「さっ!頑張ろう!」と思わせてくれたおじさんの話

寒風吹きすさぶ年末の深夜。
神宮前の路上で一人のお客様をお乗せした。
辺りはは暗く、手を上げる様子は見えにくかったが
電柱につけられた街灯の下で立っている。

手を上げた様子に気づき、
こちらがハザードランプを点けると
その方はすぐさま会釈をした。

ただでさえクソだと罵られるタクシー。

自分から乗ってきておきながら
あからさまに嫌っている様子を見せるお客様もいるが
会釈までしてくれる心優しい方は
中々いない。

近づいていくと、姿が見えてきた。

右肩から左太ももの前にかけられたショルダーバックと
足を八の字に開いてポツンとした立ち姿、
口角の上がった表情に
穏やかさを感じるおじさんだ。

私「こんばんわー」

おじさん(以下お)
「あ、どうも、こんばんわ~ありがとうございます~」

私「いえいえ~」

止まっただけなのにありがとうと言われた。

お「大崎の方までお願いします~」

私「かしこまりました~」

お「いや~寒いですね~」

私「え~、ホント今日は寒いです」

お「運転手さんは寒い中大変じゃないですか?」

私「いえ、ほとんど車内で暖房にあたってるので
そんなに寒い思いはしませんね~」

お「たしかに、そうでしたね~」

私「ずっと暖房のなかで気持ち悪いくらいですよ」

お「あはは、そうですか(笑)
私もずっと屋内にいて仕事しているもんですから
寒さはほとんど影響しないんですけど
外に出ると凄く寒いですね~」

特別な会話ではない。

しかし、穏やかなその空気に
会話をしているだけで
こっちも気持ちが良くなってくる気がする。

お「今年も終わりますね~」

私「そうですね~、」

お「私は毎年、東京証券取引所の大納会が終えると
今年も仕事が終わるな~と実感するんですよ」

私「確か今日でしたね」

お「えぇ、でもまだ少し仕事は残ってましてね」

私「あ、そうなんですか~じゃあ仕事納めは明日で?」

お「そうです、運転手さんは?」

私「今日が仕事納めですね、それで一日に仕事があります」

お「えっ!一日からですか?」

私「はい」

お「サービス業は本当大変ですね~」

相変わらず、特別面白い会話をするわけではない。

しかし、穏やかさに包まれる。

お「今年も終わりますけど、
これから日本はどうなっていきますかね~」

私「良い世の中であるといいですけどね」

お「まあ、私らの世代だとそこまで長いこともないですけど
運転手さんはお若いでしょ?」

私「タクシー運転手にしてはそうだと思います」

お「なら、これからだ」

私「はい。どうなりますかね~」

お「運転手さんたちの世代で造っていかないとね」

私「はい、そうですね」

お「この仕事をしていると大変なこともあると思うけど
サービス業はとても素晴らしい仕事だから」

私「はい」

この日が仕事納めの私は、
タクシーをしていれば幾度とある何ともない会話も
特別な気分になる。

タクシー運転手の仕事をしていると、
嫌な思いもするが良い思いもする。

こっちがお客様を疑いたくなくても、
疑わなければならない事件が起きるし

逆に、
私がこれっぽっちも悪意を持っていないのに
タクシー運転手というだけで、
遠回りするんじゃないか?
バカにしてるんじゃないか?
と、勝手な疑念を抱かれることもある。

その疑念が、意図せず起きた間違いを
悪意のあるものとみなされることもある。

タクシーでの出会いが増えれば増えるほど
人間は複雑なものだと感じるようになっていた。

だが、
神様のように穏やかで心優しい人もいる。

神様は言い過ぎか。。

そんなお客様との時間も終わりが近づいた、

お「運転手さん、楽しい会話できてよかったよ。
おかげで良い時間を過ごせました、
ありがとう」

私「いえ、とんでもございません、
こちらこそありがとうございます!」

私は何もしていない。
こちらがもっと提供するべきサービスを
最後の会話で受けてしまった気がする。

お「寒い中大変だろうけど、
最後まで頑張ってください」

私「はい!ありがとうございます!」

こちらが気持ち良くしてもらい、
代金まで頂いた。

どっちが客なんだって話だ。

お「それじゃあ、ありがとうございました」

私「はい、ありがとうございましたー!」

心地よさと、自分が何も出来なかった後悔が入り混じる。

私「さっ!頑張ろう!」

そう思わせてくれるおじさんが帰っていくのは
大崎のタワーマンションだった。


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