酔った上司が同じ話を3回話すのは苦痛だけど、お客様だったらちょっと楽しかった話。


酔っぱらって何度も同じ話をされるのは苦痛だ。
それが退屈な話だった場合、仲の良い上司であろうと叩いてしまいたい。
それが正直好きでない上司だった場合、、、
これ以上は言わない。

だけど、
こんなにもその時間を楽しめるのはタクシー運転手の仕事だからだろう。
お客様がご機嫌でいてくれることが、
運転手にとってなにより気楽で安心できる状態だからだ。

そのお客様は六本木で乗って来た。
50を過ぎて、見た目は優しく話しかけやすい印象のあるおじさん。
そこに酔いが入り、さらに陽気に見える。
乗ってきて目的地を告げるとすぐに話しかけてきた。

「運転手さん、若いですよね~」

「そうですね~、タクシー運転手では若い方です」

「でも、よく道知ってるますね」

「あっち側の地域は得意なんです」

お客様の目的地は登戸という世田谷や多摩方面、東京の西側の地域。
電車でいうと小田急線の駅。
幸い、営業所も東京の西側で、こちら側の地域には詳しいため、
ある程度細かいところまで道を知っているが、
それが逆方面の東側、江戸川区になると、そこまで詳しくは分からない。

「やっぱり、この仕事やってると何度も通るんですか?」

「はい、何度も通りますね」

「いやー心強いですねー、たまに分からない運転手さんもいますから」

「あー、そうなんですね、でも僕はどちらかというと得意な地域なので」

「それでも、心強いですよ、それにお若いのにしっかりしてるし」

「ありがとうございます」

「うちの会社でもね、若いのがいるんですけどね、・・まぁーなんだか」

「へ~」

後輩に不満があるのがわかった、けど、それを愚痴るのも好きでないのだろう、言葉が詰まる。
どれだけ文句を言っても誰にも聞かれない、そんなタクシーの空間ですら愚痴を言わない、そんなところに優しさが垣間見える。

「あんまり若いのにあーだこーだ言いたくはないんですけどね、
私らも、たまに車を使って移動するんですよ」

「はい」

「そういう時っていうのは、事前に目的地も知ってるわけですし、ルートを確認することもできるんです」

「はい、たしかにそうですね~」

「でもね、うちの若い子が全然目的地のルートが分からないまま、『ナビがあるから大丈夫です』ってナビだけに頼って、」

「はい」

「ナビも便利ですけど、初めて行く地域ですから間違う可能性だってあるわけじゃないですか」

「それはありますね」

「運転手さんだったら分かるでしょ?」

「はい」

「それで一度、当日のナビだけを頼りにして約束の時間に送れちゃったんですよ」

「はい」

「まあその時はしょうがないと、許したし、なにより相手も怒らなかったんでよかったですよ」

「はい」

「そのあと、次はそうならないように事前に道を確認しておいてねって言っておいたんですよ、その子が運転を担当してるから」

「はい」

「で、また次の時ですよ、『ナビも使うけど道を事前に確認しておいて』って伝えたんですけど、『ナビあるから』ってまた確認しないで来て

「はい」

「また迷っちゃったんですよ」

「あらー、やっちゃったんですね」

「時間には間に合いましたけど、『ほら、危なかったろ』と」

「たしかに危ないですね~」

「どうしてそうなるんだと、それがこの間もあったんですよ、
一度確認するだけでも理解度は違うのに。。まあそんな頼りない若いのがいましてね」

「そうなんですね~」

ずっと不満を漏らしていたが、そこには憎しみを感じさせるものはなく、
後輩への信頼はあった上で、頼りないところを愛しているように見えた。

「だから、運転手さん、お若いのに頼れる!心強いです」

「ありがとうございます、すみませんがお客様、」

「はい」

「高速のご利用はどうなさいますか?」

「いやー、下道で良いですよ」

「それでしたら、高速代は僕が負担しますので、高速で行きませんか?」

「え!?いやいやそんなこと、」

私は、方角的に高速が同じように走っていると、
自腹で高速乗ってでも早いコースを提案することがある。

「正直申しますと、お客様の目的地の登戸の方面ですと、高速使ってもそんなに時間は変わらないので、高速代の分高くなりますが、
高速代はこちらで持ちます」

「えー、ホントですか?悪いな~」

なぜここまでして高速に乗るか、、それは、高速だと楽だから。

「じゃあ、高速使ってください」

「かしこまりました、ありがとうございます」

そう言って高速に乗った。

「初めて自腹で高速乗る運転手さんに出会いましたよ」

「あー、そうですか、僕の周りの運転手はそういう人いるんですが、
登戸ですとそんなに時間短縮ではないので
あまり提案しないかもしれないですね~」

「いつも自腹で高速乗ったりするんですか?」

「はい、高速が混んでなければそっちの方が楽だから、
っていうのもあるんですけどね~」

「へ~、頼りがいありますね~、お若いのに」

「いやいや、」

「心強いですよ、、うちにも若いのがいるんですけどね~」

「はい」

「車で移動するときとか、運転してもらうんですけど、ナビだけに頼って、それで何度も間違えるんですよ、それでこの間も遅刻しそうになって」

「へ~」

おじさんは一度喋ったことを気づいているのかいないのか、同じ話をとてもコンパクトにまとめて話した。

「タクシーの運転手さんにもいるじゃないですか、ナビだけ頼りにして」

「まあそうですね~」

「それに比べて運転手さんは心強い」

「ありがとうございます」

「うちの若いのもね、車で移動するときにナビだけ頼りにするんです」

あれ?同じ話・・・だよな?
感覚がとても短いが、喋り始めがさきほどと違う。

「それで一度遅刻して、」

「え~」

「その取引先は何事もなかったですけど、危ないですからね」

「確かにそうですよね~」

「運転手さんは分かってくれると思うんですけど、ナビに頼っても、初めて行く地域だと間違えることありますよねぇ?」

「ありますね~」

「若いのは『ナビがあるから』っていいますけど、
事前に確認した方が安全じゃないですか~」

だんだん分かって来た、同じ話ではあるが、
一から全部同じ話をするタイプではなく
切り口が違い、すべて断片的に同じ話を繰り返すタイプだった。

「それをこの間も言ったんですけど、全然聞かずに、また間違えて」

「はぁ~」

戻ったり進んだり、
おじさんの話が今どこにいるのか分からない

「そんな頼りない若いのがいるんですよ~」

「へ~」

「この間もそんなことがあったんでね~、遅刻しないかハラハラでこっちは大変ですよ」

もうどの間か分からない。

「それに比べて運転手さんは心強い」

「ありがとうございます」

「今おいくつなんですか?」

「いま25です」

「やっぱり若い、じゃあうちの若いのより若いよ、
確か今年30だったかな、うちの若いの」

なんだか、若くなってくる気がする。

「それじゃあ大変ですよね~」

「まあそうですね~」

だんだんと会話が成り立たなくなっていくところで、
おじさんは静かになった。

そして、高速を降り、お客様の目的地である登戸に近づくところで詳細な道を聞くために起こす。

「お客様~、まもなく登戸付近です~」

「・・・は、はい~、」

「この先はどうなさいますか?」

「あそこの信号曲がってもらって」

「かしこまりました」

酔っぱらったお客様が寝起きで出す指示は、まったく違う方向や
とっくに過ぎているのに真っ直ぐと言われることもある。

用心しながら進む。

「いや~、安心して寝れましたよ~」

「それは良かったです」

寝ぼけてはおらず、こちらも安心して良さそうだ。

「いや~それにしても、ほんと心強いですよ、運転手さん」

「ありがとうございます」

「うちの若いのがね」

さっきのループに入って来た。

「うちの若いのが、前も言ったと思うんですけど
ナビに頼って何度も道を間違えてるのに全然直さない」

「はい」

「それで遅刻して、危なかったんですよ」

「へ~」

「これも前言いましたっけ?」

「なにがですか?」

「この間も遅刻しかけて、」

「あ~はい、聞きました」

どうやら“前”というのは、僕へ一度言ったということらしい

「何度もすみませんね、でも、本当に心強いよ、運転手さんは、、
うちの若いのよりもお若いのに、、」

何度も言ったことは覚えていたらしい。

それにしても、“前”って、何度か会ったことあるような言い方。
それに、若いのより若い。

時間の間隔の表現と比較の尺度の表現が独特過ぎる。

そして到着した。

「お客様、高速代はお引きして、」

「あっ、いや、いいですよ」

「いえ、こちらが提案しましたので、」

「いえいえ、運転手さんしっかりしていて気持ちが良いので
全額払っちゃいます」

「え~ホントですか!ありがとうございます」

「頑張ってくださいね!」

「はい、ありがとうございます!」

「たぶん私、前も運転手さんのタクシー乗りましたよね?

「えっ!そうですかね?覚えてません」

「いろいろうちの若いのの話させてもらった気がするな~」

「あ~そうですか!」

「まぁいいや、ありがとう、お世話様!」

「はい、ありがとうございました~」

このおじさん、どこかで乗せた覚えはない。。。
こっちが覚えてないだけか・・・?

でも、あのおじさんの時間間隔が狂っているからな。

楽しい時間だったな。。。

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