モロッコ 投資家として飛行機なしの世界一周 その20

スペイン本土のマラガから、船でアフリカ大陸のスペイン領、メリリャに渡った。

その町には滞在せず、そのままモロッコ側の隣町、ナドールに向かう。

バス停でバスを待っていると、まず一人の男が話しかけてきた。

アラブ語なのでよく分からないが、とりあえず日本人だということを説明し終わると、今度は近くにいてその話を聴いていた女の子が話しかけてきた。

その人はトゥアレグという民族の人で、アラブ語とスペイン語とフランス語と英語が話せると言った。日本文化にも興味があるという。

モロッコに行くことを告げると、自分も今家に帰るところで国境の近くだから、一緒に行こうと言う。

完全に安全な人間だとすぐに分かったし、初めてのアフリカということでちょっと不安だったのもあって、一緒に行くことにした。

パスポートコントロールは少し手続きが面倒だったと言うか、明らかに非効率な感じだったけど、とりあえず無事に越えることができた。

国境というのはホントにすごいと思う。ただの人工的な線なのに、それを越えるだけでまったく雰囲気が変わる。

ヨーロッパの整然とした雰囲気から、一気にボロい車やバイクが体すれすれに行き違い、怪しい奴が次々に話しかけてくる、喧騒とした雰囲気に変わった。

そこからタクシーでナドールまで行かなければならなかったんだけど、トゥアレグの女の子が「私も用事あるからついでに送ってってあげる」と言うので、またついてくことにした。

タクシーの中で、彼女が音楽を聞かせてくれた。日本のポップミュージックが好きだと言って、それを聞かせてくれた。

坂本龍一とか知っててビックリしたけど、大塚愛の「さくらんぼ」をフルで聞かされて、(初めてちゃんと聞いたんだけど)数日頭に残ってしまった。まさかモロッコの国境で、さくらんぼを聞くことになるとは思わなかった。

まぁそんな感じでナドールに着いたんだけど、今度は宿まで送ってってあげる、と言う。さすがにそのときはもう大丈夫だよと言ったんだけど、どうしてもというのでまた案内してもらった。(モロッコでは町と町の間のタクシーと、町の中のタクシーは別になる。)

20分くらい歩いて宿に着くと、「じゃあ私は帰るね」と言って握手して、スッと帰っていった。

「シュクラム(ありがとう)」

と言って手を振った。


宿に荷物を置いて、すぐに出かける。

バス停で翌日のバスに乗るため、チケット売り場を探していると、また知らない男が話しかけてきた。

この町は観光地ではないため、極端に英語が話せる人が少ないが、そいつは話せて一緒に買いに行ってくれると言う。

最後にお金を要求されるんじゃないかと用心していたが、実際チケットを買い終わると、そいつも「OKか?それじゃあな」と言うだけだった。

「シュクラム」

と言って握手した。


チケットを買い終わって近くの海で一休みする。ちょっと段になっているところに腰掛けていると、離れたところに座っていたおじさんが、自分のところに敷いていた新聞紙を半分とって、何も言わずに「これを敷け」とジェスチャーして渡してくれた。

「シュクラム」

と言って頭を下げた。


国境を越えれば変わるのは雰囲気や景色だけじゃない。人も変わる。

モロッコだ!


シャウエン

あまり写真が取れなかったんだけど、壮大な風景が続くリフ山脈を越え、シャウエンという山の中の田舎町へ。ここではとんがり帽子付きの服を着た人が一杯いる。


モロッコの旧市街は迷路のようになってる。


この国では基本結婚は親が決めるらしい。

といっても完全な強制じゃなくて、子供がすでに仲良くしててうまくいきそうな人の中から、親が選別して決めるという話も聞きいた。

最近は自由恋愛もよくあると聞いたけどどうなんだろう?


シャウエンは町自体が良かったのはもちろん、人も親切な人ばかりで、一人感動するくらいいい奴と仲良くなったりして、ホントにいいところだった。
次はバスに乗ってシャウエンへ。バスはまるで窓の大きい飛行機のような、壮大な景色が続くときがある。

フェズ

世界最大の迷路街であるフェズの旧市街は、俺はかなり自分が方向感覚のある人間だと思ってるけど、それでもちょっと入ったらもう出てくれなくなるんじゃないか、と思うほど。

しかもさらに迷わせるのは人。

ここでは色んな奴らが次々に話しかけてくる。そして残念ながらその大半が、観光客をカモろうとしてる奴ら。

そいつらが嘘を言ってくる。

道案内するからって言って自分の店に誘い込んだりする。

宿でも注意を受けてたのでほとんど無視してたけど、ちょっと一回試しについていってみたら、これ以上は絶対進んじゃいけないなって体で感じるくらいの、迷路の奥の闇の中に誘い込まれそうになった。

まぁ無視してれば危険はあまりないんだけど。


モロッコには完全にハマった。

観光地にウザイ奴らがいるのは確かだけど、それを補って余りある魅力がある。

食事はレパートリーは少ないけど、タジンとかクスクスとかかなりおいしいし、人も観光ずれしていない一般の人たちは、ホントに信じられないくらいフレンドリーで親切。文化はイスラムでトリップ感があるし、景色はアフリカの大地を感じさせる壮大さがある。

そして物価が安い。ヨーロッパで安いシングルに泊まるくらいのお金出せば、ここでは高級ホテルに泊まれる。ハマム(イスラム式の蒸し風呂)でスパとかもかなり良さそう。

ティネリール


旅中いつも心配しつつ、今まで一度もなかったバスの降り過ごし。

ついにやってしまった。

メクネスからティネリールはまずエルラシディアという町まで深夜バスで行って、朝着いたら乗り換える必要があったのだけど、その深夜バスを降り過ごした。

モロッコに限らず他のほとんどの国でそうだけど、バスの運転手っていうのは現地語しか話せないことがほとんど。しかも着いたときに町の名前を1、2回言うだけで、個別に教えに来てくれるわけじゃない。だから昼間だったら注意してればなんとか大丈夫だけど、深夜バスは寝てると完全に分からない。

この日は夜の十一時に出発して、大体8、9時間かかると聞いていた。だから出発から7時間後の6時に目覚ましをセットして、それから一時間くらい朝の景色を見ながら、到着を待っていようなんて思ってた。

そして予定通りに起き、次の駅でエルラシディアはまだかと聞いたら、「はぁ?とっくに通り過ぎたよ!」と言う。出発直前だったので急いで降りると、すぐにバスは行ってしまった。

自分がどこにいるかもよく分からずに途方に暮れていると、近くのカフェのおっさんが話しかけてきて、まぁミントティーでも飲んでいけと言う。(モロッコではみんなミントティーを飲んでいる。)

で、色々話した後、エルラシディアを経由せずにそのままティネリールまでタクシーで行くことになった。

高くついたけど当初の予定より早く着いたので、ティネリールでゆっくりすることができた。

トドラ渓谷

行きは乗り合いタクシーで行き、帰りは町まで歩いて帰った。

ゆっくりしていたのもあったが、町まで5、6時間くらいかかった。

その間数え切れないくらいの人に話しかけられた。

最後に会った二人組の少年とは、1時間くらい一緒に歩いた。

そのとき自分が世界一周をしていることを説明し、他の色んな話をした後、

「もし海外に行くとしたら、どこに一番行きたいか」

と聞いた。

片方の少年は

「そんなこと考えたこともない。難しいし、多分無理だろう。」

というようなことを言った。

それからしばらくして、

「でも日本には是非行ってみたいな」

と言った。


ティネリールの町に着いたときには、日が暮れていた。

ワルザザート


この町にはイスラム教徒の建築家で、モロッコ人の奥さんを持つ日本人がホームステイさせてくれると聞き、行ってみた。

しかし残念ながら、今その方は別の町にいるということで会えなかった。でも泊まることはできて、温かく迎えてくれた奥さんとその親戚一同は、ものすごくいい人たちだった。

イスラム教国では、女性はホントに善良な人たちばかりなんだと思う。

写真はやはりイスラム文化で女性は嫌がるので、あえて撮ってない。(田舎だと子供も嫌がるので、結構撮りたい写真が撮れなかったりする。)

それにしてもどうやって知り合ったんだろう?

色々聞きたかったけど、またの機会にしよう。

以下、アイド・ベン・ハッドゥ


次の日は宿で知り合った日本人と、町を案内してくれるというモロッコ人と三人で、カスバ(モロッコの城)を見に行った。

そいつもホントにいい奴で、「モロッコってほんといいなぁ」と思わせる、楽しいときを過ごさせてくれた。


ザゴラ。

ここでは数十メートル歩くごとに声をかけられる。

そのほとんどがサハラ砂漠ツアーの勧誘。

砂漠には基本、自分で行くことはできないので、ラクダか4WDに乗るツアーに参加するしかない。

そしてモロッコに来るほとんどの人が砂漠に行くうえに、多分単価が高いから儲かるんだと思う。

ツアー勧誘は遠く離れたフェズやマラケシュ、電車やバスの中から始まってる。

それも時々だったらまだいいのだけれど、歩くたびに声をかけられると、外に出るのも億劫になってくる。

そして最終的には無視するしかなくなってくる。

これは本当に残念なことだし、ちょっとした罪悪感のようなものさえ感じるときがある。

何故かというと、声をかけてくる人たちは多少のしつこさはあっても、基本的にフレンドリーだから。

「お、日本人か、ちょっと話そうよ」

みたいな感じでにこやかに話しかけてくる。

危ない奴だったり、ぶっきらぼうな感じだったら冷たく無視できるんだけど、そういう感じもあまりない。

むしろすっごい礼儀正しくて親切な奴もいるくらい。

でも結局は話してると段々ツアーの話になってくる。

で、しつこく勧誘してくるのを断ってると、5分とか10分とかかかる。

そんなことを数十メートル歩くたびに繰り返してられないので、やはり無視することになる。

でも無視してると時々、「なんだよ、ただ話したかっただけなのに」みたいな感じになるときがある。

まぁそうは言っても大体勧誘なんだけど、でもこの国には本当にそういう人たちがいる。

外国人と話したい、もしくは「Welcome to Morocco」ということを言いたいただそれだけのために、数分かけて挨拶を交わし「Thank you for coming my country」と言って帰っていく。

日本じゃ考えられないことだけど、そういう人が一杯いる。

だから無視してるといい気持ちはしないし、実際親切な人と会うチャンスを逃すのは、こういう国では本当にもったいないことだと思う。

有名観光地っていうのは見所は一杯あっても、そういう点でつまらなくなってることが多い。


という感じでザゴラはあまりいい感じがしてなかったのだけれど、ここまで全ての勧誘を振り切ってきながら最後に決めたツアーの人たちがホントにいい人たちだったので、印象深い、良い時を過ごすことができた。


ここザゴラにもモロッコ人と結婚した日本人がいると聞き、そこに行ってみた。

残念ながらまたもやいなくて、今は日本にいるということだったけど、キャンプ場を経営してる旦那さんがすごくいい感じだったので、ここで主催してるツアーに参加することにした。
4WDではなく、ラクダに乗って砂漠まで行くことにした。


ということで、砂と日差し対策のためベルベル人の格好に。

この格好は一見暑そうだけど、実際は巻いたほうが涼しくなる。

この地域は日差しが「熱」くて危険を感じるほどだけど、日影は乾燥してるのでかなり涼しい。

だから風通しさえ良ければ、日に当たらないだけでずいぶん涼しくなる。

砂も防げるし、やはり現地では現地の格好が一番機能的。


ラクダはご機嫌斜めでした。


ラクダの旅のガイド。この人も静かで優しくて、素晴らしくいい人だった。


この後、砂によって風の流れが見える美しい風景とかが見れたりしたんだけど、全部撮れてない。

実は二つ前のティネリールという町に、アダプター(コンセントの穴の形を変えるやつ)を忘れてきてしまっていた。

この旅では忘れ物にはかなり気をつけていた。細かいものだったらまだいいけど、日本でしか手に入らないものも結構あって、一回なくしたら補給が出来ないから。

それでも移動移動を繰り返していると完全になくすことはできなくて、今まで三つ忘れ物をしていた。

一つ目はタオル。二つ目は折りたたみ傘。そして三つ目がアダプター。

前の二つはいいとしても、アダプターはかなり致命的だった。

これがないと、全ての電化製品が充電できない。

特に、ビデオカメラを充電できないまま旅を続けるのはかなりキツイ。

そしてここモロッコでは、日本の電化製品に対応したアダプターが見つかる保障は、どこにもない。

途方にくれていたのだけれど、ラクダツアーが終わった後、日本人女性と結婚してる旦那さんにそのことを相談すると、あるかもしれないといって自宅を探してくれ、見つかるとただでくれた。ついでに日本語の本までくれた。

そんなに長い時間話したわけでもないし、なんかちょっと表現しにくいというか伝わらないかもしれないけど、雰囲気といい、人間くささといい、何故かこの人を素晴らしくいい人だと感じた。

軽く感動したくらいだった。

旅で一番嬉しいのは、その国のいい奴と出会えたときだと感じた。

マラケシュ



ついに蛇使いと遭遇した。


「蛇を首に巻いて写真を取らないか?」

「ノー。絶対にお断りよ」


タフロウト


マラケシュからタフロウトへ。

人が詰まったトラック。


アメルン渓谷


こっからまた歩いて帰ることにした。


基本飲み物は欠かさず持ち歩いてる。でもこの日は大好きなレッドブルが飲みたいと思って、それだけ買って水は買わなかった。

何気なく。

その後アメルン渓谷に着いて、ちょっとゆっくりしながらレッドブルを飲んでると、すぐになくなった。

でもこのときは別になんとも思わない。

しばらくして、帰りがてらに村の出口で水は売ってないかと聞くと、売ってないという。

まぁいっかと思って、帰路に着く。

したら行けども行けども次の集落が見えてこない。

日射病になりそうなほどの日差しと灼熱地獄。

これはヤバイと思った。またピンチだ。

ホントちょっと油断すると日本じゃ考えられないような予想外の危機に遭う。
歩いては休み、歩いては休み、それでも急がなくちゃと思ってクラクラしながら歩いていると、電波塔で仕事している人たちに遭遇。

速攻でこの人たちにお願いする。

水を飲もうとして顔を上げたら、ぶっ倒れそうになった。

日射病寸前。

ホント危ない。

でも仕事している人たちはお茶までご馳走してくれて、最終的にはあったかい気分になれた。


観光客をカモろうとスタンバイしてる悪い奴ら。

まぁ悪いっていってもただの客引きで、基本フレンドリー。

でも日本人の奥さんがいるって言って、俺を信用させるために日本人の名刺を見せてくれたやつがいたんだけど、なんとその名詞がワルザザートの宿で出会った人のもので、俺がもらったやつとまったく同じだった。

もちろんその人は結婚してないと言ってたし、初めてのモロッコ旅行で旦那がモロッコ人なわけもない。

笑ってしまった。

それにしてもどういうルートで手に入れたんだろう?

アガディール。


モロッコ随一のリゾート地。


サーフィンもやってたんだけどかなり狭いポイントで、たまのセットでひざくらいの波に白人の猛者たちと競い合う気も起こらず、ウェットを着るのも面倒でやらなかった。

ということで、半日座り続けながら太陽が沈んでいく様を観察していた。


カサブランカ


カサブランカは最初は汚いただの都会という印象だったんだけど、歩いてたら意外にいい所だった。特にメディナ(旧市街)付近は日本の正月のような、平和な雰囲気が漂ってた。


敬虔な人たち。

人間の世界が自分の心を通して映っている以上、100%完全に疑いもなく信じれば、現実とは関係なく、その人にとっては真実と同じなのだと思います。

それが善い方向のものであるならば、何を否定する必要があるんでしょう?




タンジェも意外といい所だった。カサブランカもそうだったけど、都会なのに何故か客引きやウザイ奴らがいない。

それどころかこの町ではすごくいい子供と出会えた。

メディナの迷路で迷ってあるおじさんに道を聞いたら、近くにいた子供が「着いてきて」と言って案内してくれた。かなり距離があったというのに、見所を案内しながら歩いてくれたりして、例によって目的地に着くとあっさり帰っていった。

モロッコはこんな人ばっか。

親切が身に染みる。


そして船でスペインのアルヘシラスへ。



これでこの旅で訪れるイスラムの国は最後になる。

それにしても、アラブの人たちっていうのはホントにいい人たちだったなぁ、と思わざるを得ない。

その信じられないほどのフレンドリーさに、世界で最も友好的な人たちなんじゃないか、とさえ思った。

イスタンブールやフェズにいる観光客ズレした奴らはさておき、一般人の善良さのレベルはかなり高い。

イスラムの教えでは貧しい人たちに施しを与えるのが決まりになっていて、実際お金をあげている人たちを良く見かけるけど、そこまでいかずとも普段、人に親切を施すのが当たり前になってる。

特に訪問者に対してはその傾向が強いように感じた。

また、家族や友達など、関係の近い人たちの間での結束力や情愛が高いようにも感じた。

もちろんそれはモロッコに限らず、トルコやウズベキスタンでも同じだったと思う。

シリアやヨルダンには残念ながら行けなかったけど、行った人たちはみんな「人が最高に良かった」と言っていた。

きっとイラクの人たちもこんな感じだったんだろうな、と思う。

こういう人たちが、利権目当ての言いがかりでぶっ殺されていたということだろう。


とにかく要するに、ムスリムの人たちは日本やアメリカで一般的にもたれてるイメージとはかけ離れた人たちだった。

中国でも言ったけど、一部の悪人を取り上げて、全体を断定したりイメージを固めたりすることが、どれだけ真実と離れることになるか、危険なことか、身をもって感じた。


人懐っこくて親切なアラブの人たちが、ホントに好きになった。


モロッコを離れるのは、寂しさを感じるくらいだった。

著者のRyuya Ogawaさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。