コンプレックスは牙へと変わるなーと思ったお客様との話。前編

『豊洲の東横イン行ってくれる?』

「豊洲の東横インですか?」

男二人が乗ってきた。

“失われた30年”と言われる「平成」が終わり、
鋭い早さで変化していく世で、
いつも変わらず賑やかな銀座の平日の夜。

着物である以外の共通点が見つけられないほど個性を表す着物姿のママや
違いがあるのは分かるがドレスアップというだけで
全てが同じに見えるホステス。

各業界のドンや上場企業の役員を送るためのスモークで覆われた高級車と運転手。
クラブの黒服の男たち。

様々な人間が居並ぶ夜の銀座でその二人は乗ってきた。

酒の混ざった匂いと洋々たる雰囲気を漂わす二人は
確信めいた口調で行き先を告げてくる。

“豊洲の”と。

東京にはビジネスホテルが沢山ある。

アパホテルや東横イン、
これらのホテルはどこの地域に行ってもあるように思う。

あった覚えの無い豊洲でも、たぶんあるか、と、なんとなく受け入れた。
念のためその場ですぐに調べたが、豊洲に東横インは見つからない。
「ん?ないか」
スマートフォンがこれだけ世の中に浸透しネットがあれば何でも調べられるこの時代に出てこない。

これは、豊洲に東横インが無いことを示している。

すぐさま、聞きまちがえた可能性のある豊洲という地域の名をあえて聞き取りやすく問いかける。

「お客様、“豊洲”の東横インですか?」

『そうだよ、みつからなかったら高島屋でもいいや』

「高島屋ですか?」

豊洲の東横インですら見つかっていない行き先が宙に浮いた状態で
新たにあった覚えの無い場所を言われた。

タクシー運転手をやっていて、高島屋が分からない人はたぶんいない。

初心者だったころ、日本橋の三越と高島屋の場所を「どっちだったかな」と悩むことはあったが、それは場所の違いで高島屋の存在自体は知っている。

どこそれ?とはならないのがこの高島屋。

そんな有名百貨店。あったっけ?豊洲に。。。

これは僕自身がやっているだけのことだが、
いくらお客様が行き先を言っても、間違っている可能性のある場所を指定されたときは
2つ、3つほど似た地域や、建物を考えてみる。

お客様自身で間違えていることに気づいていなくても
こちら側でなんとか特定したり、勝手にそこに繋げていたりする。

一つ例を挙げると、お客様が「そこの交差点を曲がって桜田通りを行って」
と言ったその通り名が桜田通りでなかった場合、

通り名の間違いは指摘せずに、通る道だけ修正してそこへ向かう。
言い方をカッコよくするつもりもないが、お客様の心を傷つけないように、こちら側で敢えて知らないふりをする。

男女で乗って来たときの、男が間違っていたら尚更だ。
スマートにタクシーに乗り、乗り慣れた様子で行き先を告げてきた男に
「それ間違っていますよ」なんて言えやしない。

たまに、スマートに乗ってきたが乗り慣れていないことが運転手側から丸わかりな男もいる。それでも何も言わない。
それくらい、お客様に対しては気を遣っている。つもり。

そんな勝手な気遣いで
今度は豊洲の高島屋を調べるが、やっぱり出てこない。
「(どこと間違えてるんだ?)」
候補も頭に浮かばず、なんとなく豊洲でない気がしてきた僕は、
もう一度聞いた。

「豊洲ですか?豊洲の東横インですか?」

『そうだよ、豊洲、別にホテルくらいどこにでもあるから
調べて見つからなくても行けばいいよ、高島屋があればわかるし』

「(高島屋もねぇーんだよな~。これたぶん間違ってるぞ)」

もう頭のなかの大部分は疑いしかない。

それでも、お客様の確信めいた口調と、東京に覚えられない程ビジネスホテルが乱立していることを根拠に
“確かにあるかもしれない”
というわずかな希望が豊洲へと向かわせる。

その道中、行き先を告げてきた方の男が話しかけてきた。

『運転手さん、銀座はやっぱすごいね~、いつもこんな感じ?』

「そうですね、平日であれば大体こんな感じになってますよ」

『そうなんや、俺ら、大阪から来たんよ~、やっぱ東京は違うわ』

「あ、そうなんですね~、僕も東京はすごいと思いますよ」

酔っ払いは眠ってくれる方が楽だが、地方から来た方なら多少は相手をする。

『運転手さん、芸能人乗せたことある?』

「ありますよ」

『だれ?』

「お客様の世代で分かる方ですと~、、、」

乗ってきている男二人は、50代後半に見える。

そんな人に若い世代のお笑い芸人や俳優を言っても分からないだろうと
大御所の女優さんの名前を出した。

『そんな年いってないし』

「あっ!あ~、すみません!いや、あの、そんなつもりじゃなくて、乗せるのが芸人さんとかが多いので名前言っただけで分かる方を挙げました」

よく喋る男がすぐにツッコミ、僕も弁解した。

それを見たもう一人の喋らない方も笑い声をあげ、特に地雷を踏んだ感じもなく、ほんの少しの時間を楽しんだ。

大げさに言うのも嫌だが、初対面の人間とほんの数分だけでもその時間を楽しめるのはこの仕事の愉しみの一つだ。

まさに、一期一会。

それからも多少の会話が続くなか、
喋らない方の男が初めて話し出した。

『あれ、こんなに歩いたか俺ら』

「ん・・・。」

続く

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