将棋 プロ挫折後10

不思議な出会い。

それはある日、鈴木さんに呼び出された時だった。

ある人を呼んでいた。

黒崎さんという方で(本名ではない)真剣師の人だった。


真剣師

それはプロに近い実力を持つ人たちで、いわゆる賭け将棋で将棋を磨いて来た人たちだ。

真剣師には強いこだわり、プライドを持っている人たちが多いらしく、黒崎さんは相手によっては負けてあげたり、メッタメタに叩きのめしたり様々なようだ。


一局だけ指してくれることになった。

右四間だった。

ただ、普通の右四間ではなかった。この人のは右桂を跳ねない相手の動きに合わせて一発入れる、特殊な右四間だった。

嫌な形ではあったがそれでも十分に戦えていた。

そう思っていた。

がしかし、囲いをには一切手をつけることなく、一瞬何が起こったのかわからないままに詰まされていた。

不思議な負け方だった。


こんなことがあるのか???

俺は強くなった。

けど、藤原さんとも、門屋さんとも違う強さだった。

まるで魔法だった。

こんな人がアマのにいるだなんて、、、

真剣師という、また異質な存在がいるんだなということ思い知らされた瞬間だった。


一局だけ指して、黒崎さんは帰っていった。

俺が飛車を振ったこともあったが、黒崎さんには相手が居飛車だった時に使う、真剣師ならではの将棋があるとのことをそのあと知らされた。


俺は黒崎さんを追いかけることにした。

黒崎さんがよく将棋を指しに行く、公民館を教えてもらい、しばらく平日は学校が終わったらの公民館に行った。もう一度黒崎さんと指したい。

そんな気持ちで毎日向かった。


北里と杉本には門屋さんのところに通わせ、部活ではなく、外部で指させるようにしていた。


そして俺は黒崎さんと再会した。

俺のことは覚えてくれていたが、指してはくれなかった。他の人と指すよう促し、それでも対局は見て色々教えてくれた。

この人は直接何かを指導するタイプの物の教え方をする人ではなかった。


より盗むことが大事だった。


そして、黒崎さんが一局不思議な将棋を指した。

今では角交換振り飛車は常識的な指し方担っているが、当時は角道を止めるノーマル振り飛車が主流で、衝撃を受けた。


左金が角の方に上がり、四間飛車に振り、自ら進んで角道を開ける将棋だった。


これが立石流四間飛車との初対面だった。

これはアマの立石さんが考案した角交換振り飛車の原点になる将棋だった。

当時はプロ間でも指されるようになり、画期的な振り飛車の戦法として注目を浴びたが、研究が進み、居飛車優勢の結論が出て死んだ戦法だ。

しかし、穴熊には今でも有効なさ指し方で、完全に死んでしまったわけではないが、それでもプロでは指されなくなった。


しかし、当時はノーマルが主流であり、かつネットがそこまで充実していたわけではなかったこともあり、これだっと思った。


穴熊に対しては天敵かというくらい強い。

そして、他の戦法相手でもまず対策を知る人は少ない。

いたとしても、プロ相手でなければ十分戦える。

そういう可能性を感じた。

奇襲戦法、邪道な戦法と言われるかもしれないが、これは使える。ここから学ぶことは大きい。


これだ。

これを研究しよう。

そう決めて、真似っこするところから入り、黒崎さんに見てもらった。

一ヶ月は経ったか、立石流の研究を進め、黒崎さんに教えてもらいながら新しい可能性を見出して行った。


そして、俺は帰って来て、門屋さん相手に立石流を使った。

門屋さんはこの戦法の対策を知っていたが、それでも初めて門屋さんに一発入れることができた。


そこから立石流だけに頼らず一つのレパートリーとして使うようになり、門屋さんにも少しずつ勝てるようになって来た。


新しく学んだ戦法

右四間

立石流


黒崎さんの得意戦法を盗んで帰って来た。

ここからか、本格的に相手が振り飛車とわかった時は本気の試合でも居飛車を使うようになった。特に黒崎さん直伝の桂馬を跳ねない右四間を使うようになった。


この時からか、考えても埒が明かない局面の時は、考えることをやめて感覚に頼って指し始めたのは。

黒崎さんを通して、言葉にはしがたい「感覚」の将棋も意識して取り入れるようになった。


そして、最後の個人戦の日。

また大会が始まった。


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