この人と合わないだけ。

旦那に「どうしてわからないの?」「なぜなの?」と聞いても「うるさい」「だまれ」というだけ。

結婚してずっとその繰り返し。
義理の家族のこと。息子のこと。生活すること。すべて。
私は旦那のフォローに努めた。
しかし。旦那は繰り返す。フォローのかいなく。むなしさだけ。残る私。
いつものように。私が旦那にしゃべると。
きんこんかんこん、ベルがなる。
対応すると義母だ。「何、うるさくしてるの?」と。私が「二人の話し合いです」というと、義母が「あらそう?」…。
いつものごとく。二人の話し合いで。きんこんかんこん、ベルがなる。
出ると…寺の総代の一人。「二人の話し合いです」…玉ねぎを差し入れに来た。でも、母屋の義母の差し金だと丸わかりな…。
合わない、私は、ここには合わないだけ。
旦那に畳み掛けた。「離婚しよう」「あわないだけだよ、わたしとあなた」「息子はおいていくよ」「わかれよう、発展的な離婚だよ」「あなたもがみがみいわれないし、私も言いたくない」「別れたら、あなたは静かな生活があるよ、私も穏やかな生活が出来るの」…洗脳にちかかったかも。旦那はぼーとしながらも頷いた。そこから、二人で母屋に行き、総代一人と義理の親に、二人で「話し合って別れることにしました」と報告。
総代と義父はだんまり。義母が「二人で決めたなら仕方ないわね」と了承。私が「すみません。嫁!やめます。すみません。」と頭を下げた。「息子はおいていきます。しっかり育て上げて下さい」「あの子は賢い子です。回りの大人に可愛がられて立派になります」進言した。
私はここしかないと踏んだ。成功した。
義母がこの家のご意見番。こいつを突破しないと私は自由になれない。最小限の被害で私が自由になるには、旦那と二人で話し合いをして別れると決めたと意思表示をし、跡継ぎの息子を残していく母を演じることで離婚は覆らないと表明し、私は親兄弟に相談なくこの家に嫁に来ているから(親戚付き合いも最小限しかしなかったので)離婚も私が決めたからには親兄弟には口出しさせないから連絡しても無理だということをしっかり再確認させたことだった。義母はポツリと「私が忙しくなるのね」といった。私は「長生きしてくださいね、宜しくお願いします!!」と応援しておいた。
当日の晩にメールで「離婚をするのは孫のために考え直して」と義母から来たが「離婚をします。メールはしてこないで」と速攻返した。翌日庭で義母に話しかけられたが「あなたもこれから大変ね」だの「またよいひと見つけて再婚したら」だの言われたので「私一人だからなんとかやっていきます」「当面は結婚は遠慮します」と明るく返してやった。
合わない、合わないだけ。誰も悪くない。私がいなくなっても大丈夫。旦那の姉や弟がいるから、そいつらが義親に尽くしていけばよい。そして、他人の私がいなくなるから、自宅で暮らしていた旦那と息子は母屋で暮らすことになるらしい。ヒエラルキー頂点の義母のあの環境で。義母が支配するあの環境で。私は合わなかった、だけ。
卒業するみたいなすがすかしさすら今は感じる。私はこの結婚で学びを終えた。私らしさを歪めて義家族に尽くしても私の体が悲鳴をあげ私が壊れていくのに怯えていた。
今はのんびりと義家族と生活しながら、自らアパート探して、離婚届を書いて、求職して、バイトも始めた。
結論は合わなかった、誰も悪くない。

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