水没したカメラと、初めてのコカコーラ。

次話: 金沢への旅、そしてM君のこと。

学校の夏休みも、もうじき終わる。数日前の暑い日、久し振りにコンビニでコーラを買って飲んだら、小学校の時にやった自由研究のことを思い出した。

 

たしか小学校6年の時。夏休みの自由研究のネタに困った僕は、ふと、近くを流れる奈良井川の水源を見てみたいと思い立った。暗い山の中で、どこからか湧き出た水が滴り落ちているイメージが浮かんだ。それを見てみたい。クラスにもう一人いた同姓の寺沢君を誘い、自転車で川を遡る計画を立てた。

 

奈良井川は、中央アルプスの駒ヶ岳を水源とし、松本盆地で梓川と合流して犀川となる。そして長野盆地で千曲川と合流して信濃川となり、新潟を抜けて日本海へ注ぎ込む。分水嶺の反対側には、木曽川と天竜川がある。地図などという気の利いたものはない。どこまで行けるか分からないが、勘を頼りに行ってみよう。二人だけの、ちょっとした冒険だった。

 

父親からカメラと腕時計を借り、8月のある日の早朝、二人で出発した。中央本線の日出塩駅を過ぎると、もう未知の風景だ。木曽平沢、奈良井宿を抜け、上松町の寝覚めの床の景勝も右手に見たように思う。

 

川の流れは地形によって大きく変わっていた。平地をゆったりと流れていたかと思うと、突然急流になったり、何本かの支流が合流して出来る渦、大きく曲がりくねって出来た洲、そんな写真を撮影した。途中から林道に入ると、急に傾斜がキツくなる。自転車を手で押して上った。

 

出発から6時間ほどが経ち、帰りの時間を考えると、そろそろ限界だった。それでももう少しと上って行くと、木々の間から小さな滝が見えた。ここを水源ということにしよう、と自分を納得させた。さすがに疲れていた。母親に作ってもらったおにぎりを食べながら、これで帰ろうと、もう一人の寺沢君と相談した。

 

最後にその滝の写真を撮ろうと、滝壺の大きな岩に登ろうとした瞬間。あっ、という間に足が滑って、川に落ちた。全身ずぶぬれ、父親から借りたカメラも時計も、水浸しになった。

 

帰り道は下り坂で楽なはずが、気持ちは重く沈んでいた。父は怒るだろう。写真も撮れていないだろう。写真がなければ、自由研究の発表にはならない。どうしよう…。這々の体で、夕方家にたどり着いた。

 

その時、家の前に、見たことのない大きな赤いワゴン車が停まっているのが見えた。実家はコンビニが登場する以前の、村に一軒だけの何でも屋で、酒と生鮮品以外、タバコや日用雑貨、パンに缶詰、牛乳やアイスクリームなどを売っていた。

 

店に入ると、母親が「これ、飲んでみる?」と黒い液体が入ったビンを差し出した。それがコカコーラとの出会いだった。初めて経験するコーラはとても美味しくて、炭酸の刺激が堪らず一気に飲み干した。乾ききった身体に、コーラが本当に沁みていった。落ち込んでいた心が少し元気になった気がした。

 

カメラと時計は、結局直らなかったが、父親は何も言わなかった。数日後、親戚の伯父さんから父親のより小さなカメラを借り、もう一度同じ道をたどった。今度は一人で。リベンジだ。二度目に見る風景は、なんとなく懐かしく、時間も早く過ぎて行くように感じたものだった。

 

それから一週間後、数枚の模造紙に、奈良井川の地図と辿ったルート、そして撮影した写真を貼り、写真の説明としてなぜこのような川の風景が生まれたのかの考察を付けた。それは市のコンクールで某かの賞をもらった記憶がある。

 

もう一人の寺沢君とは、中学卒業以来会っていない。カメラと時計を失くしても怒らなかった父も、コーラの味見をさせてくれた母も、もういない。

 

夏の終わりに、コカコーラの味で思い出した、ちょっとした冒険のお話。

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金沢への旅、そしてM君のこと。

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