「このタクシー臭い!」から殺人級の状況を連想して怖くなった話。

「ちょっと、なんか匂いきつい。
何の匂い?本当にキツイ!」

乗るや否や強めの口調でこの言葉をかけられた。
窓を開けながら不満そうな表情がバックミラーに映る。

この後に、自分に学びを与えてくれたのはこのお客様だった。

自分にとって正しいと思っていることが、
別の人にとって正しくないことがある。

それが、自分で気づけないことほど怖い。

お客様の反応には驚いた。
理由は、私の乗るタクシーは相番と呼ばれる方と二人で1台の担当車を
清潔を保っている。(殆ど相番の方のお陰)
常に快適であってほしいと僕自身も願いながら使用している。
香りも、ほのかに感じる程度で刺激はほぼ無い状態。
その甲斐あってか、お乗せする人の大半が「なんか、いい香りしますね~」
と言ってくれる。
嫌がられたり、無言で窓を開ける人もいなかった。
何も言わず我慢していた人がいたかどうかはさすがに分からないが
今までで初めての反応にはちょっとビックリした。

それなりに快適さに自信もあったのでショックな部分もあった。

匂いの感じ方が人それぞれ違うことは理解しているし、
クサイと思われてしまう可能性があることは承知の上。
「いい匂いですね」と言ってくれる方が多いからといって絶対に“この車の匂い”は人を不快にすることは無いという傲慢な考えもない。

そんなことを思いながら、目的地へ向かうと違和感が襲ってきた。

僕の鼻に、なかなかキツいおばさん特有の匂いが入って来た。
言い表すのが難しいが、何か強めのにおい。

「(あんたのほうがキツいわ!)」

なんて心の中でツッコみながら別のことを思った。

この人にとっては、自分の匂いは当たり前に感じている。
それこそ“匂い”という概念として捉えることもない。
なぜなら、それが正常の状態であるから。

しかし、
その人が、別のところで感じるものには“匂い”として感じるようになる。

例えると、
自分の家の匂いは認識できないが、人の家の匂いは感じられる、
みたいな。

そして、その匂いを感じたときに好みは分かれ、
今回の匂い好みではないと感じてしまった。

僕の乗るタクシーに乗って、匂いが好みでなかったことは
申し訳なく思う。

無臭が良いと会社からも言われているなかで、
好みが分かれ、不快な思いをさせる可能性がある香り漂わせているのは良くない。
ただ、責めるつもりは到底ないが

おばさまの一言に怖さを感じた。

おばさまも多少他人に刺激のかかる匂いがあって、
それが自分で認識できていない上で

「この匂い本当にキツいよ」と押し付けられたこと。

その言葉をかけたその方の匂いがだいぶ強めであったことも大きい。

何度でも言うが、
匂いに関してはこちらも責めることが出来る立場ではないし
サービス業として不快な思いをさせてしまい申し訳なく思う。

だが、
これを人生や別の事象にに置き換えたときに怖いと思った。

「自分の状態を知ることもなく、人の欠点ばかりを見つけ指摘する。」

今回は匂いの部分で話しているし、僕が感じた匂いが人によってはそこまでだという方もいるかもしれないので一般的にならないが
日常生活において、
他人に不快感を与えていることを自分で認識できていない状態でありながら他人の欠点ばかりを指摘するという行為はとても怖い。

「自分の口臭が殺人級であるのに、それを知らずに人の口臭に口出す。」

もしそんなことをしていれば、とてもおぞましい。

さらに、その怖さを強く感じさせるのが、
自分でも気付かないうちにそうなってしまう可能性があること。

特に今回は、“におい”という自分で自分のことを知るのが難しい部分だから
気づかないうちにやってしまう。

反面教師ではないが、自分の学びになった。

こういうことを思いつつも自分の背景にあるのが
「いい香りしますね~」と言われてきたという嬉しい過去。
それによって、僕も僕の中だけの基準で考えているのかもしれないとも感じた。

普段の生活においても、
自分の匂いが気づきにくいのと同じように、
案外気づかないところで人を不愉快にしているかもしれない。
青が好きなひともいれば、赤が好きなひともいるように
良し悪しの基準は人によって違う。

自分の基準が正しいと押し付けるのではなく

“みんな違ってみんな良い”とゆとりを持つことが大切なのだろう。

そんなことを思わせてくれるタクシーの出会いは面白い。

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