コンプレックスは牙へと変わるなーと思ったお客様との話。中編

なんとなく、嫌な予感がする。


嫌な予感というより、“やっぱりか”という感情。

豊洲に向かってはいたが、僕の心は灰色の雲が空全体を覆うように
疑いが晴れていなかった。

豊洲に向かいながら会話もしていたが、同時にスマホで何度も調べていた。

豊洲に東横インはあるのか、東横インのサイトで豊洲の店舗があるのか、
豊洲に高島屋はあるのか、高島屋のサイトで豊洲の店舗があるのか。
豊洲にあるショッピングモールに高島屋が入っているのか、
高島屋の店舗に、豊洲と言い間違える似た地域はあるか、
東横インのどこの地域を、豊洲と言い間違えているか。

あらゆる方向から、可能性を探った。

なぜなら、
後々めんどくさくなりたくないからだ。

そんな中でのあの一言。

“豊洲だ”と言うお客様の言葉を信頼して向かっているが
間違っていた場合、後悔や怒りの矛先はお客様自身になってしまう。
こちらは何も間違えてはいない。
何度も聞いているし、間違える可能性のある場所も現在進行形であるが探している。

そんなちょっと特殊な状況でありながらよく喋る男が言う。

「そうでもないんちゃう。俺ら土地勘も無いわけやし」

二人のそんなやり取りをよそに、僕は必死に間違っている可能性のある場所を探す。

その理由はひとつ、豊洲に行くには大きな橋を渡るから。

もし間違っていれば、渡る必要のない橋を渡ることにもなり
確実に遠回りになる。
お客様はどんな態度になるか分からない。

ただ、その橋を渡ることで確信出来ることもある。
何も言わなければ本当に豊洲の可能性は高い。。

早く本当の行き先を特定しなければ。

スマホでひたすら調べているが、時間は無常。
無常どころかいつもの2倍も3倍も早く過ぎていくように感じる。

そして、とうとうその橋へ車は入っていった。

もう、間違っていてもしょうがない、とりあえず豊洲に向かう!
ドラマさながら、危機に立ち向かう気持ちでアクセルを踏んだ。

豊洲で当たっているのか、間違っているのか
間違っていたときにお客様はなんと言うのか
とにかく行けば分かる。

上り坂になっている橋のたもとは、
走れば走るほど、この先が繋がっていない様に感じた。

「(これはもう、飛ぶしかないっ!)」


~~~~~~~~~~


この仕事をしていて、スリルを味わう瞬間は少なくない。

ジェットコースターや、お化け屋敷で感じるスリルは好きだが
人が飛び出してきたり、前の車が急ブレーキを掛けたり
その先にあるものが事故になり、ケガをさせたり、
場合によっては殺めたりするスリルなんて求めていない。

今起きていることは、事故にはならないが多少のスリルは感じている。
この先、どうなるか分からない。

行き先が豊洲で当たっているのか、間違っていた場合はお客様はどんな反応をするのか。
飛び出すように感じた橋のたもとを登りきると、
心なしかいつもより宙に浮いた感覚で走っている。
左前方に佃、右前方に月島のタワーマンションを望む。
何度見ても綺麗な景色。答えの見えない今の状況を察するのか、まばらだが上から下まで点いた部屋の明かりが温かく見守っているように感じる。

いや、
まだ眠るほど深い時間じゃないから点いてるだけだろう。
すぐに冷静な自分が“いま”という状況へ引き戻す。

未だ、宙に浮いた感覚で走っていると、静かな男の声が聞こえてきた。

「こんな橋渡っとらんやろ。」

これは、間違いを確信できる一言。

豊洲へ行くために渡るべき橋を渡っていないということは
豊洲へ向かうことが間違っている。

それを確信したが、もう橋の真ん中を過ぎるところを走っている。
その場所はUターンもできない。
何度も調べはしたが、間違う可能性のある別の場所も、
本当に豊洲で当たっているのかも特定できずに進んだ結果は

“豊洲”ではなかった。

「お客様、やっぱり豊洲は間違っていたじゃないですか」

なんて言葉は怱々とした頭には浮かばず、それよりも豊洲でないことだけが分かったということが頭をさらにごた混ぜにさせる。

豊洲じゃないという答えは、答えが出ているようで出ていない。

目的地でないことは分かったが、本当の目的地がもう頭に浮かばない。

そんな数秒が、橋に入る前に感じた時間の速さとは対照的にとてもゆっくりに感じた。

その間こちらに聞こえないくらいの会話が後ろでなされ、喋る方の男が声をかけてきた。

『なぁ、これどこ向かってんの?』

さきほどの穏やかの車内の空気をその一言が変える。
言葉の裏に、「わざと、間違うてるやろ」と言わんばかりの威圧的な何かを感じた。

「いまは、豊洲に向かっています」

『豊洲?でもワシらこんな橋渡っとらんけどな』

「そうですか、でも豊洲に向かうにはこの橋を渡らなければ行けないですよ」

間違っていた場合、お客様はどんな態度に変わるのかは予想していた。

間違った行き先を指定していたことを素直に受け入れるのか、
間違えを認めず、押し付けるようになるのか。

威圧的な何かは一瞬感じたが、態度が変わるというよりお客様自身もよくわかっていない様子。
豊洲と言ったことは覚えているが、橋を渡っていないからどこに向かっているかもわからない。

運転手共々混乱中だ。

すると、明らかに間違いだと特定できる言葉をかけてきた。

『運転手さん、豊洲言うても東京駅のほうやで』

「と、東京駅の方ですか!?じゃあ全然違うところ来てますよ、豊洲はこの先ですが東京駅は反対方向です」

『え、そうなん』

明確な場所ではないが、豊洲が絶対的に違うことが特定できた。
そして、どんどん目的地付近から離れていることも。

幸い、態度の豹変はなく
『この辺はどこなん?』『やっぱタワーマンション多いな』
と間違えたことを観光気分に変えて紛らわしている。

しかし、まだ行き先は特定できていない。
ひとまず今分かっているのは東京駅方面に向かうことだけ。

嬉しくもなんともないメーター料金を稼いだ橋を渡り切り、
戻るためにUターンをしてまたその橋を渡り始めた。

そんな中、再びよく喋る方の男が声をかけてきた。

『運転手さん、あそこ東京駅の豊洲口いう場所やろ?』


続く


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