コンプレックスは牙へと変わるなーと思った話。後編
「東京駅の豊洲口?・・・あ!八重洲口のことですか!?」
『八重洲かい!』
鋭い速さで言葉が返ってくる。
まさに関西人のツッコミだ。
お客様は“東京駅の八重洲口”を“豊洲口”と勘違いしていた。
似てなくもなくもない。
本当に感覚として、“似てなくもない”ではなくて
“似てなくもなくもない”と感じる。
そして、私の頭の中では
「“とよす”て!とうきょう駅のヤエスをどんだけ短くすんねん!
“東京のト”に“とうきョうのちっちゃいヨ”、
そして“八重洲のス”見事に略すやん」
そんなことを思いながら、東京駅八重洲口へひた走る。
関西出身じゃないのに、なぜか頭のなかは関西弁を喋りたかった。
金額は伸びる、嬉しいんだか嬉しくないんだか分からない。
お客様は良くは思っていないだろうけど、運転手が間違えた訳でもないから責められない。
車内の空気は、
嬉しくもない金額の伸びと、何か別のことを考えるためにとひたすら頭の中に木霊する“東京駅八重洲口”と“豊洲”の間違いへのツッコミ。
何かを発したくても発せないお客様の歯痒い気持ちとため息。
そこに酔っぱらったお客様のお酒の匂いが混ざり、筆舌に尽くしがたい空気となって漂う。
『運転手さん、とりあえず東京駅の方でええわ』
「かしこまりました」
投げやりに行き先を言い捨て、その後の東京駅までの道のりは無言が続く。
普段、気にもしない金額メーターの伸びばかりを気にするからか、上がる感覚がとてつもなく速い。
折り返しから無言が終始した時間も過ぎ、東京駅八重洲口に近づいてきた。
すると、再び声を掛けてきた。
『なんや、今度は東京駅まで来たんかい』
「・・・はい?」
『ええ加減にせえよ!高島屋言うてるやろ』
「あ、高島屋の方に向かったほうが良かったですか?」
『いや、そうやろ、日本橋高島屋から近いんやで』
「すみません、先ほど東京駅のほうでと仰ったので」
『知らんがな、そんなの』
こちらもよく分からない。
東京駅へ近づくと、急にキレ出した。
最初こそ豊洲という明らかに逆方向へ向かっていたが、
そこから目的地付近として指定された東京駅へ向かっているところで
高島屋と言われた。
確かに一番最初に高島屋とも言われてはいたが。。。
火に油を注ぐと思い心の中に留めたが東横インの八重洲口へ行くには日本橋高島屋からも行けなくはないが東京駅の方が断然近い。
それでも、後ろでは擬音だけが聞こえる程度にブツブツ文句を言っている。
『ガーしゃおって、ナメおって、もうここでええわ!』
「(ガーしゃおって?)かしこまりました」
『田舎もんやからってナメ腐って、ええ加減にせえよ』
「料金は2,890円です」
こちらも、特定できずに申し訳なく思っていたこともあって
最終的に少し下げようとは思っていたが文句を言いながら全額払い出ていった。
降りた後、思わず頭の中には邪な考えが浮かぶ。
「(あいつは、バカなのか)」
急にキレられ、怒鳴られたことに対して良くは思えない。
行き先を間違えたことに、“どんだけ略すねん!”なんて陽気に考えていた時間も無駄だったか。
そんなマイナスな思考へと入っていく寸前に、
言葉がフラッシュバックした。
『“田舎もんやからってナメ腐って”』
確かあの男は、大阪から来ていた。
心の中には東京は“凄い街”という固定観念がある。
少し遡ると、
『銀座はすごいね~』『東京はやっぱ違うわ』
『運転手さん、大都会やね~』
そんな会話を後ろでしていた。
大阪やその他の地方のように名前を聞くだけで温かさ感じることはない
“東京”という街の冷たさとスマートな雰囲気に
“田舎もんは舐められている”という感覚があったのかもしれない。
それに加え、自分で間違ったとはいえ、なかなか目的地へ着かない苛立ちもきっとあった。
確かに、東京は凄い。日本の中心であり、
何百万何千万の人が行き交う大都市。
しかし、“東京=冷たい”や、“東京の人=人を見下す”なんてことはない。
例外の人間もいるとは思うが、これは東京以外の人間が勝手にイメージを持ち“東京=冷たい”で物事を見ているからに過ぎない。
地方の人間であれば多少はそれに似た感覚があるかと思う。
タクシーの話は別としても、それぞれ親から付けられた固定観念や自分で作った固定観念が気づかないところで邪魔をしている。
相手も同じようにイメージを持っているからお互いに苦しむのかもしれない。
アパートで隣人と顔を合わせたとき、まともに挨拶を交わさず、仏頂面でなんだか良い気がしないのは
冷たいからではなくお互いに警戒心が働き過ぎているだけなのかもしれない。
それが敵意むき出しの牙のようにも感じてしまう。
邪な考えは、いつの間にか自分の出来事のように繋がっていった。
「よく考えたら苛立つ気持ちもなくなるな~」
そんな言葉とともに我に返った自分の目の前に見えたのは、
東京駅八重洲口の赫々たるグランルーフに堂々としたJR東京駅の文字。
思わず口から出たのは
「てか、東京駅八重洲口をどんだけ略すねん!」
男がキレたという事実を一旦外して、
東京駅八重洲口と豊洲を間違えたのではなく
わざと、“めちゃくちゃ短く略した”と都合よく付け加えたら
なんとなくおもしろい出来事に感じる。
自分の中にある観念を固定せず、都合よく付け加えるだけで日々のストレスは減るのかもしれない。
明日はどんな人に出会えるか、楽しみだ。
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