スタートライン

 このままずっと潜っていたいと切に願った。ずっとこの時間が続けばいいと思った。水中から太陽を見上げるのが好きで、その光にいつも癒されているが、今日はいつも以上に癒してくれていた。その光に心が浄化されていくのがわかる。魚を見たり、珊瑚を見たり、カメとか見たり、洞窟に入るのも好きだけど、こうやって太陽の光にただただ包まれるのも好きだ。生命の起源は海らしいが、細胞レベルでそれを知っているのか、とにかく居心地がいい。 

 ずっといたかったが、タンク内の空気は限りがある。僕はほどなくして船に上がった。港に着くと、防波堤にそのまま座って海を眺めた。考える事が多すぎるが、あえて考えないように、頭を極力空っぽにしようとした。けれども、それは無理な願望であった。

 これから、どうしようか。

 何もかも投げ出したかった。
 好きで始めた仕事で、起業もして自分の店も持ったが、今の自分と店は、起業当初に掲げた理想からかけ離れていた。いつからこうなってしまったのだろう。何が原因なのだろう。複雑に絡み合った糸のようにそれらは僕の心に張り付いていた。いっそその糸を力任せに引きちぎっても良かったが、どうにか思いとどまっている。

 空は青いが、雲が沢山ある。海とその雲を交互に見ていると、知らない鳥達が視界に入ってきた。鳥達はゆっくりと空を翔びながら、その自由の身を僕に見せびらかしている。羨ましくなんかないが、そういう生き方に憧れる自分もいる。以前までの自分ならば「どうかしてるよ」ときっと今の僕を見て言っていただろう。そんな僕の手元のスマホが鳴った。

 誰からだろう?と画面を見ると、予想外の人物からの電話であった。

「もしもし、久しぶり」
その言葉通り、久しぶりにその声を聴いた。懐かしい声だ。
「久しぶり、どうした?」
 滅多に電話なんてしないから、理由が気になった。

「マキ、俺、仕事やめる事にした」
「え?どうして?」
「俺、店出すわ」
「まじで?今どこ?」
「職場だよ」
「そうか、今忙しいから、後で電話するわ」
「あ、忙しいのにごめん、オッケー」

 胸騒ぎがした。イヤな予感が脳裏をよぎった。そうであってほしくはなかったが、おそらくそうだろうと思った。何にせよ、時間を置いて電話をしなけばならない。

 電話は大切な友達だからだった。大切だからこそ、そのままにはしない。友達にとって大事な電話になるはずだ。それは、彼の人生を左右する可能性があるだろう。ただ、それは彼だけの人生を左右しなかった。まさか自分の人生も左右するとは、この時は想像すらしなかった。



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