アホの力 4-6.アホ、気持ちが動く
2013年の元日に倒れて以来、身体の右半身が全く動かなくなり、それと同時に心も凍りついた。
もう死んでしまいたいと思い続けた地獄のような5日間は、facebookで開いた外の世界の扉と、その扉の向こうからやって来た物凄い数の見舞客によって破られようとしていた。
仲間とのつながりを再確認出来たことで、死を望むのみだった私の心に、少しずつ変化が起こり始めたのだ。
先ず生まれた変化は『南相馬に帰りてえな』という強烈な想いが生じた事である。
もう一度南相馬に帰りたい。そして仲間と共に再びあの満ち足りた時間を過ごしたい。
しかし、それを確実に実現する方法は無かった。唯一の方法は、、私が『無駄だ』と思っているリハビリをして、身体の動きをそれに耐えうるレベルまで回復させる事だけだ。
しかし、リハビリをやったところで、どの程度回復出来るのかは全く分からなかった。医者も理学療法士も作業療法士も、そう言った疑問には答えてくれない。当たり前だ。『ここまでは確実に治ります』なんて事は分からないのだ。不確定な事は医療人としては口には出来まい。
自分で調べて、回復の目標を立てるしかなかったが、その時はまだリハビリ自体信じていなかった。
『どこまで治るか分からないのに、やる意味あるのか。回復しないかも知れないじゃんか。』
という具合だ。
リハビリを始めた数日は、病室のベッドの上で行っていたが、すぐにリハビリ室に移動してリハビリを行うようになった。集中治療室のベッドから車いすに移譲し、理学療法士の先生がその車椅子を押していく。
以前にも書いたが、理学療法士の先生は視覚障害者だ。その視覚障害者の先生が、毎日元気よく
『おはようございまーす!』
と迎えに来るのだ。そしてその先生、白杖も持たずに病院内をピョンピョン飛びまわっている。他の患者から廊下で声をかけられると、元気いっぱいに『こんにちは!』と返事をしている。
一体何なんだろう。不思議な人だな。
リハビリ室に着くと、いつもリハビリに必要な器具を手探りで探して持って来る。それも、苦も無く探しているように見えた。だが、側から見ていても『見えていないな』という事は見て取れる。
私は思い切って聞いてみた。
『先生は全盲なんですか?』
先生は苦も無く答えた。
『全盲だよ~。』
この人本当に凄い。全盲とはいえ、色々なレベルがあるそうなのだが、先生は恐らく物の明るさ程度は感じていたのだろう。でも、明らかにモノは見えていなかった。
けどこの人、その事を全然苦にしてない。物凄く自然な明るさを持って過ごしている。
どうしてその心境に至ったのかはその時の私には分からなかったが、この人自体がリハビリの目標になるかも知れないという気がした。理学療法士は適切な施術で、患者の身体の機能回復を促す事が役目な訳だが、この人の立ち居振る舞いから、心の機能回復も促されるかも知れない。自分の障害を苦にもせず活動するその姿は、もしかしたら私の目指すべきところなのかも知れない。私もこの人に負けてられない。
これは心のリハビリだ。
この先生に、そんな風に背中を押してもらえたような気がした。
気持ちに変化が出てきたなら、次にすべき自分の体の状態の把握だ。どこがどの程度麻痺していて、どの部分に力が入らないのか、逆にどの部分に力が入るのか、それを『自分なりに感じる』事が大事だった。そして自分の体の状態を把握したところで、自分の身体がどの程度回復しそうなのかを、ネットの中にあまたある実例から調べていく。その実例は、研究者が書いた論文もあれば、脳卒中患者のリハビリ体験記もある。それらをたくさん読み漁り、自分がどのくらい回復するのかの予測を立てた。もちろん私のような素人の予測では心もとないので、理学療法士の先生や作業療法士の先生に『こういう情報があって、自分はこう思うんだけど、先生はどう思う?』『自分でこんなメニューを考えたんだけど、どうだろう?』と相談しながら予測は立てるのだ。
そうして立てた予測の、ほんの少し上を目指してリハビリをしていくのだ。
リハビリの効果は、現れるまで相当時間がかかる。効果が感じられないと当然へこむし、とても苦しい。
リハビリできちんとした効果を出すには、実はがむしゃらにやるのではだめで、どうやらモチベーションの維持方法がそれぞれリハビリの進展レベルごとにあるようだ。次回のブログでは、そのもっとも初期段階の方法について書きたい。
こうして私は、関わってくれている人達からエネルギーをもらいつつ、少しずつリハビリに取り組むようになった。
身体のリハビリだけでなく、心のリハビリも自分なりに着手していたのだ。
とはいえ、まだまだ半信半疑ではあった。死を望む気持ちも、依然として残っていた。
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