精神崩壊から警察官となり、講演家になるまでの物語②

1 / 2 ページ

前話: 精神崩壊から警察官となり、講演家になるまでの物語①

 警察学校の入学は4月1日なのだが、前日入校(3月31日夕方以降)が基本だ。


 着慣れないスーツを着て、実家にいても落ちつかないので、入校が許可される時間ちょうどに警察学校の門をくぐった。

 教官室に入ると面会室へ通され、待つこと1、2分。

 ノックの音と同時に、眼光鋭く180センチを超える男の警察官が入ってきた。

 『担当教官の鬼頭です。よろしく』

 笑顔が全くなく、19年間に出会ってきた中でこんなに覇気と恐怖を感じる大人はいなかった。

  『よ、よろしくお願いします』

 圧迫感に押されて何とか返せた返事だった。

 その後、指導巡査と言われる私よりも半年早く採用された先輩警察官の案内で寮に通された。

 寮は5人部屋で、入ってすぐにテーブルと横並びになっている勉強机が5つ、そして3畳くらいの個室が5つある。

 しばらく待っていると、一人、また一人と同期が入校してきて、点呼の夜9時には全員が揃った。

 大量退職、大量採用を開始する直前の採用だったこともあり、大卒と高卒の同期を合わせても40人に満たなかった。

 特別在校期間と言われる最初の1ヶ月は外出はもちろん、24時間携帯電話を見ることができないため、入校と同時に携帯電話は没収されて厳重に金庫に保管された。

 翌日は、朝から体育館で制服などの貸与品の採寸や入校式の練習があるとのことだったので、その日は早々に眠りにつこうとしたのだが、緊張と妙な圧迫感で眠れなかった。

 ウトウトと浅い眠りについていると、突然軍歌のようなものが流れだした。

 午前6時、起床の合図だった。

 戸惑っている暇もなく朝食を済ませて体育館に集められた。

 体育館の床一面に、均一の間隔で整然と並べられた一人ひとりの制服や警棒や手帳などを目の当たりにして

 『夢だった警察官になれたのか俺は』

と思い、嬉しくなった。

 そして、教官4、5人と本部の貸与品等を管理する課の職員も集まると、鬼頭教官が体育館に響き渡る大きさで

  『気をつけ!!!敬礼!!!!!』

という号令をかけた。

 一気に殺伐とした空気に変わり、右も左も分からない私たちは直立不動状態。

 すると、昨日以上に眼光が鋭くなっている鬼頭教官が

 『声が小せえぞ小僧ぉぉ!!!やる気あんのかぁぁぁ!!!!?』

という怒鳴り声が響き、その直後

 『腕立てよーーーい!!!!』

という号令がかかった。

 直立している私たちに、周りの教官たちから

 『腕立て臥せの構えをしろ!!!』

と怒号が飛び、皆スーツ姿のまま腕立て臥せの態勢をとり、号令と共に50回やることになった。

 敬礼は10度(会釈)、30度(通常)、45度(最敬礼)と決まっていることを教わり、一人でも声が小さい、何か問題を起こせば全員の連帯責任としてこうした罰(以下反省)を与えられることになることを、この時初めて知った。

 『とんでもない10ヶ月が始まる』

そう思った。

 午後からは制服に着替えて、1週間後に催される入校式の練習となった。

 初めての制服に身をまとい、指定された椅子に座らされ、最初は敬礼や着席の練習をひたすら繰り返した。

 1人が0.1秒でもズレれば何度でもやり直され、やり直しても揃わなければすぐに「腕立てよーい」の怒号が飛んだ。

 一通り揃うようになったら、今度は君が代と校歌の練習に入った。

 1人ひとりが最大限に声を出しているかどうかを鬼頭教官をはじめ、周りを取り囲んでいる教官たちが目を光らせている。

 今までの人生で、君が代や校歌を全力で歌ったことがなかったので、どうしても恥ずかしくて遠慮していた私に気付いた鬼頭教官が

 『内藤てめぇぇぇ。ちゃんと声出せよこらぁぁぁ!!やる気ねぇなら今すぐ辞めろ!!』

と耳元で怒鳴られると同時に、私の列のパイプ椅子が教官の蹴りで飛んで行った。

 背中に拳銃を突きつけられている、そんな思いで怒鳴り声に近いくらいの声を出して歌った。

 4月1日のたった1日で、精神的にも肉体的にも疲労困憊した。

 警察学校では基本的に廊下を始め移動はダッシュ。

 次の授業までの休憩の時間を考えると走らないと間に合わず、間に合わなければ

  ’’地獄の反省’’

と呼ばれている腕立て臥せや鏡跳躍(うさぎ跳び)が待っているのだ。

 そしてすれ違う人、一人一人の前で立ち止まり敬礼と「お疲れ様です!!」という挨拶は必ずやらなければならない。

 二日目は猛烈な全身の筋肉痛に襲われた。

 腕立て臥せだけでなく、機敏に立ち座り、敬礼を何百回と繰り返していたので全身に負担がかかった。

 それでも日に日に指導は激しくなっていった。

 そんな地獄の1週間を過ごしてようやく入校式が行われた。

 母とお婆ちゃんが来てくれて、僅かなひと時だったけどホッとした。

 「たった1週間で人間ここまで変わるんだなぁ」と初めて体感した。

 初日に耳元で声の小ささを指摘されたことが良かったのか、私の挨拶の声の大きさは同期の中でも一番で、教官室で挨拶をするときには窓ガラスが揺れて音が出るくらいだった。

 入校式が終わった夜、半年先に採用された指導巡査の先輩から

 『特別在校期間は特に俺たちも地獄だったよ。でも俺たち警察官は100点じゃなきゃいけない。仕事への臨み方も人間力も。だからこれからもっと大変だと思うけど頑張れよ』

と励まされた。

著者の内藤 佑さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。