しくじり芸能人から学ぶ、噂の真相の真偽は、リアルに付き合いのないひとには絶対にわからない。人は無意識でこうだったら面白いなという願望のほうを信じてしまう話。

 芸能人の噂って、事実なのもあるけど、大抵、こうだったら面白いなという願望が、はいって盛ってあることもあるし、伝言ゲームのように話から話へ伝わるうちに面白おかしく脚色されて、事実が事実無根になっていくものも、ある。




 問題は、たとえばそれを誰かから聞いたとして、人は、[話をしてくれた人のことを自分が好きだったりすると、その人の話を鵜呑みにして信じてしまうという人種]がいることだ。

 そして、人間は、完璧で綺麗事よりも、こうだったら面白いな、という自分の願望の含まれているほうの話を無意識で信じてしまう。つまり、お金も美貌もあり、芸能界で働くその人を妬んでいたりすると、その人の不利益な噂のほうを信じるほうが、自分にとって都合がいいとそちらを、信じてしまうということだ。
 真実がどうか、ではなくて。

 
また、惚れたものが、負けで話をする目の前のひとに憧れていたり、好きだったりすると、その話が事実かどうかより、その人が言うから間違いない、というふうに思ってしまう人間が、どうしてもいる。

 そういうもの、なのだ。


 そもそも、普段から付き合いが少なかったり、交流の少ないミステリアスな芸能人たち。イメージで話されたり、外見で判断されたり、している。

 あれこれ、憶測で話すことが、女性の性というか、女子は、どうしても好きで、それがある程度できないと浮くし、孤立したりする。


 ただ、芸能人といえど、それが仕事だとしても、その人も人間で、心があるということを、忘れてはならない。

  面白おかしく噂をしているひとは、それを話すことでストレス発散をしてしまう自分自身に気づいていない。
  噂話が好きなのは、いま、自分自身に自信がなく、人のことが気になるからだということに、気づいていない。

 なにかに没頭したり、夢中になっているとわかるのだが、他人のことなど気にならない。

 ましてや、芸能人のプライベートがどうであろうと、自分の人生には、全く関係ない。

 だって、その芸能人と友達なのか?交流あるのか?そのひとのことどれだけ知っているの?

 ファンだとしても、リアル交流のないひとのことを、あれこれ、憶測で話すのは自由だけど、私がいつも心が痛むのはそれをインターネットに誹謗中傷として書き込むひとたちのことだ。

 現代はストレス社会で、人と人のふれあいも少ない。

 だから、コミュニケーション不足なのか、弱者がなにか小さなミスをしたり、ちょっと目立つことをすると不特定多数の人たちからの心ないバッシングの嵐になりやすい。

 炎上。

 芸能人自ら炎上させていることもあるので、なんとも芸能人にも非がないわけではない。

 いまは、便利な世界でなりすましが多く、インターネットに書いてあることも嘘か本当かもわからない。

 実際に会って話す、というコミュニケーションが最強であることは、間違いないけど

 噂を信じるとき、それが事実かどうかを見極める裏付けを
警察のようにとらないと、それが事実無根だったとき、名誉毀損ばりのことを自分自身がしていないかと、私も思わずにいられない。

 人のふり見て我がふり直せ、私も気を付けよう。

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