「いらん子」と言われた少女が「あなたに出逢えて良かった」と言われる女起業家として生きるまで

中卒、元ヤン、3児のシングルマザー。


と、聞けば『いらん子』と言われた過去にも、
納得して頂けるかもしれませんね。

1:幼少期【ひ弱少女がマジで死にかけたハナシ。】

私は、公務員の父と、専業主婦の母の間に
4姉妹の3女として生まれました。



生まれつき、虚弱体質で少食でガリガリ。
見た目を裏切ることなく
しっかり小児喘息を持っていました(笑)

小さい頃に、一番覚えている景色は
布団に寝転んで見つめていた天井の模様
かもしれません。

そのぐらい、大袈裟でなく
季節の変わり目を問わず、年中熱を出したり
発作をおこしたりしていて

幼稚園に久しぶりに登園しても
知らない転校生が増えていたり
仲良くしていたお友達が
引っ越していたりするような
ひとりタイムトラベラー気分を
何度か味わっています。

おかげで、うまく人の輪に入れないし
家の中ではひょうきんでお喋りな一面も
あったけど、外では無口でうつむいている
事が多かったです。

そして困ったのが、喘息の発作。

始まると、吸っても吸っても息が吸えない。
子どもとは単純で、本当にこのまま、
私、死んでしまうのかと、、、

夜中に苦しくて目覚めて
家族が寝静まっている中、ずーっと
ひとり、朝まで眠れなかった恐怖を、
今でも覚えています。

もうひとつ、幼少期のワタシを表す
キーワードが“まじめ”

曲がった事は大キライだったし
先生や親の言うことは、きちんと聞く
いわゆる「良い子」でした。

幼稚園の卒園式の予行練習。先生に、
「証書を貰いに行くのに、前まで
15歩で行くのよ~」
と、言われたら、本番でも
しっかり教えを守り・・・

1、2、3…15歩!!!
その場でお辞儀をして、マイクに顔面を
ぶつけたくらいの、バカ真面目でした(笑)

 ~嗚呼、痛い思い出~
 
そしてこれもまた、私の痛~い思い出。
それは小学校1年生の時。

あるポカポカした昼下がりの空を覚えて
います。青くてきれいだったんですよ。

でも、私の心は真っ黒け。
だって、前の日に、お母さんに言われて
しまった。

「あなたは、堕ろすハズの子だったの」と。

いや、“堕ろす”ってそんなん…
1年生、漢字も書けませんし…
言葉の意味も、ようわかりませんし…

なのに、なぜか…
「いらん子」って意味か。
って、わかったんですよね。

ニコニコきれいで優しかったお母さんの
“真顔”は、それだけでも
破壊力バツグン。

ワタシ、何か答えたのかなー。
実は、未だに思い出せません。

でも、覚えているのは、翌日の青い空を
見ながら、自宅の2階から飛び降りて
しまおう、と思ったコト。


あ、安心して下さい。
未遂だから、こうやって今、生きてます(笑)

~そんな、ココロが痛~い思い出~

大人になり、私は、そんな事を言った
いや、たぶん“言ってしまった”
母のことを、これっぽっちも責める気は
ありません。

むしろ、大変だったんだね、って
ナデナデしてあげたい。

まぁ、だってね。どんな経緯であれ
今、私は、ここに居るからです。
素直に、父と母には、感謝しか無いです。


2:小学校高学年~中学生前半期【突然変異?!爆発して金色になった日】


相変わらず“まじめ”だった私は
成績も良く、学級委員などもこなす
“そういうタイプ女子”でした。

付けられたあだ名が「コンピューター」
だったのも納得(笑)うーんダサイ。。(笑)

この頃になると、ずいぶん
体力もつき、持病の喘息も克服。

すっかり健康体になったワタシは


・・・タバコを吸い始めました♪(笑)


た、、、躊躇わずに書きましたが
時効ですよね?!
通報とかナシです。。

驚きましたか?!
驚きますよね、そりゃ、さっきまで
コンピューターまじめガリ勉女子が
タバコってぇ~

私がクラスメイトなら完全にドン引きです。


深いふか~い、理由があったんですね。
12歳のワタシには。

ひと言で表すのであれば
“良い子が疲れちゃった”かな?

ウチの母、専業主婦だったんですが
家事を一切しないタイプマミィでした。

現代では恐らく、ネグレクトとか言われる
アレです。

姉妹も多いもんだから、いつも家の中は
荒れ放題。朝は起きてこないから
いつも自分でトースト焼いて食べたり
何も食べなかったり、
夜もあったり無かったりだから
無いときは姉妹でおにぎりを作って
一緒に食べたり。

今でも覚えているのは、低学年の時の
『朝ごはん調査』
教室で先生が
「今朝は、みなさん
何食べて来ましたか~?絵で描いて
みましょう~」

と、促します。
私、何も食べてませんでした。

ですが、お母さんが恥ずかしい思いを
しちゃう、って
よくドラマとかで見るような朝食のメニュー
を、紙いっぱいに嘘いっぱいで描きました。
願望でもありました。

私の大好きなお母さんは
当時、大嫌いなお母さんに塗り替えられ
つつありました。


良い子って誰のために?
成績良かったら、お母さんは褒めてくれる。
徒競走1位になったら、嬉しそうに
手を振っていた。

でも、それが虚しくなっちゃったんです。
小学校6年生のある日。

で、タバコを吸ってみた、と。

長々と書いてしまいましたが
まぁ、反抗期ってやつですかね。

だんだん、自分のポジションや
タテマエだけで正義を語るような先生にも
苛立つようになりました。

中学生になり、もっと激しく、その思いを
主張するようになりました。

髪も染め(コレが金色になった日)
家に帰らず、いや、帰りたく
なかったんですよね。

別にご飯も無いし。洗濯もしてくれないし。
そういうの、全部自分でするから、どこで
暮らしても変わんない、ぐらいにマジで
思っていました。

友人宅に泊まった日の朝、その子のママが
朝に作ってくれたミックスジュースに
涙が出ました。

「あんたこんな良いお母さんなのに
 なんでそんな反抗的なんだよー!」
って、言ってました(笑)


そして、書いて思いました。
あー、これは元ヤンって言われるわな。。

社会的に見れば、きっと、当時の私
(いや、今も?笑)は
枠からはみ出まくった人間です。

でも、“良い子でいなきゃいけない”
そんな感情を解き放った瞬間
不思議と、自分が生きていることを
実感しました。

私は、私なんだ、と。

今、ママになってから、本当の自分
本来のワタシ、がわからなくなって
しまった人を、暗闇から抜け出す
お手伝いができているのは

何より、殻に閉じこもっていた自分を
解放してあげた、この時の経験が
大きいように思います。

3:中学生後半期【悟りを開いた14歳】



さて、スーパーサイヤ人のごとく
金髪になって覚醒した
中学生時代のワタシ(笑)

やっと、本来の自分を取り戻し
本音で何でも言えるようになったことで
私は、人生のかけがえのない“財産”を
手に入れることになります。

【友達】

心から笑い、泣き、怒り、楽しめる
居心地の良い場所。こんなにも心地の
良い場所が、世の中にあるものか、と
家へ帰らなかった理由のひとつでも
あります(笑) 大人になり、母になった
今でも続く、かけがえのない私の宝物です。

【世界】

私は、普通の中学生の1日とは
無縁の生活をしていました。
でも、そこで体験した事、考えた事
ぶつかった問題、乗り越えた経験
これは、学校で学べるようなモノでは
ありませんでした。
自分の見たい世界を見よう。
この姿勢は、この頃に培われたように
思います。

【愛】

家族ではない誰かに、愛を注いでもらう
その喜びを知りました。
そして、自分も、他人へ愛を注ぐことが
できる、という事を学びました。
“要らん子”って思っていた幼少期から
したら、大出世したワケです。
今でも、愛された感謝を忘れた事は
ありません。私の大切な思い出です。

自分のコトバで話し始めたら
こんなにも世界は変わるのか。

大人でも、子どもでも
情報過多な今の時代“自分のコトバ”を
忘れてしまった人たちが
多いように思います。

特に、ママになると、つい自分は
子どもの陰に隠れてしまう。

本当に、それは正しいあなたの道
なのでしょうか?

【命】
もうひとつ。私が貰った大切なモノ。
それは、今日という日が
あたり前には訪れないものだ
と言うコト。

私が愛を学んだ人は、16年の生涯でした。
統計を気にするのであれば
それは短い、あまりにも
短すぎる命だったように思います。

私に与えられた『今日』は
彼が過ごしたかった『明日』なのかも
しれない。

そう思った日から、時間をムダに
消費してしまう事は、何よりも
罪深い気がして、ならないのです。

4:美容師~ヘアメイク時代【がむしゃらな夢追いムスメ】


時間の浪費が罪深いと思った私は
小さい頃からの夢だった
“美容師”になる道へ“最短で”進むこと
を決意します。

中学を卒業と同時に
美容学校へ1年
また、その最中にもサロンでバイト
国家試験合格

そして、デビュー1年目
『若いからといってお客様や周囲に
ナメられないようにするんだ!』と

服装・髪型・メイクは毎日
“見られるコト”を意識。

カッコ良く見せるためなら
10時間以上に及ぶこともある
立ち仕事でも、15cmヒールで
挑む程でした(笑)

技術においても、朝から晩まで
サロンワークをこなした後
深夜まで、たったひとりでも猛練習。

途中でダウンしてしまい
目の前のウィッグ
(マネキンの首だけの状態 。。)
に、悲鳴をあげた事も(笑)

終電を逃して、床で寝た事も
しばしば。。。

若いムスメがはしたない?!

美容室の特権で、シャンプーは
済ませることができていました
嗚呼、若いってスバラシイ(笑)


その甲斐あってか、コンテストなどに
参加しては、たくさんの賞を貰い
16歳最年少記録も更新。

日本代表に選ばれ、アジア大会で準優勝
などの実績を積ませて頂いたのです


やれば叶う。
その手応えを、日々感じていました。


その後、メイクやセット、作品として
残る仕事がしたい、と思うようになり
ヘアメイクアップアーティストへ転向。

事務所へ所属したものの
もっと、やりたい仕事がしたい!と
自分で名刺や作品集を作って
勝手に営業活動(笑)

それが19歳の頃です。

確信を持っていました。
まるでワンピースのルフィのように
叫びたくなるほどに。

私は、この世界で活躍するために
生まれて来たんだ!(大袈裟)

世界一に、私はなる!(無謀な夢)

意気込みを言うなら
そんな感じ。

でも・・・

5:AGE19-20【母の死に学ぶ、女の生き方】


そんな風に仕事に燃え、熱く夢を
追いかけていた19歳のワタシ。

そこへ舞い込んできた、とある電話は
私に、こう知らせました。

「お母さんが、余命1ヵ月、末期の癌です


それからは、家族みんな
怒涛のような時間を過ごしました。

母が最期まで、家族と共に戦った、
そして受け入れた3ヵ月。

告げられた余命よりは、オマケの
ご褒美ボーナスが付いていました。

おかげで、差し迫る現実は
少しばかり、受け入れやすいカタチに
変える事ができたように思います。

ボーナスって、一生懸命生きれば
貰えるんだな。

あの時、母の病院での誕生日パーティーに
わざわざ親子で駆けつけてくれた
悪友(笑)たち。

この場を借りて、本当にありがとう。

「お母さん、頑張って
子孝行したんだね~」

これは、ホスピスの主治医の先生に
頂いた言葉です。

確かに、私達が、交代で母を看病し
そして全員揃って看取る事ができたのは
奇跡的なタイミングだったのかもしれません。

太陽のようだった、母の存在。
まさか、私の成人する姿を見る前に
失ってしまうなんて。
何とも言えない、大きな喪失感でした。

~失う命あれば新しく生まれる命あり~

母を亡くした喪失感の余韻が

私を包み込んでいた頃
私は、新しい命と出会います。

そして、出産のために、
美容界を去る事になります。

医師に言われたのは
「切迫早産の兆候が強い。
立ち仕事は辞めてください」

なぜ?嫌だ。と、思ってしまいました。

でも、母になった私は、もう
自分の夢のために無理はできませんでした。

日本では、年間20万人もの女性が
出産を機に退職する、という現実があります。

もれなく私も、そのうちの
ひとりだったわけです。

あれから18年経ちましたが
過ぎた年月ほどは
働くママの環境が、変わったような
手応えはありません。

ある企業は
ある自治体は
あるコミュニティは

そんな単位での変化は
耳にするようになってきたように
思います。

しかし、働くママ
働こうとするママの大多数が
今も、満足のいく仕事
満足のいく収入は得られていない

これが現実です。

キラキラ起業家を気取っていても
儲けより支出の多い人たち。

バリキャリで、将来は高所得だったのに
産後は降格される人たち。

たくさんいらっしゃいます。

私が今、活動する起点は
やっぱり、過去の実体験と
出産で変わってしまう現実への不満の
表れでもあるのだと思います。


そして、何より、専業主婦で
娘4人と、甥っ子を1人
実に5人の子育てをしてきた母。

「あんた達が大きくなって、手が離れたら、
旅行に行きたいね」

などと言っていた事を、今もふと、
思い出します。

長生きが全てでは無いですし、
子育ての期間に、幸せを感じていた時間も
相当にあったに違いない!と、
娘ながらに感じてはいますが

母の人生を振り返ると、もうちょっと、
やりたい事、やって良かったんじゃない?

なんて、余計なお世話を
思ってみたりするのです。

6:母になって~【そして、母になる】



仕事を辞めなくてはいけない
そんな現実が辛かったことは事実ですが
まもなく、その感覚がどんどん
和らいでいくように
愛らしい我が子との生活に
幸せを感じる日々に変わりました。

これは私にとって、大きな大きな
変化でした。


実は私、姉妹は多いものの
子ども好きかと言うとそうでは無く
扱いが苦手、と意識している方でした。

そんな私が、まだ、その取っ手にすら
気づいて居なかった、自分の中の
“新しい愛の引き出し”を
この子が開けてくれたのです。


ありきたりな表現で表すと
“目の中に入れても痛くない存在”

…いや、ありきたり過ぎるな。

“まつ毛を根こそぎ引きちぎられても
笑っていられる存在”

“鼻からスイカを出したのに
またもう1個出せると思える存在”

我が子とは、まさに、そんな…
あれ?伝わった??(笑)


退院日から、掃除洗濯家事育児を
こなす日々。。。
(なんか字面がもう忙しい 笑)

保健婦さんなどに、育児ノイローゼの
冊子をもらったりしましたが
「なってる暇ないわ!」
と言う日々の忙しさ。

さらに輪をかけて忙しくなったのが
保育園に預けて、働き出した頃。

実は私、ひと段落したら、美容界に
すんなり戻れるものだと思っていました。

だって、あんなに頑張って実績も
積んで来たし!!!

そんな自信とは裏腹に、幼子を抱えて
いざ、働こうとすると

「お子さんまだ小さいんでしょ?
熱出て休まれてもねぇ~」

「預けられるお義母さん、居るの?」

「無理ムリ!そんな状態でサービス業は」

これまでに落ちたことの無い
面接に、立て続けに落ちる日々

これには、もう
メンタルごっそり持って行かれました。

そうして、私は
自分の道をあきらめ
無難に派遣やパートでお仕事を
するようになりました。

しかぁし。

好きでは無い仕事なのに
・稼げない
・拘束時間も休日も融通がきかない
・子どもが犠牲になる
・自分も楽しくない
・そして、子どもが熱を出して休む
 と、なれば、イヤミを言われる

たいして稼げないので、働いた分は
保育料へ消えていく・・・。

私、何やってんだろう。

子ども2人を育てながらも、無理を
してようやく日々をこなしていましたが
3子目を妊娠した際に、プチっと
何かが切れました。

無理だ。自分で理想郷を作ろう。

そうして、私は、3人目を妊娠中に
起業を決意します。

7:起業~10年【もたもた、とことこ、猛ダッシュ】


こうして、必要に迫られて
起業したワタシ。

俗に言う、起業してやる!
みたいな夢があったワケでは
無いんです…
ガッカリさせたらスイマセン。。(笑)

なので、助走はもたもた。。。
ビジネスも漢字で書けないところから
スタートし、びじねす美時値数。。。
(いや、漢字ちゃうか 笑)

初月の月商は、当然のごとく0円。

嘆くどころか、当たり前か~って
大笑いするくらいのマインドでしたが。

そういえば、妊婦起業したもんだから
陣痛来た時も、お客様とメールの
やり取りをしていました。


顔はひん曲がっていたハズですが
ノープロブレム♪見えません(笑)


こう見えて、コツコツ型で(笑)
本を読み漁り、睡眠を削り
トライ&エラーを繰り返し
ボロ雑巾みたい?に
なりながらも

パート収入超え

会社員収入超え

月商7桁達成

年商8桁達成

と、右肩上げて行ったわけであります。


10年もやっていれば、いろんな
出来事がありました。

アップダウン
出会いや別れ

真似され盗られ(笑)
騙され支払い(涙)

学びです、これも全て。

学びのおかげで
私のように、ビジネスをスタート
させる人を増やせたし

私も知らない分野に、チャレンジする人を
後押しもできたし

そして今は、
“過去の私のような人たちの
 チカラになれる慶び”がある。

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行動すればするほどに、私のモットーで
ある“世界は、愛と学びでできている”
という事に、確信を持ちました。

その想いで世界を見ると、実に汚い現実も
たくさん見ることになりました。

とても素晴らしい人が
とても素晴らしいサービスが
とても素晴らしい商品が

何者かにより、苦しい課題を虐げられている

一生懸命で、真面目で、誠実な人ほど
真っすぐすぎて、俯瞰して見ることが
できずに、それらのスパイラルに
巻き込まれている現実。

何かお役に立てるのでは、と、活動を始め
たくさんの出逢いと嬉しい声。

「逢えて良かった!」
「あなたに逢うためにこうなったんだ」
「人柄に惚れました!」

などと、自分で書いていて
恥ずかしくなる程に

くすぐったく、ありがたい言葉に触れる事が
今は、できている現実です。

『いらん子』だったハズなのに
必要とされるだなんて、大出世です(笑)

こうやって、多くの経験をし
そんな中でキラリと自分の中に
落とし込んだ気づきがありました。

それからは目まぐるしく
周りの景色が色を変え、やっぱり…
“世界は愛と学びでできていたんです”

・・・
ラストまでお読み頂いたアナタ。
感謝感激雨霰です。

自分のストーリーを書き出すにあたり
過去の思い出したくも無い体験
辛い記憶、なんなら、ちょっと
泣きながら書いてしまいました(不覚)

でも、吐き出すと楽になる事も
ありますよね。

読んで頂いた皆さんに
心からの愛と感謝を込めて・・・

これからも、私視点で、皆さまに
HAPPYが届くような活動を
たくさんしていきたいと思います!

 ~ありがとうございました~



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