二〇一九年二月二五日(月)~二六日(火)

 父さんと東京で会うのは初めてかもしれない。

 この日の昼過ぎの浅草は晴天で、この時期には珍しく暖かな陽に包まれていた。僕は駒形橋を西に渡ってすぐにある浅草駅の出口で父さんを待っていた。

 「浅草駅」というのは、その名前だけで待ち合わせをすると必ずと言っていいほど痛い目に合う面倒な駅である。銀座線、都営浅草線、東武線、つくばエクスプレスという四つの路線がそれぞれ「浅草駅」と名乗る駅を構えており、距離はそれなりに離れている。僕は父さんを道に迷わせないように、浅草住民の名に恥じぬ案内を事前に済ませていた為、父さんは時間通りに僕の目の前の出口に現れた。


 父さんはゴルフ場の副支配人を務めている。去年の春までは地元のゴルフ場に勤めていたが、それ以降は異動先の福岡県に単身赴任中である。料理好きな父さんは毎晩のように手作り料理の写真を撮っては、家族に送りつけている。実家で家族揃って暮らしていた頃、週に一度のペースで作ってくれた父さんの料理は、薄味好きの母さんの料理と比べてかなり濃く、水を何杯も飲みながら食べていたのを思い出す。しかし、それが毎回とても美味しかった。

 

 僕が会社を休むことになったと報告をすると、父さんはその電話から一週間と空けずに「東京に行くから。」と飛んできた。僕は久しぶりに父さんに会えるのと、何か美味いものをお腹いっぱいになるまで食べさせてもらえるかもしれないという期待でこの日を楽しみにしていた。

 

「良いところだなー」と駒形橋の上から隅田川とその上を滑る遊覧船、アサヒビールの金のヘンテコな物体とその先に見えるスカイツリーを見ながら父さんは言った。

「とりあえず荷物置きに行こう。」と僕は橋を東に向けて歩き始めながら、父さんを小さな自宅へ案内した。

 

「元気そうだな。」と父さんが歩きながら声をかける。「そりゃそうだよ。」と答えながら先を歩く僕は少し振り返る。

 自宅について腰を下ろしたかと思うと、水も飲まずに父さんはすぐに出かける準備をしていた。

「今日、どこか行きたい所でもあるの?」と僕は聞いてみた。

「水たばこってのに連れて行ってくれ。」と父さんはあっけなく答えた。

 僕はその要望に驚いた。そして、少し嬉しかった。

 僕が水たばこ屋をやることを報告していたからか、父さんはこれまで知りもしなかった“水たばこ”というものに触れてみたいと思ったという。

 その想いだけでも僕は嬉しかった。

 

 あくまでも僕の感覚ではあるが、“水たばこ”の認知度はまだまだ低い。ほかの先進国と比べると日本は普及し始めるのが遅かったそうである。東京で水たばこを提供するお店が増えてきたのはここ二,三年の話であるし、東京でいくつか展開したお店が、これからやっと地方都市に出ていくという噂があるが、日本全国で水たばこ屋が普及していくのは、もう少し先になるだろう。

 経験したことが無い人からの「水たばこ」の印象は、正直あまり良くないだろう。「たばこ」という名前が付くからには、非喫煙者からの水たばこへの印象は良くないと考えられるし、加えて、日本での初期の広まり方が良くなかったともいわれている。日本に水たばこが入ってきてから、つい最近まで、そもそもの水たばこ屋の雰囲気がとても暗かった。文字通り、暗い店内で、入れ墨の入った店員や耳にいくつもピアスを開けた店員が水たばこを提供していた為、集まるお客さんの層も、少し危ない雰囲気の人ばかりだったのかもしれない。初めての人がそんなお店に入ったり、店内の様子を写真等で目にした時には、「何か危ないことでもしているんじゃないか」と勘違いをしても、おかしくない。

 しかし近年、明るいお店が増えてきている。大きな窓からたくさんの日差しを取り入れるお店や、明るい照明に、白を基調としたお洒落なソファを並べるお店。店員も清潔感があり、初めての人でも、それこそ女性が一人でも入りやすい雰囲気にこだわったお店が増えた。

 僕のお気に入りのお店は、昼に行くと日差しが強すぎるくらいに入り込み、ちょっとしたバルコニー席のようなものがお店である。しかもそのバルコニー席はハンモックまで置いてある。

 僕は父さんに、そのお店を案内しようと決めた。

 

 浅草から目当てのお店がある東十条駅まで少し電車に乗る。父さんは急に仕事を休むことにしたからだろう、ずっと社用携帯を触っていた。

 父さんは昔からそうだった。それが嫌だったわけではない。逆にそんな姿に少し憧れていた。休みの日は家でダラダラすることを好む父さんだが、会社から仕事の連絡が入ると、すぐに対応していた。

「休みの日なのに、ほら。百通以上もメールが来てる。」と苦笑いしながら、よく家族に話していた。でも、そんな父さんは、なんだか格好良かったし、父さん自身が少し楽しそうだった。

 父さんは家族からの連絡には仕事中であっても、すぐに返事をくれた。それはきっと、父さんの中で、家族を大切にしているという証拠であると家族全員が分かっている。きっと職場では、「仕事中なのに、ほら。しょうもないことで家族から連絡が来てる。」と同じ苦笑いで言っているのかもしれない。

 そんな父さんだから、父さんにとって仕事もとても大切なもので、楽しく付き合っているものだと分かる。

 

 東十条駅に着いて商店街を少し歩く。意図は全く分からないが、その商店街は年中、万国旗を飾っている。それが確かに賑やかさを醸し出しているのだが、この商店街にグローバルな事は何もない。

 商店街を右に曲がり、僕のお気に入りのお店に着く。平日の昼間だったため、お店には数組のお客さんしかおらず、僕は狙っていたバルコニー席のハンモックに父さんを案内した。

 

「これは、普通のカフェだな。」が父さんの最初の感想。

 僕は顔見知りになっていたお店のオーナーに声をかけ、父さんを紹介し、水たばこを注文した。ハンモックに腰を下ろした父さんが「ここは普通のたばこは吸っていいのか」と聞いてきたので、「もちろん」と答えると、すぐに鞄から加熱式たばこを取り出した。

 父さんはヘビースモーカーである。最近は加熱式たばこに変えたようだが、吸う量は相変わらずである。

 

 すぐに水たばこが出てきた。父さんが初めて目にしたであろう水たばこを横に、僕は改めて水たばこというものを説明し始める。

 大体の説明と吸い方の話が終わると、父さんは二本目の加熱式たばこを吸いながら、「先に吸ってて」と、明らかに自分が先にたばこを吸っている事を忘れて言う。

 ぶくぶくと水の音を聞きながら、僕はお気に入りのお店のお気に入りの味を吸い込んで、吐き出した。やっぱり美味しかったが、なぜか少し緊張していた。

 父さんが二本目の加熱式たばこを吸い終わり、「やってみよう」と手を伸ばしてきたので、僕は渡してあげた。さっき説明したばかりではあるが、水たばこを最初に吸うと、むせる人が多い。でも、それはいらない心配だった。さすがのヘビースモーカーは、僕が吸うより多い量の空気を一気に吸い、吐き出した。それを二度繰り返した。

「なるほど。美味い。けど、物足りない。」

 思っていた通りの感想で、笑ってしまった。父さんのようなヘビースモーカーには、ニコチンの感じが足りないのである。それは僕にはわからない物足りなさである。

「でも、確かに味がするし、美味しいな。」と続けてくれた父さん。その後、もう一度だけ吸い、ホースをぼくに返すと、三本目の加熱式たばこを準備し始めていた。

 

「異動になってから、ゆっくりたばこも吸えてないし、東京に着いてからも喫煙所を見つけられなくてよ。こういうお店は良いね。明るい中で堂々とたばこが吸えるから。」

 父さんにとって、水たばこ屋は、気にせずゆっくりとたばこが吸える良い空間として認識されたようだった。父さんはその後も、時々水たばこを吸うだけで、あとは最近楽しめていなかった加熱式たばこを思う存分に吸っていた。僕はそれを読書しながら時々盗み見ながら、お気に入りの味を楽しんでいた。

 

 特に会話が多かったわけでもなく、その水たばこ屋では二人でただのんびりと時間を過ごした。

 その夜、浅草で飲み歩いた。二人で飲み歩いたのは、初めての事である。どんな話をしたのか、あまり覚えていない。それは酔っていたとかではなく、たぶんそんなに重要な話をした訳でもないし、お互いにリラックスしていたからだと思う。

 そろそろ飲み終わりかなと思っていた時、たまたま近くのバッティングセンターの話になっていた流れから、二人でそこへ行くことになった。父さんとスポーツをするのも、かなり久しぶりである。それがとても、良かった。

 父さんは、さすが元野球経験者で、現役のゴルフ好き。打席に立って、バットを振れば、快音が響いた。一方の僕も負けてはいない。野球部として野球を経験したことは無いが、十年間ハンドボールを続けていた僕は運動神経には自信がある。バットにボールが当たる回数は父さんより少ないものの、時々大きな当たりを出した。二人ともお酒が入っていたのに、スポーツとなると本気になる。最初は「一回ずつにしよう」と言っていたのに、気づいたらお互いに五回も六回も打席に立っていた。

 僕はこの時間が、久しぶりに感じた心からの幸せな時間だった。

 

 翌朝、父さんは昼過ぎの便で福岡に帰ることになっていた。起きて風呂に入った父さんは、少ない荷物をすぐにまとめた。

 昨日、出迎えたあの橋を、今度は西に向かって二人で歩きながら父さんは言った。

「まあ、元気そうで安心した。水たばこ屋についても、色々ありそうだけど、お前は止めても聞かないだろうから、好きにやれ。」

 この橋は短い。歩いて一分も無いけれど、僕はその短い距離の後半で、とてもとても泣きそうになった。でも泣き顔を、泣きそうになる顔を、僕は絶対に父さんに見せたくなかった。

 

「じゃあ、ちゃんとご飯だけは食べろよ。」と笑って手を振る父さんに、「ありがとうね」と言って、父さんが駅に入るのも見ずに、すぐに背を向けた。もう我慢のぎりぎりだった。

 

 ありがたかった。

 感謝の気持ちでいっぱいだった。きっと父さんは、僕が想像も出来ないくらいに、僕の事を心配していると思う。家族だけじゃなく、たくさんの人からの期待を背負いながら地元の大学を出て、とても大きな優良企業に就職した僕が、あっという間にその会社を辞め、父さんにとって未知の世界であり、世の中に良いイメージを持たれていないであろう水たばこを始めたいと言っている。

 きっと心配の気持ちが大きかったと思う。でも、父さんはそれ以上に、僕の事を信じてくれていた。そんな心配の気持ちは小さく笑顔で横に置き、ただ信じているという姿勢を伝えてくれた。それが、ありがたかった。

 

 父さんを見送り、カーテンを閉めたままの部屋で、電気も付けずに、一人布団に戻る。もう我慢する必要は無かった。

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