、その一年後、次男が突然帰って来た。ぎょっとした。逆襲に合うのかと思った。年子と言う者は不思議で、どっちかがうまくいくと、片方がうまくいかなくなる。両方悪い状態というのがあっても、両方いい状態というものは無い。

「どうしたの?いきなり」

「やめた」

「何を?」

「大学」

「冗談だろう」と言うより、きっとそうなるだろうと思った。剣道の強い大学である。「捨て大将」では、ついていけないはずである。

「どういうことだかわかんないけど、そういうこともあるさ。まあ、いいんじゃない」

それ以上追及することなく受け入れた。本人自身は落ち込んでいた。

「部屋の荷物は?」

「置いて来た」

どうやら無一文になって帰ってきたようだ。

「取りに行かないの?」

「取りに行かない」

取りに行く気力もないらしい。かなり重症だ。

「まあ、取りに行ったるわ」

 休日に、主人と長男を連れ、部屋の荷物を取りに行った。

「何じゃこれ」

ほぼゴミ屋敷。これが、親からの自立というものであろうか。誰かとケンカしたのか壁に穴が開いている。

「ひどいね、これ」

三人で片づける。こんな時でも、長男を縛り付けておかねばならない。三人がかり一時間半位で片付いた。

「終了」

「何これ?」

不思議なメモ書きが残っていた。

次男はイジメを受けていたようだ。

「あぁ、大学やめてよかったよ」

私は、大きな声でそう言った。

 

家に帰ってもメモ書きのことは黙っていた。

「さあ、今日は焼肉にしたから、いっぱい食べて」

元気はないのだが、よほどわびしい生活をしていたのだろう。野獣のようにガツガツ食べる。男の子は、そうこなくちゃ。我が家は、二人とも肉食系男子だ。

しばらく、次男は、昼まで寝てそれから起きて飯を食べるといった生活だった。長男の世話とのダブルパンチで体が壊れそう。

一週間ほど経った頃だ。

「ちょっと出かけて来る」

次男が出て行った。その日夜の八時頃に帰って来た。やはり夕飯をがっつりと食べる。二キロの鶏肉を唐揚げにし、四人で食べた。

「明日からアルバイトする」

何のアルバイトか聞いていなかった。ふと次男の部屋を掃除していると、警備員の誓約書があった。これかと思った。毎日休まず、大晦日も正月もなく働いていた。

長男の仕事は、畑仕事である。こちらも肉体労働で大変だ。家ではキレたり暴れたりしていた。人間関係のトラブル続きだ。

次男は三月の終わりまで、アルバイトをした。そして、また出ていくと言い出した。

「これからどうするの?」

「自衛隊に行く」

耳を疑った。もはや親のペースでは動かない。親子の考えには大きな溝ができている。

長男は、五月に入ってから、水分を多くとるようになった。その様子があまりにも異常なので、検査をしてもらった。糖尿病だった。血糖値六百。緊急入院。二週間ほど病院にいた。退院後は糖質制限の食事に気を遣う。

 

正月、次男が帰って来た。自衛隊ですっかり男らしい体つきになっていた。心配していたよりも元気そうだ。「捨て大将」は、ひとまわり成長したのだ。

それから二年後、次男は自衛隊をやめた。自分が所属する部隊がなくなるらしい。他の部署に異動する者もいたが、自分は自主的にやめたのだと言っている。

「どうするの?」

「予備校に行く、大学に行きたい」

次男は、どうやら大学進学予備校へ行くお金を作るために、自衛隊に入ったようだ。昼行燈をしながら、倒幕の謀反を企てていたのだ。

「少しお金出してあげようか?」

「いらん」

オレにかまうなと言う態度だ。

「大阪の予備校へ行くから、賃貸マンションに住むわ」

一からの受験勉強だ。

 

その年次男は志望大学に合格できなかった。

長男はその一年後就労生活をやめた。やはり、予備校へ通い、大学進学を目指す。長男もようやく穏やかになっていた。暴れたり大声を出すことも希になった。いつの間にかたくさんの仲間ができ、協力や支援を受けられるようになっていた。

気がつかないうちに子供は、成長しているものだ。

長男は手がかかったが、次男はほったらかし。が、親なしで、ここまで来たからすごい。アバレンジャーも捨て大将もたくましく成長したのだ。

二年目。次男は、私の実家で宅浪だ。自宅に兄がいては勉強に集中できないと言う。兄弟仲が悪い。それ以来、剣道を捨て、あわれな落ちぶれた浪人となった。二年も経てば、中堅大学レベルの学力にまで回復した。しかし、やはり難関大学まであと一歩及ばない。悔しさからか、今まで怒りを炸裂させたことのない次男がとうとう爆発を始めた。大暴れ、罵詈雑言、破壊活動続く。アバレンジャー2号誕生。

「せっかく上の子は落ち着いて来たのに、今度はこっちか」

一難去ってまた一難だ。

長男も最初の一年は学力があまり上がらなかった。次男も難関大学は無理だな。

「もう行ける大学に行けば」

「お母さんには関係が無いことだ」

「じゃあ、どうするのよ」

「お前が予備校探して来い」

実家から予備校通い、また受験勉強だ。もともと我慢強い性格と言っても、ここまで受験が長引けば、精神力が持たない。怒っては、襖や障子を壊す。ハカイダーだ。

「オマエが悪い。オマエのせいでオレがこうなった」

後ろめたい。その言葉がどこか突き刺さる。確かに長男のことで次男に手が回らなかったことが多かった。それにしても、男とはプライド高い生き物で、それが傷つくとこんなに乱れるものなのだ。父といい、子供といい、男とは難しいものなのだ。

「オマエとは、もう大学卒業したらかかわりたくないんや」

長い間、親子が離れていると、とうとうこんなことになってしまう。悲しくなる。次男は受験生活のため、自分が貯めた貯金三百万の大半が奪われ、残り五十万円と底をついてしまった。

「クソッ」

そう言っている姿が、どこか父に似ていて心苦しかった。

「足りない分銀行に入れてあげる」

「そんなんええわ」

突っぱねる。だからといってほっておけないのでお金を入れてあげている。それがせめてもの応援と愛情である。

 

今年二月。とうとう次男は難関大学を合格した。何かの話じゃないが、本当に偏差値を大幅に挙げたのだ。

「オマエを追い越した。出ていくからな、オレはオレの道をゆく」

下宿するらしい。時代劇の最終回みたい。カッコイイ後ろ姿を見せたいのだろう。

「せめて、その時まで家でおいしいものいっぱい食べてから行ったら」

「ええわ、兄さんがおる」

長男も長い間の努力の末、病気の大部分を克服しているのに。

「兄ちゃん大丈夫?」

「お兄ちゃんのことはあなたには関係ない。来年頑張るよ。でももうかつての兄ちゃんではないよ」

それを聞いて次男が白い歯を見せてうっすら笑いをした。得意そう。兄と私に勝ったという自負であろう。一方、長男は、最近ようやく兄らしくなった。

「弟はよう頑張ったな。エライんやなぁ」

 余裕のある心でいる。私の長い間、与え続けた愛情が実を結び始めたのであろうか?

「時々帰って来てね」

「いや帰らん」

このあまのじゃくだけは、相変わらず変わらない。

「大学は言ったら勉強するわ」

「すごいなぁ。ところで何の?」

「会計士のや」

「会計士?」

はたまた、そんな難しいもん大丈夫か。

この選択には主人に原因がある。次男は主人の学歴に及ばなかったが、私には少し勝って学歴の偏差値順位家族内二位だ。今度は主人を乗り越えたいと思っているのだ。主人が退職後、技術士事務所を開きたいという将来の希望を受けて、自分はそれより難しい会計士になって勝ちたいと思っているのだ。

「教師が向いていると思うがなぁ」

「私もそう思う」

主人と私は、そう思っている。

で、そんなことより、自分の好きなことをすればよいと思うのだが、次男はひとり戦国の下克上の世にいるのだ。

「私は本当に行きたかった大学はK芸大、知ってる?私デザイナーになりたかったのよ。残念でした。」威張っている次男に、意地悪い気分でこう言った。

でもまあ、私の父がもし生きているなら、きっと喜んで応援してくれているだろう。次男は祝い金を全て埃だらけの父の仏壇に供えた。

大学書類の諸手続きをするために、久しぶりに我が家に帰った。

「夕飯食べて行き」

「エエわ」

「まあ食べよ」

うなぎ丼、焼き牡蠣をたらふく食べていた。その姿を見て何となくうれしくなった。

「今なら、まだ取り戻せる」

と思った。長い間心が離れていても、きっと家族は再び一つにまとまり、幸せを築くことができるだろう。

 

「来年は頑張りよ。今度はあなたが私を抜かすつもりで」

長男の肩をたたいた。もう障害者だと言わせない。弟に負けるな。兄弟それぞれの未来へ向かって羽ばたいて行け。

私たちの戦いは、これからも続く。

いつのまにか、アバレンジャーも捨て大将も存在しない。

二人の息子はスーパーヒーローになって確かな未来へ向かって邁進している。

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