ゾンビ子供の遅すぎる懺悔〜魔女に支配された教室

「白鳥《仮名》さんには、どうしてこんなにニキビがあるのでしょう?」

6時間目の道徳の時間。
教壇に立つ魔女からの問いかけに、子どもたちは次々に手をあげた。

「いやらしいことばかり考えているからだと思います!」
「子どもらしくないからだと思います!」
好みの回答を得て、魔女は嬉しそうににんまりと笑う。

魔女の横で背中を丸めている白鳥さんは、身長165センチを越えるモデル体型に、天然パーマのロングヘアにニキビという、小学校高学年にしては、かなり大人びたルックスの女の子。

子供らしくない、という言いがかりめいた理由で、白鳥さんは、魔女に嫌われていた。

もう、30年以上前のこと。
田舎の小さな小学校から、全校生徒1000人以上のマンモス校に転校した私は、運悪く魔女のような恐ろしい担任に当たってしまった。

鼻血が出るほどの往復ビンタは日常茶飯時。

図工の時間に、机の上へ鏡を置き、自分の顔をスケッチしていたら、突然魔女に全員の鏡を倒され、前列の数人が殴られた。
「そんな辛気臭い顔で、いい絵が描けるわけないでしょうが!」
私たちはあわてて笑顔を作る。
するとまた鏡を倒され、誰かが殴られた。
「心の底から笑ってない!」
みんなが戸惑っている中、直前に殴られ鼻血を出している男の子の一人が、
「わーっはっは」
とお腹を抱えて笑い出す。
魔女の満足そうな顔を見て、これが正しいやり方なのだと悟った私たちは、その子の真似をして身をよじり、教室はあっという間に、乾いた笑い声で満たされた。

そんな魔女は、私たちを受け持つ数年前に、某国営テレビ局教育番組への出演を果たしていた。
「どんなわんぱく坊主でも、魔法のようにしつけてしまう地方都市の名物教師」。
こんな感じの取り上げられ方で、30分のドキュメンタリー番組だった。

ホームルームで録画ビデオを上映することになった。
主題歌の後に魔女が登場し、名前のテロップが出た。 私たちはクスっと笑った。
私が小学生だった1970年代はスマホもYouTubeもハンディビデオもなく、知り合いがモニターの中で動くなんて、よっぽど特別なことだった。
だからつい、嬉しくて、少しだけ誇らしくて、思わず笑ってしまったのだと思う。

バチンと嫌な破裂音がした。
魔女が、笑った生徒のうちの1人を殴ったのだ。
「人の顔を見て笑うとは。なんと無礼な」
ビデオのスイッチが切られた。

怒りの原因が分かった私たちは、口々に「すみませんでした。お願いです。見せてください」と懇願する。

テープは巻き戻され、また魔女の名前が出た。
もう誰も笑わない。ところがまた魔女は不機嫌になった。
「あんたらは、すごいですねも言えないんですか!」

私たちはすみませんと言い、またテープが巻き戻される。
3回目のテロップが出た。
「先生、すごい!」
私たちは口々に賞賛し、やっと最後までビデオを見ることができた。

そんな日々が繰り返されるうちに、私たちは、魔女の命令に唯々諾々と従うようになっていた。
だから「白鳥さんの顔になぜニキビがあるのか」などという、とんでもない議題にも、即座に乗っかることができたのだ。

数人が白鳥さんのよくないところを発表し、やっと授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「発言しなかった人は後ろに並びなさい」
7人ほどが、掲示板の前に一列に並ぶ。
正直者の彼らには、往復ビンタという、手痛いお仕置きが与えられ、道徳の授業は終了した。
私はその日ビンタを免れた。
本当は発言していなかったけれど、後ろに並ばなかったのだ。
私は普段から、魔女の攻撃を、うまくすり抜けていた。
最後に殴られた7人には、勇気がある。
しかし白鳥さんについて発言した生徒たちは、普段から魔女に目をつけられていて、黙っていたらひどい目に遭っていた可能性が高く、あの行動は不可抗力だった。

みんなが必死になって戦っていた、あの教室で、私だけが卑怯者だった。

あの1年間は自分が自分でなかったというか、人間ですらなかったような気がしている。
私は地味で人畜無害で目立たないという、自分の特性をフルに生かし、魔女にとっての空気になることに成功していた。
私は傷ついている白鳥さんや、他のクラスメイトのことなど頭になく、己の保身ばかりを考えていた。笑顔なんて当然ない。哀しむこともやめてしまった。
喜怒哀楽も思いやりもなくし、恐怖のみに縛られている私は、魔女に魂を抜き取られた、哀れなゾンビのようだった。

3歳の頃、いじめっ子にたった1人で立ち向かったことがある。
ござの上に座っていた、足の不自由なおばあさんに男の子たちが石をぶつけていて、私がそれを止めたのだ。
「そんなことをしたらいけん!」
声は震え、足はガクガク震えていた。
案の定、いじめっ子の矛先はこちらに向き、ボコボコにされてしまったけれど、あの時の私は紛れもなく勇者だった。

あの時確実にあったはずの勇気は、数年後、かけらも残っていなかった。

負荷こそが人生の糧になる。
ポジティブシンキングがモットーの私だが、この件だけは例外だ。

卑怯者だった自分を肯定してしまったら、白鳥さんや、盾になってくれていた他の生徒たちに、申し訳が立たないと思うからだ。

しかしあの最低最悪で、ゴミみたいな1年間からでも、学べた事がひとつだけある。
「洗脳」ほど恐ろしいものはない。
その事実に、わずか12歳で気づけたことは、その後の人生に役立った。

魔女は私たちの心を暴力で縛り、意のままに操った。
私たちを洗脳したのだ。
洗脳とは、人間から、勇気とか、優しさとか、その人が本来持っていたはずの美しいものを、全て奪い去ってしまう行為だ。
ひとたびその魔術にかかってしまえば、高潔な勇者も、卑怯なゾンビに変わってしまう。
私は魔女の要求に、「NO」を突きつけるべきだった。
それなのに、そんなこと頭をよぎりもしなかった。
私は友達を助けるべきだった。
なのに怖くて手も足も動かなかった。
私は魔女に飼いならされていたのだ。

だから私は、この先絶対に、誰かの心を操らないと決めている。
「洗脳とは、この世で1番罪深い行為」。
魔女とゾンビの教室で獲得した、たった1つの教訓である。

魔女はいったいどんな目的で、子ども達にあんな恐怖政治を敷いたのだろう。
何か鬱々としたものがあり、そのはけ口を子どもたちに向けたのであれば、私から言いたいことはこれだけだ。
「ふざけんな」。

白鳥さんはその後すぐに転校し、1度だけ街ですれ違った。
ピンと背中を伸ばした高校生の彼女は、手足が伸びてモデル体型に磨きがかかり、ニキビは多少あるものの、大人びた美しい顔にキラキラした笑顔を浮かべていた。
手が届くほど近い距離にいた頃は、1度も見たことのないその表情に、私は思わず泣きそうになった。

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