中欧 投資家として飛行機なしの世界一周 その17

ハンガリー

ブダペストへは結局バスがなかったので、電車を使うことにした。

当日、電車はほとんど乗客がいなくて、僕は6人用のコンパートメントを一人で独占していた。

国境までの3、4時間は、本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごしていた。

国境を越えたところで、一人のおばあちゃんが入ってきた。

何か話しかけてきた。

ハンガリー語なので分からないが、「ここに座ってもいいかしら」と言っているようだった。

当然「いいですよ、どうぞ」とジェスチャーする。


おばあちゃんは席に座ると本を読み始めた。

僕はしばらくボーっとしていたが、いつの間にか眠りに入ってしまっていた。


ふいに肩を軽くたたかれて、目を覚ました。

おばあちゃんがすもものような果物を差し出している。

「食べなさい」と言っているようだ。

一体どうして急に、寝ている人を起こしてまで果物をあげたくなったんだろう、と少し驚いた。

なんだか可笑しく思った。

「Thank you」と言って有難くもらう。

三つもらって三つとも食べ終わると、ハンガリー語で「ありがとう」を言いたくなった。

そこでおばあちゃんにガイドブックのハンガリー語欄を見せて、正しい発音を聞こうとした。

するとおばあちゃんは嬉しそうに、「ありがとう」だけじゃなくて色々な単語の発音を教えてくれた。

一通り単語を言い終わると、今度は別の話をし始めた。

あまり正確には分からないが、「ブダペストに行くの?10月にはいるの?10月はとても素晴らしいお祭りがあるのよ」と言っているらしい。


しばらく話した後、おばあちゃんはまた本を読み始め、俺はボーっとしながら景色を眺めていた。


電車の窓には、いつまでも田園風景が流れていた。

左の窓からは温かい西日がさしていた。

右の窓からは涼しい風が吹いていた。


なんでもない時間。なんでもないけど、うっとりするような、心地よい時間だった。


ハンガリーはEUだし、こっからは楽で安全な旅ができると勝手に思い込んでた。

したらかなり久しぶりにぼったくられた。

駅に着いたときは日が暮れかけていたし、体調が悪かったということもあって、迷った挙句タクシーに乗ることにした。

タクシーの運ちゃんにメーターか?と聞くとメーターだと言う。

何の疑いもなしに乗ってしまった。

目的近くでメーターを見ると、とんでもない速さで回転してるのに気づいた。

改造メーターだった。

とんでもないと言っても、最終的には1000円弱で行けるところが2000円強ちょっとだったという感じだけど、倍以上かかったということになる。というか、ボラれるということについて額は関係ない。いくらだろうが、簡単にボラれてはいけない。

改造メーターは話には聞いていたけど、実際に被害にあったことはなかった。バンコクだって今やタクシーは大体ちゃんとしたメーターを積んでいて、ほぼ安心して乗れる。改造メーターなんてホントに運が悪くないと出くわさないだろうと思ってた。

それがEUに入ったばかりで出くわすなんて。。。

後で聞いた話ではここらへんではよくある話らしい。やっぱアジアとは手口が違うのか。

油断してた。

まぁそんな感じで始まったハンガリー。町は結構キレイだった。


ハンガリーではアンダンテという日本人宿に泊まったんだけど、なんとそこで誕生日を祝ってもらった。突然だったので驚いたけど、ホントに嬉しかった。

写真はろうそくの火が灯ってるうちに撮れば良かったんだけど。。。後から気づいて撮ったから、もう崩れちゃってる。。。


最初の旅の出発からもう半年たつけど、この間、一日中雨が降り続けたことは一度もなかった。でも2、3時間の雨が降ったことは2回だけある。一回目は西安の駅に着いたとき、ホステルに行くまでの間降ってて、結構苦労した。
そして二回目はここブダペストで、教会のコンサートを聞きに行く途中だった。


実はコンサートを聞くのは初めて。興味はあったけど、機会がなかった。でもメテオラで会った東大生がすごい良かったというのを聞いて、僕も必ず行きたいと思ってた。

おそらく内容自体はそこまでじゃなかったぽい。でも初めての経験だったし、教会の音響、特に低音の響きに特徴があって、十分楽しめた。

クラシックってやっぱ生で聞かないといけないんだと気づいた。これからもヨーロッパにいるうちに、たくさんのコンサートを聞きに行きたいと思った。

オーストリア



コンサートといい、美術館といい、ほんとヨーロッパに入って旅の質が変わったなぁと思う。

ポーランド


ハンガリーはそれなりに暑かった。

オーストリアからは、急激に寒くなりだしてた。

それでも上だけちょっと厚着して、下は短パンとサンダルで頑張ってた。


そしてウィーンから深夜バスに乗って、クラクフに着いたのは朝の五時。

九月初旬だというのに、初冬並みの寒さだった。

寒いと外に居続けるのがキツくなるのはもちろん、風邪の心配をしなくちゃいけないし、靴下だの上着だの洗濯物も増えて、結構大変になる。


この旅は全部ハイシーズンでまわる計画だった。

3月は東南アジアで過ごし、春になる頃に北上して、夏にアジア、秋のまだ寒くないけど混んでない時期にヨーロッパで過ごす。その後赤道を越えて南米に入り、季節を夏に切り替え、夏の終わりとともにもう一度赤道を越えて北上する、という予定だった。

でもヨーロッパが九月でこんなに寒いなんて。。。

寒さが本格的になる前に、地中海沿岸に下らないと。


中欧には大道芸人がいっぱいいる。

そういえばハンガリーでは、実際に会うことは出来なかったけど、手品師として路上でお金を稼いでいる日本人の旅人がいると聞いた。

大道芸人は一般に思われているよりも稼ぐらしい。

日本の大道芸人でも、路上で稼ぐのはもちろん、一流になると学校とか地域の催し物に呼ばれたりして、人によっては月に4、50稼ぐとも聞いた。

実際ヨーロッパのストリートミュージシャン、特にヴァイオリン弾きなんかを見ていると、人が次々と来ては足を止め、長くても10分やそこら聞いてお金を落とし、また帰っていく。観光客の波は決して絶えることなく、延々とそれが繰り返され、お金が次々に落ちていく。

もちろんずっと続けられることではないし、裕福に暮らせる、というレベルのものでもないだろう。しかし旅費を稼ぐためのものと割り切ってやるならば、旅を続けるのに困らないくらいは稼げるんじゃないだろうか?特にEUはユーロなので、EUで稼いで物価の安い国で豪遊するというのも、面白い旅の仕方かもしれない。

移動しながら稼ぐという方法の、一つのあり方だと思う。


街を歩いていたら偶然パレードを見つけた。パレードの中には明らかに日本人だと思われるお坊さんがいる。しかもそれに混ざって神父さんやユダヤ教徒らしき人もいる。一体なんだろうと思ってついていくと、なんと第二次世界大戦が始まってからちょうど70年の日を追悼する式典で、キリストからイスラム、仏教やアフリカの土着のものまで、あらゆる宗教の聖職者が集まって、お祈りをする会だった。
会は日が暮れるまで続き、平和のために何度もお祈りをし、最後は「ハレルヤ」の流れる中、近くにいる人みんなでハグしあって終わる、という内容だった。

結構感動的だった。


そんな偶然の次の日に、アウシュビッツに行ってきた。
六芒星を背負ったイスラエル人(ユダヤ人)もたくさん来てた。


ドイツにはホロコーストについての認識や反省を軽くしようとする人間を、罰する法律があるらしい。

その代わり、もう過去は過去のこととして、政治問題にはなりにくいと聞いた。

実際はどうか分からないけど。


以下、チェコのプラハ。


街には音楽があふれてる。


ミュシャ製作のステンドグラス

プラハは街の雰囲気も良かったし、中欧では一番面白かったかもしれない。宿もメキシコ人だの香港人だの、ラリッたスロヴェニア人だのが入れ替わり立ち替わり来て、見ているだけで楽しめた。

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