「いつでも」≒「いつまでも」

先日、父を亡くした。亡くなる二日前に吐血したと母から聞いてはいたが、自力で病院へ向かい、検査の結果異常は見られず、今は元気だと聞いていたので、落ち着いてから顔を出そうと思っていたところだった。その点は悔やまれる。

 だが、幸いと言ってはおかしいのだが、二年前に父は誰がどう見てももうだめだろうというくらい痩せ細ってしまったことがあった。その際、息子である私と孫にあたる私の息子で手を強く握って語りかけたところ、まるで映画のような話なのだが、そこから息を吹き返した。そこから様態は落ち着いたものの、もはや長くはあるまいと考えた私は、母や妹を誘い父を温泉旅行に連れ出した。最後の親孝行のつもりだった。行きは何一つ言葉を発することなかった父だったが、軽く歩いたことが良かったのか、温泉が効いたのか、滞在中に食欲を回復、帰路では私の運転に悪態をつくようにまでなった。その後、さらに数度、母と共に連れ出し、「他にも行きたいところはないか」と聞くと「もう、いいなあ」と穏やかにこぼした。これが一年程前のことである。

 このことがあったために、私としては全く悔いがないといえば嘘になるが、一応の勤めは果たしたという安堵はあった。おそらく父も人生に対する極端なやり残しからくる焦燥は無かったことと思う。

 

 ところが、私の息子は違っていたようで、彼に溺愛されそれを自覚していたにも関わらず、高校生活の忙しさや思春期の気恥ずかしさからか、亡き父とあまり言葉を交わしていなかった。それ故、悔しさもあったようで、実家の庭で私と二人になった時、珍しく涙をこぼした。その時、私は何気なくつぶやいた。ほぼ無意識のうちに。「いつでもできることはいつまでもできることじゃないからなあ」と。口にした直後、自分自身が硬直した。「そうだ、そうなのだ」と。

 いつでもできることはいつまでもできるわけではない。いつでも会える人だからといっていつまでも会えるわけではない。いつでも行ける場所はいつまでも行けるとは限らない。いつでもなれるものはいつまでもなれるものでは決してない。「いつでも」と「いつまでも」ほんの一文字の差でしかないけれど、この差はあまりに大きい。そして私や息子を含め、多くの人がこのことに気が付かないまま人生を送り、時に軽く悔やみ時に重く後悔する。

 

 この「いつでも」と「いつまでも」の差がまさにはっきり現れるのが十代、もっと言えば小学校高学年から中高生にかけての時代だろう。結婚はやろうと思えば何度もできるし大学も複数回の入学卒業は可能だが、中学や高校を複数回卒業する人はまずいない。二十代にやれることの多くは三十代でもできるけれど、十代となるとそうはいかない。学問、部活、友人、集団生活、特にお金にはならないけれど、その後の人生において経験になり財産になることの多くは十代に集中している。小学校高学年から中高にかけては、その時にしか出来ない「いつでも」できることがあまりにも多い。

 ちょっぴりほろ苦い後悔を持っている大人だからこそ、彼らにはその時にしか出来ないことをたくさん経験して欲しい。そのために説教がましくなくお仕着せでもない形でさり気なく十代のかけがえの無さを伝えていきたいと改めて思った春の夜だった。


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