大西洋横断 投資家として飛行機なしの世界一周 その21

スペインのセビーリャで少し滞在し、大西洋横断の出発点であるポルトガル、リスボンへ。


リスボン



ローマ以来、ヨーロッパって言っても南部は汚いのかなって思ってた。

でもどうやらローマは特別のようで、リスボンはかなりキレイだった。

やはり同じポルトガル語圏のブラジルから多くの旅行者が来てるのだけれど、みんなリスボンの綺麗さに驚いてた。

南部スペインと同じく物価が安くてあったかく、人もなんだかいい感じ。

見所が少なくて観光は物足りないけど、色々やらなくちゃいけないことをこなしながら船を待つにはいいところだった。


とりあえず無事にユーラシア横断達成できた。

しかしほんとに色々あったな、と思う。

さて、これから船でスペインのカナリア諸島、ポルトガルのマデイラ諸島、ブラジルのレシフェ、サルバドール、リオデジャネイロと寄って、最後サンパウロまで行く。

なんかアイススケートとかロッククライミングとかできるって聞いてるんだけど、一体どういう船なんだろう?

日によっては、夜にドレスコードまで指定されるらしい。

段階があるんだけど、フォーマルの日にはダークスーツかタキシードだという。

もちろん持ってきてるわけがない。

もしかしたら場をわきまえないKY野郎になってしまうかもしれない。。。

てか一人で来てる奴はほとんどいないだろうし、バックパッカーなんて確実に僕だけだと思う。

でもそんなことは気にしてられない。

思う存分楽しみたいと思う。



そして出発の日。

リスボンはずっと曇っていたのだけれど、出発の日は旅立ちにふさわしく、心高揚する晴れ晴れとした空だった。



暇だったのでかなり早く行ったら、船内はまだあまり人がいなくて、その間に写真を撮りまくった。

船内は豪華そのもの。一人でにやにやしながら探検してた。

「えー。マジで?うそ?俺バックパッカーだよね?」という感じだった。




カジノ。俺は多人数プレイ型のみんなで楽しむもの以外、ギャンブルはしない主義なので一切やらなかったけど。。。

他にも映画化ショーが毎日やっている劇場、免税店やバーや図書館がある。

そして何よりも飯が食い放題。

ソフトクリームもセルフサービスで昼間ならいつでも食べられる。

ここぞとばかり、毎日食いまくってた。


ということで、旅人の三点確保、「移、食、住」が完全に保障された二週間が始まった。

二週間もの間そんな状態が続くのは、この旅で初めてのことだ。

しかも全てが高品質。

心踊らないわけがない。


初日は三日月だった。

そしてこの月が二週間の航海で、だんだんと満ちていく。。。


ポルトガルのマデイラ諸島、フンシャル。



マデイラとカナリアについては一切の情報を持ってなくて、うかつにも事前にネットで調べるのも忘れていた。

船ではそれぞれの寄港地でツアーを主催していたけれど、もちろん俺はツアーには参加しないので、どんな島で、どこをまわればいいのかまったく分からなかった。

ということで、港の近くで見つけたオープンルーフの観光バスに、初めて乗った。

結構気持ちよかった。


残念ながら曇っていて、途中雨も降ったけど、「ヨーロッパの島」という感じでとても綺麗な町だった。


船上から見る、遠ざかっていくフンシャルの夜景は、人生でもトップクラスに入るほどの綺麗さだった。

本当は無数の光がキラキラと点滅していて、それはそれはいつまでも眺めていられるような綺麗さだったんだけど、やっぱり夜景をちゃんと写真に写すのは難しい。


クルーズ四日目。

スペインはカナリア諸島のテネリフェ。

速攻で情報収集して、この火山島で一番高い山へ登ることに。

この島はかなり大きくて、山と中心の町にしか行けなかった。


船に帰るとまた夕暮れの、遠ざかっていく島の景色が楽しめた。

これは船旅でしか味わえないものだ。


下は仲良くなったスペイン人のお医者さん。

中国の入院の話をしたら「そりゃよく生きてたな」と言われた。


クルーズ五日目。

ここからは完全に船に缶詰で、五日かけて大西洋を横断する。



そして極めつけは日の入り。

毎日違う表情を見せてくれるんだけど、毎日信じられないほど美しい。



そしてついに赤道を越えた。

これにより南半球に入り、季節が逆転する。

つまり初冬から初夏へ戻る。

また長い夏が始まる。


レシフェ


ブラジル北東部の町、レシフェ。

いつも港では歓迎の催しものがやってる。


まずバスで隣町のオリンダへ。


どんなに旅に慣れたと思っても、やはり未知の国を一人で歩くのは、毎回不安に感じる。

言葉はもちろん、治安も物価も、文化も風習も、公共機関の使い方も、何も分からない。

自分がどこにいるのかさえ、分からないときがある。

まさに右も左も分からない状態だ。

でも店の人や近くにいる人に、

「これはいくらですか?」

「バス停はどこですか?」

「どのバスに乗ればどこに行けますか?」

そういう簡単なことを聞いているうちに、ぼんやりと人や国のことが見えてくる。

「なんだ、意外とみんないい人たちじゃん」

「これこれをするときは、こういう風に気をつけないといけないな」

そんな感じで段々と不安が薄れていき、やるべきことが分かるようになり、勇気や自信がわいてくる。


旅で教わる最も大事なことの一つは、

「不安がるよりもまず先に、行動しろ」

ということ。



船に戻る。

帰る場所があるっていうのは素晴らしいことだと思う。



サルバドール


アフリカから奴隷として連れて来られた黒人が作った町で、実際人口のほとんどが黒人。

観光地はそこかしこで武装した警官が見張ってる。

警官がいればまぁ安心ではあるんだけど。。。

いなければそれだけ危険だってこと。


ここでは黒人が独自の文化を作っていて、カンドンブレという有名な密教があるほか、カポエラの発祥の地でもある。



レシフェからサルバドール、サルバドールからリオデジャナイロの間は、それぞれ丸一日、船での移動になる。


大西洋のど真ん中に太陽が沈んでいく風景は、壮大で美しく、一つのイベントになる。

でもそれだけじゃない。

太陽が見えなくなった後も、西から東に赤からオレンジ、黄色、水色、藍色、黒と、虹のようなグラデーションが空いっぱいに残り、その光景は心溢れるものがある。

しかも満月に近い時期は、太陽が沈むのと同時に、月が上がってくる。

晴れた日には、空の西半分が夕焼けのグラデーション、東半分が夜と星と月、という景色も見られる。

それにあたたかい夜風。

さらにうまいカクテルと、完全にはまる美しい音楽があれば、これ以上はないというほど、素晴らしい気持ちになれる。


リオ・デ・ジャネイロ。

リオは「川」で、デは「英語のOF」、ジャネイロは「一月」で、「一月の川」ってい意味らしい。


ブラジルはホントに色んな人達がいる。

ポルトガル人やスペイン人はもちろん、その人たちよりも先に東アジアから渡ってきた原住民、アフリカから連れて来られた黒人、アラブ人も移民さらにとしてきているし、そもそもスペインは長い間イスラム帝国だったので、少なからずアラブの血が入っている。

ヨーロッパ各地はもちろん、日本や中国からも移民がたくさん入っている。





そして最後の日の夜。

月の出を最初から見た。

出てきた月は、真っ赤だった。。。

赤い光が夜の海面に落ち、月のまわりを照らしている光景は、異様でさえあり、世界の不思議を思わずにはいられないものだった




そして最後の寄港地、サントス

14泊15日の船旅が終わった。

素晴らしい時間ほどあっという間に流れる。

また一人になった。

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