Leyteの子 

      
 「フィリピンLeyteブンタイに住む皆さん、a happy newyear 
 この地には子供が多くLeyteの未来が楽しみです。また子供さんから大人までも歌が大変お上手で驚きました。
 ところで小学生の皆さん、新年になって目標を立てましたか。例えばスポーツで一番に成りたい。歌で一番に成りたい。勉強で一番に成りたい。どんな目標でも良いのです。
 日本人で大リーガーで活躍している鈴木一郎選手、通称イチロウは小学六年生の時、一億円プレイヤーになると宣言しその夢を実現しています。皆さんの中で一億円プレイヤーになりたいと思っている子はいますか。そう思うことは、その人がそうなれる才能を持っているからです。
 そのためには小学生の皆さんは、何をすればいいのか。今はしっかりと勉強をすることです。そして自分の立てた目標で一番になるよう頑張ることです。
 お父さんお母さんは子供が立てた目標が叶うよう、毎日褒めてあげて下さい。褒められることによって、そのような人となっていきます。そのことが、一家一族の繁栄に繋がります。
「全ては夢見ることから始まる」ウオルト・ディズニイーの有名な言葉です。全てはこうなりたいと思うことから物事は始まるという意味で、私の大好きな言葉です。サンキュー ベリーマッチ シーユーアゲイン 」
 思ってもみなかった拍手の中、私の話は終わった。

 今から六年前の二0十三年の新年のことであった。
 Leyteに住む浅黒い顔をしたランニング、短パン姿の少年や、袖なし服に短いスカートを履いた少女の目はキラキラと輝いていた。袖なし襟なしの服を着た大人たちも笑顔である。
 新年のご馳走が並んだフィリピンLeyte、ブンタイに建てた息子の家の広場には、小学生から大人までもが集まって来た。
 私が日本語で話し、息子が英語で喋り、嫁のマリベスが現地のタガログ語で通訳したのである。
 一日に続き、二日も同じぐらいの人数が集まると聞き、私は驚いた。
 ブンタイに住む人たちが、がマリベスというアイスに群がる蟻のような存在になってしまっては、ここに住む人の未来はないと私は考えた。そこで一家に一人、異国に出ようとする志を持った子供に育って欲しい、そんな人間を育ってもらいたいと、私は心からそう思ったのである。

 新年の夜中だというのにテーブルを並べ、スコールよけのテントを貼ったブンタイの家の周りには、六十人余りが集まって来た。
 息子の家の周辺には、日本では見ることのなかった背の高いココナッツの木がふっくらとした実をつけている。                                 大人、子供たちはビンゴゲームをしたり、カラオケ合戦をして楽しんでいた。
 景品はチョコレートや石鹸などである。景品の中にはお米十キロが用意されていた。ゲームの準備から景品の全て、息子夫妻が身銭を切って揃えたのである。
 小学一年生から英語教育を取り入れているフィリピンの子供の英語力は抜きん出ている。息子はブンタイに大型のカラオケ機を設置していたが、小学生で満点を出す子がいた。大人も歌うが、ほとんどは九十点以上を出す。
 一年にお米が四回収穫出来るLeyteは、私の訪問時は雨期に入っていたので、雨の降らない日はなかった。
 真冬でも気温は毎日二十五度以上ある。降ったかと思うと直ぐ上がる小雨だ。
 ブンタイの集落の近くには海がある。年中、波は高いそうだが魚はとれるという。
 集落はニッパ椰子で建てられている。 家は中が見えるぐらい、ここに住む人達の家財は少ない。洗濯機はなく洗濯物は洗濯板を使い、女や子供たちが洗っていた。
 その光景に、ふと私は自分の子供の頃を思い出した。戦後生まれの私は、我が家も何もなかったのである。
 そんな中で、赤いトタン屋根に鉄骨建ての白いペキを塗った息子の家は目立っていた。
 お正月、この地では一番のご馳走とされている子豚の丸焼きを始め、シチュウー、サラダ、酢の物、揚げ物、焼き物などがある。出来上がった大皿のお料理は、メインテーブルへと並べられていく。Leyteで収穫されたマンゴー、マンゴステン、マラン、ドリアンなども並んでいる。参加者は次から次へと料理を取りに来ては美味しそうに食べていた。
 イベントが終わり皆が帰った後、嫁の兄妹とごく親しい友人だけが残った。   嫁の兄を中心に麻雀をしたり、フィリピン人とはお思えない色白な嫁の姉を中心にトランプをして友好を深めている。上の兄妹は両親が同じだという。仕草を見ていた私は何となくそんな気がした。
 色白な兄の次ぎに色黒な弟がいるが、母親が再婚をした兄弟らしい。フィリピンでは再婚する人が多いようである。

 一日の夜、ブンタイの台所を一手に仕切っていた四十代後半の女性、マノと嫁、そして私はビールを飲みながら談笑をした。
 家のドアーや窓は開けっ放しで、脚長の扇風機が大活躍している。クーラーは無い。渦巻き型の蚊よけ線香を何箇所にも分けてつけている。
 私の話すことを嫁が通訳した。
 小柄で浅黒いマノは、白ぽい上着にスカートを履き裸足である。思えばここで暮らす人達はほとんど裸足だ。
 虫刺されを用心し薄い長袖に夏ズボンを履いた私の左隣にマノが座る。向かい側に半袖にジーパンの嫁がいた。
 色黒で小柄な嫁は、ニコニコしながら私に話しかける。
 「この人は私がブンタイに帰った時だけ来て、台所仕事を手伝ってくれるのよ」
 「美味しいお料理を毎日作って頂き有難う御座います。今までLeyteで暮らして一番楽しかった事はどんな事ですか」
 私は礼を述べてマノに尋ねた。どのような話を聞けるのか楽しみにしていた。
 細身なマノは、
 「今日まで生きてきて楽しかった事は何もなかった」 
 と、沈んだ顔である。
 私は不意打ちにあったかのような衝撃を受け、次にかける言葉を失ってしまった。話しかたが悪かったのか、どう話しかければ良かったのかと考え込んだ。私よりはるかに若いマノだが、何故か年上に見えた。
 「Leyteには産業がないから働く場所が無いのよ。学校を卒業するとそうそうに女の子は結婚し、子供を産むのが大半だから」
と、嫁は私言う。
 「子供はいらしゃるのですか」
と、私が聞いた。
 マノは近くにいた一番下の小学四年生の女の子を連れてきて、私に紹介した。
 小柄で細く小鼻が張った顔立ちはマノにそっくりだ。この子も裸足である。マノには四人の子供がおり、長女は既に結婚し六ヶ月になる乳児がいると言う。
 「夢とか希望とかあるの」
 確かそんなようなことを私は聞いたような気がする。
 嫁が喋りはじめた。
 「私の家が貧しくてお金がなく、高校を卒業してLeyteからManilaに行たいと言った時、マノが二千ペソくれたの」
 私の意表をついた言葉であった。
 今も大金だが二十年前の二千ペソはもっと大金だったに違いない。それぞれは貧しい。だが高い志を抱く人間には、隣人や友人など地域ぐるみで育てようという心意気が、この地域にはあるようだ。
 その昔、日本もそうであったように。
 二十年前、嫁はこのままでは自分の一生も一族にも何の変化がないと考え、最初にManilaに出た。
 LeyteからManilaに向かった彼女の勇気である。歌が上手でキリストの教会などで歌っていた彼女は、そこから韓国に出向いた。しかし自分が求めているのはここではないと早々に決断し、日本の呉に来た。そこで彼女は我が息子と運命の出会いをしたのである。
 家族の生活をなんとかしたいという純粋で一途な思い。もしかしたら息子は、そんな彼女の情熱に惹かれ結婚を決めたのかも知れない。当時、十組にひと組が国際結婚という時代であった。しかし私は天塩にかけた我が家の一番星を、フィリピン女性にさらわれたような気さえした。                                               「一生に一度の式に、母さんから祝って貰ったものを身につけたい。タイピン一本でも贈って欲しい」と、息子は私に懇願する。                              「反対してるから、何も贈らない」と、私は突っ撥ねた。                 挙式当日、私は会社への通勤路を歩きながら涙がとめどなく流れた。本当にこれで良かったのだろうかと。息子の祝福を素直に出来なかった私と、もうひとりの私が葛藤していたのである。
 この度息子から「Leyteに建てた僕の家を見に行こうよ」 と、誘われたのがきっかけで、私の重かった腰をやっと上げたのである。

 さてマノに何とか生きる希望を見出してもらいたいと、私は気がつくと四十代の体験を手振り身振りで懸命に話していた。
 「末っ子が小学生になったのをきっかけに、私は好きで書いていた文章をさらに勉強したのよ。文章を書き始めてから七年目に、小さな賞をいただいたの。二回目は四十七歳の時よ。四十代は一番良いときよ。目標を決めて懸命に努力すれば、自分が心がけた通りに人生が拓けていくのよ」
 マノは私をじっと見つめている。曇っていた顔にようやく微笑みが戻ってきた。さらに私は続けた。
 「Leyteで一日働くのと、日本で一日働くのとではお金の価値が違う。子供にしっかりと勉強をさせ、志の高い子供を育てることが一家の繁栄に継ると思うのよ。そのような自分の子供を、まず育てて下さいよ」
 マノは大きく頷いた。
 どうやら私の思いは伝わったようである。だがマノは本気になってそのような子供を育てることができるだろうか。
 私が描くLeyteの未来への一歩を、マノは踏み出すことが出来るだろうか・・・。

おわり

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