アトピーで悩み続けた男の人生で大切なこと


16歳の夏のある日、
首に赤い小さなブツブツが出来た。
これがすべての始まりだった。

近くの病院で「アトピー性皮膚炎」と診断された。
この時、初めてアトピーという言葉を知った。
そして、その当事者となった瞬間だ。

まさか、その後この小さな出来事によって自分の人生がどん底に落ちるとは
この時は知る由もなかった。


アトピーになって一番病んだのは肌ではなく心だった。
それでも、アトピーに負けない。
負ける、負けないでもない。
アトピーは「メッセージ」だから。

僕は1984年9月25日に静岡県静岡市に四人兄弟の次男として生まれた。
名前は青島央澄。(あおしま おおすみ)

中央の「央」に「氵に登で」、おおすみって読む。
父が付けてくれたこの名前。

心の中心がいつも澄んでいる人になって欲しいと言う思いが込められている。この名前が好きで誇りを持っている。

でも初めから好きだったわけではない。
なんか苗字みたいで変な名前だと思っていた。

でも、大人になって父の想いを知った時その思いに応えようって思った。

両親と4人の兄弟。父方の祖父、祖母、曽祖母、二人の叔父。
11人の大家族で伸び伸びと育った。
ヤンチャでいたずら坊主。

一家の大黒柱で、明治生まれの曽祖母に可愛がってもらった。
80歳を過ぎてからカップラーメンが好物となって、一緒にスーパーに買いに行ってコタツで一緒に麺をそそる。
母が働いていたので曽祖母と過ごしたこの幼少期の思い出は忘れられない。

そんな自分は、
小学校に入り、サッカーを始めた。
静岡はサッカーが盛んな地域だったので。
そのお陰でたくさんの友達ができて楽しい毎日を送っていた。

中学校に入り初めて人を好きになる経験をした。
ドキドキ、勉強が手につかない。
人を好きになるってこんな感覚なんだって。

高校は、当時部屋の模様替えやインテリアに興味を持っていた自分は地元の工業高校のインテリア科に進学。
家具づくりや、室内設計、室内装飾の勉強に励んでいた。


そんな自分にあの出来事が起こった。


病院で処方されたステロイドを塗れば綺麗になった。
「これは、すごいなって」
初めは喜んでいた。だけど、今度は違った箇所にアトピーがで始めた。

友達に気付かれたくなくて。
必死でアトピーを隠していた。
頭にアトピーが出て、黒い学ランに白い粉がつく。
休み時間に友達に気付かれないようにトイレで叩いていた。

首に出た時はタートルネックで隠した。
夏でも長袖を着てアトピーを隠した。
大好きだったサッカーの部活も段々とサボるようになった。

だんだんと意識の中にアトピーの悩みが増えていった。
それでもなんとか薬で抑えて学校生活には支障なく卒業できた。

そして、
より専門の勉強がしたく、推薦をもらい東京の大学校に進学した。

当時東京に憧れがあり、すごい楽しみにしていた。
東京という大都会で初めての一人暮らし。
楽しい生活が待っている。
きっとアトピーもよくなる。
大きな期待を持っていた。
しかし蓋を開けてみると思い描いていた
ものとは違っていた。

さらにアトピーが悪化していった。
アトピーの悩みがより深刻になっていた。
ππ
だから、
勉強に身が入らない。
友達を作れない。
都会で遊べない。

だんだんと一人で生活できなくなってきたのだ。

学校を休学して実家に戻ることになった。

この時、

ある情報を耳にした。
今使っている、ステロイドという薬には副作用があると。
この「副作用」という言葉が怖かった。

この薬を塗り続けると何か恐ろしいことになってしまう。
そんな風に思ってしまった。
そして、塗ることを辞めてしまったのだ。

今まで、ステロイドで抑えていたものが吹き出てきた。それからあっという間に、変わり果てた自分がそこにいた。

全身の皮膚はただれ色は紫に、リンパ液があふれ出ている。
痒くて搔きむしり血だらけの状態。
剥がれた皮膚がボロボロ落ちる。
顔は戦った後のボクサーの様にボコボコで腫れている。
目は炎症で開けにくい。
首を動かすと痛い。
腕を曲げることができない。
パジャマや肌着は血やリンパ液が張り付いて、着替えるとき張り付いてはがすのに痛い。身体から臭い匂いがする。
シーツは血だらけ。
生活できない状態になってしまったのだ。

数ヶ月、寝たきりの状態で。生きている感覚がない。感情もなくなっていた。ただ目が開いている状態だった。
数ヶ月の間に自分の体に何が起こったのか理解が出来なかった。

さすがにこのままでは我が子が死んでしまうんではないか。
そう感じた両親に連れられ、近くの総合病院に緊急入院することになった。

1ヶ月ちょっとで最悪の状態からは脱することが出来た。

19歳に夏の出来事だ。

この出来事を境に、自分の心に大きな大きな傷ができた。

光が怖くなった。
昼でもカーテンを閉めていた。
お風呂は電気を付けずに入った。
鏡で自分の顔を見れない。

身体が酷い状態になってしまったけど、酷かったのは身体以上に心だった。
メンタルが崩壊してしまった。

今まで明るかった自分は心を閉ざしていくようになった。
人格が変わったように暗くなった。

アトピーの重症患者になった自分を受け入れることが出来なかった。
こんな自分は価値がない。こんな自分は自分ではない。
自分を認めることが出来なかった。


だから、アトピーを治さないければ、自分には価値がない。
人生が始まらない。就職することも、友達と遊ぶことも、恋をする事も出来ないと感じてしまった。
その為、自分から人に対して距離をとるようになっていった。

段々と孤独になってしまった。

周りはみんな人生を謳歌している。
バリバリ働いている。結婚している人もいる。楽しい毎日を送っている。

なんで、自分だけがこんな酷い目にあうのだろうって。
そして、アトピーになったことを不幸に思った。
何か自分は悪いことをしたのだろう?って。

自分を責めた。

20代前半は必死になって、アトピーを治す方法を考えていた。
毎日、パソコンで、
「アトピー治った」と検索して。

色々試した。
食事療法。断食。サプリメント。漢方。温泉療法。高額なクリーム。
カウンセリング。
自然療法施設に滞在したり。アトピーが治った人に何人も会いに行った。

治るのならなんだってする。その覚悟で数百万円は使った。

食事療法は厳格に行うと効果があった。
身体は食べ物で出来ているので身体も良くなる。
だけど、頑張り過ぎてダメだと言われていた甘いものがやめられなくなったこともあった。
過食症にもなったことがある。


皮膚は綺麗になったけど。
これで、また人生が始まる。
楽しい人生が戻る。そう思っていた。

だけど、肌は綺麗になったけど、全然楽しくない。
喜べない。

「えっ??」って。
「なんだろう?」
「なぜだろう?」

アトピーが良くなれば全てうまくいくはず。
そう思っていた。

だけど、違った。

アトピーで傷ついた心は治っていなかった。
アトピーで感じた様々なマイナスの感情は消えなかった。

孤独感、自己否定、劣等感、怒り、自信喪失、絶望、恐怖、
様々な否定的な感情に襲われていた。

周りの人と比べると、周りがよく見える。
友達が結婚していたり、会社でバリバリ働く友人、楽しそうに
海外旅行する兄弟の姿を見ると自分は劣っている、

自分はすごくダメで、強い孤独も、自分だけが取り残されている
感情だらけで。

それが、アトピー以上に辛かった。

そして、どうしていいのか分からなくなった。
この否定的な感情をどうやって処理していいか分からなかった。

生きることがだんだん辛くなった。

死を意識することが何度もあった。
でも、その時死を選択しなかったのは、このセンサーが、こころの
センサーだけはどこかで死んではいけないと。

その感覚が正常に働いてくれたお陰だった。

そして、
心の底の小さな小さな希望だけは微かに残っていた。
その希望だけを頼りに、人生を生きようと思った。
アトピーでも
自分の人生を生きようと思った。

こんな自分でも前を向いて歩こうと思った。

その時、20代後半だった。
年齢を重ねる度に危機感も感じた。

このままでいいのだろうかって。

そんな時、知り合った人に言われた。

「もっと外の世界に出た方がいいよって。いろんな人にあった方がいいよ」って。

勇気を出して、東京の朝活やセミナーや勉強会、交流会に行きはじめた。

そこには、
大きな気づきがたくさんあった。

自分で自分の事を制限している小さな自分に気付いた。

他人は自分が思っているほどアトピーの自分の事を気にしていない。
人はそれぞれみんな何かしらの悩みを持って生きている。
自分だけが悩んでいるのではない。


自分の様に病気の悩み、人間関係、お金、仕事など。
みんなもがきながら必死に生きている。

それを、感じた時心が鳥の羽が生えたように軽くなった。
自分だけではないんだって。

アトピーのせいにして出来ない理由を付けているだけだって。
自分の事を自分でダメだって言っているだけだって。

世の中見渡せば、
アトピーがあっても頑張って生きている人はいる。
色々な交流会に参加するうちに、ようやく人生に対してポジティブに
前向きになれてきた。

あるおばちゃんに言われた。

「自分の弱みを出すことが本当の強さだよって」

嬉しくて涙が溢れてきた。
何か自分が認められたようで。

本当は認めて欲しかった。
誰かに自分の存在を。

自分の弱さや人と違う事を隠そうとしていた。
傷つきたくないから。
だから、
どんどん自分の殻に入ってしまっていた。

でも
段々と気がついてきた。

本当に大切な事を。

それは、

この世にだた一人しかいない自分と言う存在を大切にする事。
かけがえのない唯一無二の存在である事。

どんな自分でも自分で認めてあげる事。

自分を自分で否定することほど悲しいことはない。

生きていれば辛いこと、大変なことってどんな人にもある。
そんな自分を励まして生きていけるようになった。

30歳を過ぎて就職できた。

やっと人生が前に進み始めた。
アトピーが治ってなくても、そんな自分が好きで、
アトピーも個性のうちだって思う。

振り返ってみると、

自分の心の捉え方や、解釈で物事の見え方が全然違うようになる。

それは大きな気付きだった。

マイナスの感情や色々な出来事が起きた時に自分がその出来事にどう解釈するかによって変わってくる。

僕と同じようにアトピーでもバリバリ頑張っている人はいる。
社会的な活動されている人も知っている。それも捉え方ひとつだと思う。

同じようにアトピーで悩んでいる人は綺麗になることがベストだと思う。
女性の方ならなおさらそう思うに違いない。

でも、アトピーが治ったから幸せかって。それはまた別の話。
アトピーが綺麗になっても全然幸せでない人も知っている。
アトピーがあるけど毎日充実に楽しく生きている人も知っている。

人は結局、幸せになりたいのだと思う。
楽しい、幸せだなって感情が欲しいのだと思う。

それは、自分の内側にしか答えがないって感じている。

アトピーになって不幸だと思っていた。
なんで自分だけアトピーになったのだろうって何度も何度も思っていた。
20代と言う一番楽しい時間を返せって思ったこともあった。

辛かった、キツかった10年間。

でも、

今は考え方が変わった。

アトピーですごい良い経験をさせてもらったと思っている。
そう思えるようになった。

自分の中で何かが変わった。

辛い経験をしたからこそ、人の気持ちがわかるようになった。

辛い経験はその時点では辛くても、何かのきっかけで抜け出した時
に自分にとって大きな財産、宝物になっていた。

アトピーは憎むべき敵ではなく、

自分に大切な事を教えてくれたメッセージだと今は思っている。
























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