二〇一九年二月二四日(日) 後編

 吉祥寺のイメージは“若い街”である。

電車から降りる人も乗る人も、駅の周りを歩く人もみんな若々しく、綺麗な人が多い。住みたい街ランキングでは常に上位を走る吉祥寺だが、いつも若々しい格好をしないといけないのは僕にとって住みやすい街ではない。

 

ここでも僕は水たばこ屋に入っていった。吉祥寺の水たばこ屋はやはり若い人で溢れている。可愛らしい女性と前髪をクールに流したイマドキの男性のカップルが数組、女子会のような雰囲気で、ヒソヒソと盛り上がっている3人組の女性客。そんなお店に僕は2人の男と共に入っていった。

 

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 受島は僕が就活生の時に出会った。僕が行くかどうか悩んでいた企業の内定者で、その企業の人事が引き合わせてくれた。

彼は浪人をして大阪の大学へ進学しているので、歳は僕より1つ上だ。彼は僕とよく似ている。部活では自然とキャプテンを務めてしまったり、やりたいと思ったことはすぐに行動に移さないと気が済まない性格を持っている。

彼は幼い頃から顔が一切変わっていないため、今でも子供のような顔をしている。いつも重そうなリュックを背負い、新橋の会社に勤めている。

結局、2人ともお互いを引き合わせてくれた企業ではなく、別の会社に就職したが、それでも付き合いは続き、お互いの将来について夜遅くまで語り合う日もあった。

僕自身もそこだけは理解できないのだが、彼は平日は新橋の会社に勤めながら、休日は静岡県熱海市の家を拠点に生活している。都内に家を持っていないため、年間150泊以上を都内の様々なホステルで過ごしている。熱海市で空き家問題と向き合うコミュニティのようなものに入り込んでいて、どうやらカフェなどの店舗としての空き家活用や民泊事業に興味があるらしい。1年の半分をホステルで過ごしているだけあって、彼はとても民泊やゲストハウスに詳しい。

 

もう1人は矢部という男である。僕に最初に水たばこを紹介してくれた男である。彼とは不思議な出会いをした。

 

少し前の話になるが、僕は地元で1年間インターンシップをしていた。そのインターンを卒業後、上京して就職活動をしていたのだが、とある広告業界の企業の説明会で隣に座ったのが彼だった。僕は基本的に説明会には1番に会場入りするようにしていた。

就活用の真っ黒なスーツを買うお金は無かったので、この日は成人パーティーの為に買っていた青いスーツにオレンジのネクタイで説明会に参加していた。

いつも通り1番で会場に到着すると、企業のスタッフらしき男性に最前列の1番左の席に通され、そこに座って説明会が始まるのをじっと待っていた。

3分ほどしてから、2番目に会場入りし、僕の隣に座ってきたのが矢部だった。先ほどのスタッフらしき男性が企業説明会が始まる前のお決まりの言葉を発する。

「まだ説明会が始まるまで時間がありますので、隣同士でお話なんかしてみてください。」

 

企業説明会には毎回1番に到着していたので、こういう“心遣い”の言葉を何度も耳にしてきたが、これはこれで困る学生もいるのではないかと思ってしまう。

僕のように人見知りをしない人なら、偶然隣に座ることになった人と、その場である程度話をすることは苦ではないが、それが苦手な人もいるはずである。

それでも先ほどのように「隣同士でお話なんかしてみてください」と言われてしまうと、どうしても隣の人と1度は顔を合わせないといけない雰囲気になってしまう。顔を合わせてしまったら、ぎこちなく作り笑顔で会釈して、そしてどちらからでもなく「この業界受けてるんですか?」や「どちらからいらしたんですか?」なんて話を始める。

しかしそんな場で、お互いの人生に深く印象に残るような会話ができるわけない。ただでさえ「就活は隣の人と比べられるものだ」なんて考えている人がいるような時期に、初対面で、かつ同じ企業の説明会に参加している人と、自分をさらけ出して、深い会話をしようとは思わないはずである。もちろんそんな深い会話をする時間もない。

ただ、僕自身はこの時間の使い方を、自分なりに考えていた。

この短い会話で東京の就活生のレベルを知りたかったし、もし少しでも気になる人がいたら強引にでも連絡先交換をして、落ち着いた時期に改めて話をしたいとも考えていた。上京してきて友達が1人もいない僕は、こういう場でしか友達作りができなかったのだ。

 

 この日もそんな気持ちで隣に座った男に会釈をして、軽く話し始めた。

「広告業界受けてるんですか?」と聞いてみる。

「そうなんですよ。と彼は言葉少なく答える。

「クリエイティブとかやりたいんですか?」

「そうですねー。コピーライターになりたくて。」

 コピーライターは僕自身も気になっていた職業であった為、すぐに食いついた。

「コピーライターいいですね!大学はどこなんですか?」と聞いてみる。正直、都内の大学なんてほとんど知らないので、あまり意味のない質問だが、ふと聞いてみた。

「外国語の大学なんです。」と彼が答える。

 外国語の大学と言うなら、どこかの国の言葉を専攻しているのだろう。どうせヨーロッパのどこかだろうなと思いながらも、それも聞いてみる。

「どこの国を専攻しているんですか?」

「モンゴルです。」

 この“モンゴル”という国名が、僕が彼に興味を持った最初のきっかけである。どうせヨーロッパやその辺の国名が出てくると思っていたので、モンゴルという国名が出てきたことが意外で、僕は思わず聞き返してしまった。

わざわざ大学に行って、モンゴルの勉強をするなんて、少し変わっている人なのかもしれないと思い、モンゴルについて話を聞いていると、彼はどうやら1年程、モンゴルに留学に行っていたようだった。彼は楽しそうにモンゴル留学の思い出を話し始める。

「モンゴルで馬に乗って、放牧したんですよ。半径20キロメートルに人がいないなんて経験したことありますか?」

「そりゃ、もちろんそんな経験無いですよ。」

「そんな経験するとね、馬と心を通わせるようになるんですよ。」

 こんな同世代とは初めて出会ったので、もう僕は興味津々だった。

その後もモンゴルの遊牧民が実はお金持ちで、iPhoneなどのハイテク機械を持って、悠々自適に暮らしているなんて話をして、僕も地元の話をして、あっという間に説明会が始まる時間になった。気づいたら会場には40名以上の学生が集まっていた。

 

説明会が終わると、彼にすぐ声をかけた。「どうだった説明会は?」と聞くと、

「なんか、微妙だね。」と笑いながら彼は言った。

僕も感想は同じだった。そもそも受けるつもりもなかった企業なので、説明会自体は退屈なものだった。数名の社員を学生が56名で囲み、自由に質問をするという形式の説明会だったが、特に面白い話もなく、社員もありきたりな人が多かった。

「連絡先、教えてよ。落ち着いたらまた会おう!」と言うと、彼は快諾してくれた。

 この日はそれで別れ、その後も僕は就職活動をのんびり進めいていた。

 

 その日から2か月ほど経ってから、僕は地元でインターンをしていた企業のTwitterを見ていた。その企業の本社は東京にあった。僕はその企業が僕の地元に出していた、小さな部門でインターンをしていたのだが、この日に偶然見ていたのは東京本社のツイートだった。

どうやらこの企業も無事に新卒採用を終え、新たな仲間となる内定者を紹介している画像付きのツイートだった。

「今年の内定者の矢部君です!」

明るくツイートされている写真を見て、ハッとした。

あの矢部が笑顔で左手にピースをして写っていた。まさか僕がお世話になった企業に、彼が内定者として新しく仲間入りすることになるとは思ってもいなかった。

確かにこの企業は採用ブランディングなどのクリエイティブをしている企業だったし、僕も心から素敵だと言える数少ない企業なので、矢部がそこの企業を好きになったことも不思議ではない。

それにしても、まさかの繋がりに驚いた。僕はすぐに矢部に連絡をした。

「おい!Twitter見たけど、あの企業に行くのか?」

 彼からはすぐに返事が来た。

「そうだよ!俺もさっき聞いたけど、出海、ここでインターンしてたって?」

 お互いに、お互いがその企業に縁があったことを知り、そのままの流れですぐに再会の約束をした。2か月ぶりに彼と会えることになり、僕は嬉しかった。

 

 それが彼との出会いである。

その後、すぐに再会をした僕らは、改めてお互いの話をして、更に仲良くなった。僕は彼のモンゴルの話がとても気に入っていたし、出会えた説明会の企業のことを、気持ちよく「微妙だね」と言える態度も好きだった。

彼自身も僕の事を「説明会に1番に来ておきながら、青のスーツにオレンジのネクタイなんて変な奴だ」と印象に残っていたらしい。

僕にとっては上京してきて出来た最初の友達だった。僕らは2か月ぶりの再会を果たし、三回目に会う時には、彼は水たばこ屋を場所として指定してきた。 

 そんな彼との出会いが無ければ、今の僕は無いだろう。なぜならこの出会いがきっかけで、たばこも吸わない僕が、水たばこの世界観に引き込まれていくからである。

 

 ♦

 

 話を二〇一九年二月二四日()に戻そう。

 

 僕は受島と矢部と吉祥寺の水たばこ屋に来ていた。店内に囲炉裏があるそのお店の奥に座り、水たばこを2本注文した。

「俺、会社辞めるんだよ。」僕はいきなり本題に入るタイプである。

「お!いよいよか!」受島はにやにやしながら答える。

「それで、まずは水たばこ屋でバイトしながら、水たばこの作り方をマスターしようと思う。」

「おお!本格的にか!」受島は嬉しそうだ。

 矢部が落ち着いた様子で言う。

「出海が水たばこに本格的に参入するのは助かったよ。やるとしたら俺か出海かだったからな。」

「確かにな。俺に水たばこを紹介してくれたのは矢部だったし、どちらかが本格的に動かないといけなくなるのは分かってたしな。」僕は答える。

 

 実は少し前から、彼らとはこの話をしていた。僕は受島と矢部を巻き込み、自分達のお店をオープンさせたいと考えていた。水たばこを提供するカフェを併設したゲストハウスのようなものと今は考えている。

彼らとは出会って、意気投合した頃から、「いつか一緒に何かやりたいね。」と話をしていた。受島はホステルやゲストハウスなどが好きだ。矢部は水たばこだけではなく、コーヒーも好きである。そんな彼らと“何か”をする手段として“水たばことゲストハウス”を僕らは本格的に考え始めていた。その1歩目として、僕は会社を辞め、本格的に水たばこの業界に足を踏み入れることを2人に報告したかったのだ。

 

そうなると当たり前だが、誰かが水たばこを作れるようにならないといけない。それは出会ったころから水たばこが好きな矢部か僕のどちらかになる。それを僕も矢部も心のどこかで分かっていた。

「俺も仕事辞めようかなー」受島が軽く言った。彼は今、宿泊サイトを運営する企業で営業の仕事をしている。

「まあ、俺が辞めることにしたからって、お前らも辞めろよなんていう訳じゃないんだからさ。」と僕は言う。これは本音である。

「俺はまだ会社で得たいものがあるから、それを得られるまでは頑張るよ。」と矢部が静かに話し始める。

「今は、社長と2人でスナックのブランディングをさせてもらえているし、それが面白くてさ。飲食店って言ってしまえばそれまでだけど、そこにも当然、“志”があって、“ビジョン”あって、それをどう活かしながら、お客さんに来てもらって、利益を生み出していくのかを考えているんだけど、そういうのって、これから俺らがやろうとしていることにも活かせると思うんだよね。」

 

矢部はその仕事にどんな想いを持って向き合っているのかや、社長と2人で仕事をしながら学べることを楽しそうに話し始めた。彼のそんな話を聞いていると、近いうちに彼と仕事ができる日がとても楽しみになる。

「それは良い環境だなー。ぜひ、思いっきりやりきった!って思えるまでやり続けたほうがいいよ。」と僕は心から彼の今を応援する言葉を伝えた。

 受島も自分の話をし始めた。

「俺も今のホステル暮らしや、仕事を通じて、これからに活かせそうなものを全部吸収しているよ。ホステルやゲストハウスのオーナー達から色々教えてもらえるし。ただ、早く自分達のお店を持ちたいよなー」

 受島は僕とタイプが似ているので、すぐに行動に移したがる気持ちもよく分かる。実際、彼は都内だけではなく、全国のホステル業界やゲストハウス業界に顔が広く、多くの先輩方から可愛がられている。それは表裏無く人と接する彼の魅力や、勉強熱心なだけではなく、行動が伴う姿勢があってこそである。僕自身も彼のそんな姿がとても好きだった。

 

「それにしても、新卒入社から1年で仕事を辞めるのって、怖くない?」

 素直に矢部が聞いてきた。

「そりゃもちろん、考えたら怖いに決まってるじゃん。」と僕は答え始める。

「収入だって激減するし、奨学金とか借金もあるし、考えたら怖くなる理由なんて、山ほどあるよ。でも、俺は今の会社でやってることや学べることが、これから実現したいことに繋がっている気がしなかったし、今の水たばこやゲストハウスの業界を見ていても、早く動き始めないといけないという焦りが強くあったからさ。せっかくこんなに良い仲間が“一緒にやろう”って言ってくれてるのに、あと1年、2年なんて待つ意味が無かったからね。」

 僕はさらっと答える。退職を決めてから、何度かその理由を話す機会があったが、どの理由も言葉にすると、何か少し違う気がした。一般的に、大きな決断をする時には、明確な「これだ!」という理由は必要ないのかもしれない。

 僕は続ける。

「でも、たった1年でも、退職の手続きは怖くなるし、『辞めます』って言うのも難しかったよ。これが、3年、4年となると、もう想像も出来ないね。」

 

僕は基本的に物事をパッと決めてしまう。しかも、大きな意思決定になればなるほど、人に相談をしない。その理由は明確だ。

答えは最初から決まっているのだ“

 何かに悩む時、「こうなると良いな」という理想や、「こうなると嫌だな」という恐怖が存在する。この時、「こうなると嫌だな」と最悪のケースを考えながら、既に頭の中では「そうなった時、どうするか」を考え始めているのではないか。そして「どうするか」を考えることができているということは、その最悪のケースを受け入れることができるかもしれないと、直感的に分かっているということである。

 この状態だと、悩んでいるようで実は悩んでいない。多くの人がここで家族や友人に相談をするが、それは「やってみたら?」という励ましが欲しいだけである。

 何事にもリスクはある。ただ、リスクを取らないと、得られるものもない。そもそも、「こうなったら、もうどうしようもないな」というリスクがあるような決断に、人は人生でそんなに直面しないだろう。

 

 この日はお互いの近況報告で話が終わった。

 途中、ストレングスファインダーという性格診断を3人でやってみた。受島は『未来志向』、『最上志向(強みを活かす思考)』、『自己確信』が強く、矢部は『運命志向』、『着想(新しいアイデアを考える)』、『成長促進』が強かった。僕は『戦略性』、『最上志向』、『活発性』が強かった。これで相性が良いとか悪いとかは、よく分からないが、それぞれの個性がよく現れた結果に、三人がお互いをより理解するには役立った。

 

 今後、この3人で“何か”をやる。それは今すぐに明確にする必要もなく、自然とその形を現してくるものだと考えている。

 まず大事なのは“誰がやるか”である。僕たちで言うと、“誰とやるか”である。

 少なくとも僕は、少し楽しみな気持ちになっていた。

 

 

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