川上とも子 理想を駆けた声優

新型コロナのパンデミックで旧時代が破局しつつある。
これが今の世である。
激動の時代の中、今日、川上とも子先生の誕生日を迎えた。
もし先生が生きていたとすると、ちょうど50歳の誕生日である。
しかし先生はもうこの世にいない。
東日本大震災が起きて日が浅い2011年6月9日、川子先生は41歳の若さで、この世を旅立った。
昭和の末に、自らが主宰するアーティストレーベルを創業。
その後、声優アーティストになった川上先生は、ポップカルチャーの印象が強い。
昔、世界中で流行った漫画アニメの「ヒカルの碁」の主人公役を演じた大御所声優である。
しかし
その全体の実像までは、あまり知られていない。
埋もれたままである。

時と共に忘れ去られてしまった。
この物語は、川上とも子先生の知られざる実像を伝える、熱き実話である。
混迷の時代だからこそ、届ける意義がある。


<もう一つの姿>
川子先生の姿はポップカルチャーの世界だけではない。 他に別の姿があった。
歴史言語学者、東洋史研究者、哲学者である。

歴史言語学とは、その言葉通り、言葉の歴史を研究する学問である。
哲学では共時現象を中心に精神世界を探求していた。
しかし霊感商法の類には全く傾かなかった。
どうやって「生きやすさに溢れた世の中」を切り拓くか。
これが探求の方向性だった。
歴史言語学と東洋史の研究では、数多くの優れた学説を残した。
東アジアの単音節声調言語の起源、大和言葉の中の渡来語の存在、万葉仮名に潜む古韓語*、古代中国語の複音節単純語の再建*、邪馬台国朝鮮半島説多岐に亘る。

その洞察力は大胆で、未踏の研究を切り拓いていった。


○ 用語解説

古韓語:古代の朝鮮地域の言語の総称。
今で言う朝鮮語だけに限らず、高句麗等にいた高麗民族と関わりが深いツングース系種族の言語を含む。

再建:昔のある言葉の発音を復元すること。

○○○○


<意外な趣味>

川子先生は読書、音楽、兎、車を好んだ。
その趣は明らかに、いわゆる「アキバ系オタク」とは、かけ離れていた。
好きな音楽は激しい曲調の革命歌、民衆歌の類である。
主にイタリアのアーティストグループ「バンダバソッティ」とトルコの「グループヨルム」のファンだった。
魂が燃えるような情熱的な曲調、理想への昇華を表す曲調を好んでいた。

先生が傾倒していた楽曲にはケ・サラ、バンディエラ・ロッサ、不屈の民、スターリングラード、
ベラチャオ、ポテラポポロなどがある。


<回想・師との出会い>

この伝記の筆者は2006年夏休みに川子先生と初めて出会った。
時は昔懐かしい古(いにしえ)の時代、理想の世であった。
筆者は中学三年の14歳だった。

東京から福岡に来た川子先生、野澤恵先輩、筆者の三人で海の中道にあるサンシャインプールに遊びに行った。
筆者は朝方、自宅そばに立っていた。
待つこと数分、川子先生は車で迎えにやってきた。
これが川子先生との初めての出会いである。

サンシャインプールに車で向かう道中、青空を眺めながら、三人で楽しく語り合った。
あのとき未来は希望に満ちていた。


サンシャインプールに着くと、三人でプールを何周か回った。
お互いはぐれないよう、一緒に泳いだ。
お昼休みの食事は、川子先生がおごってくれた。
このとき共に未来を語り合った。 そして先生は、ある大事な話を切り出した。

○ 師曰く 
私の下で学問を習わないか。
歴史言語学、東洋歴史学、精神世界の知識を授けたい。
毎年、夏休み、冬休み、春休みの頃に教えに行く。
東京から福岡まで教えに行く。

その間、私は野沢さんの家に泊まり込む。受けてみないか。

○○○○

答えは決まっていた。

私は川子先生の下で、学問を習うと決めた。
しかし意外だった。

川子先生はアニメとゲームを中心に声を吹き込む役者だったからである。
とにかく「アニメ声優」の印象が強かった。
その先生が学問を授けると語ったのである。
やがてそのまさかの天才ぶりを知ることになる。


<たった三人の入学式>


川子先生と初めて出会った数日後、冬季は「入学式」に赴いた。
ここで言う入学式とは、川子先生の学問に弟子入りする行事である。
時は2006年8月夏休み。
野沢先輩の家の和室で開催した。
やや細長い和室である。

入学生は冬季一人。
左には野沢先輩が座っていた。
前には川子先生が立つ。
春ではなく、夏休みの入学式が始まった。
川子先生が式辞を語り始めた。

○ 師曰く
人生に感動を、未来に希望を
入学おめでとう。
教育とは、ただ単に習うだけでなく、体験することが大切です。
共に学ぶこと。共に感動すること。共に助け合うこと。
未知の事柄を見つけること。
そして皆で体験を共有することが大切です。

ただ単に、高い成績を目指すことが教育ではありません。
学ぶ体験を積重ねること。
体験を共有すること。
学んだことを明るい未来につなげること。
これが教育です。

次に入学式の歌唱が始まった。
歌は「JUST FRIENDS いつまでも」。

かつて野沢先輩が歌った童謡だった。
1999年春にNHK教育の童謡番組「みんなのうた」で放送した、懐かしい歌であった。

消えない思い出つくったら
ふり返らずにまっすぐ
笑って歩いて行こう

一人じゃくじけるこの道を
走る勇気があったのは
みんながいたからだよ

JUST FRIENDS いつだって
そばに いてくれる
つらい ときだって
みんな 友達さ
これからもよろしくね

みんなで歩いて来た道を
いつまでも消さないで
夢みて歩いて行こう

JUST FRIENDS いつまでも
続く この道を
歩く どこまでも
君と いつまでも

JUST FRIENDS いつだって
そばに いてくれる
つらい ときだって
みんな 友達さ

これからもよろしくね
これからもよろしくね

JUST FRIENDS

○○○○

三人で歌ってみると、なんだか豊かな気持ちになった。


<初めての授業>


「童謡斉唱」の後、川子先生の最初の授業が始まった。
歴史言語学で扱う専門用語の説明が始まった。
一通りの説明である。

文法、統辞法、形態法、音韻規則、形態素、単純語と合成語、語基と接辞、音素と単音、音節、
異音、母音と子音、半母音、品詞、用言と体言、活用と語尾、主要部と補部、開音節と閉音節、
高さ音調と強さ音調、時制、分節音、異形態。。

用語一つ一つの説明は手短だった。

冬季は自分の言葉で詳しく説明できるほどではないが、用語の意味は何となく分かった。
この最初の授業は、およそ2時間で終わった。


<入学式当日の給食>


授業が終わった後、給食の時間が始まった。
冬季は給食があるとは聞いてなかった。
さすがに驚いた。

入学式の日に給食をふるまう学校は、聞いたことがない。
面白いほど斬新な発想である。

冬季は授業中、長い机に座っていた。
そこに川子先生が加熱したおにぎり13個を持ってきた。
うち8個が冬季の給食だった。

○ 師曰く
入学の日に新入生が給食を食べられる。
学校以上に学校らしいでしょう。
すべて私が作ったおにぎりよ。
今日の昼食はおにぎり8個ねー。

そう言いって、先生はおぼん二つを机に置いて、席に着いた。

時は13時過ぎ。
先生と冬季は給食を食べ始めた。

「いただきまーす」

冬季は川上とも子先生手製の料理を、初めて食べた。
そのおにぎりの味は、駅弁のようだった。
かなりの腕前である。

給食中、先生は大事な話を始めた。
卒業式の話まで出て、かなり唐突である。

○ 師曰く
そう言えば、この学びの場には名前がなかった。
そこで「神州学校」と名付ける。
神様の神(シン)、地域を表す州(シュウ)と書いて、神州と呼ぶ。

私は冬季君が二十歳(はたち)になるまで、学問を教えるつもりでいる。
君は3月18日が誕生日だから、ちょうど卒業の季節。
誕生日当日とは行かなくても、二十歳を迎えた三月に神州学校の
卒業式を執り行う。

後五年半ある。
私はその日を楽しみにしている。
給食代含めて費用はすべて無償。
ここを学校の部活と補習代わりと思って通っていい。

用語説明の授業は次が最後。
次の次から歴史言語学の授業は本番に入る。

神州学校の日程は、授業・給食・昼休み・下校の流れで進める。

昼休みは雑談するもよし、相談するもよし、遊ぶもよし。
昼休みが要らない日は、そのまま下校していい。
私の神州学校では、もちろん学校行事もある。

夏休みはプールに行く。
冬休みはクリスマス会に、忘年会に、新年会。
春休みは、君の誕生日会と始業式をやる。
始業式では記念の食事会を開く。

教育は点数を稼ぐのではなく、感動と思い出を得ることに意義がある。
だからこそ学校行事がある。
二人で思い出を築いていこう。

○○○○

冬季は給食をすべて食べた。
おにぎりは、普通よりやや大きかった。
しかし小さいおにぎりより有難い。

川子先生はおにぎり七つを無償でふるまった。それも大きめだった。
入学式祝いの給食で出した。

この計らいに、冬季は驚きを禁じ得なかった。
あまりに大胆だっからである。

冬季「川上先生ありがとうございます」。
川子「川子先生でいいのよ」。

給食の後、冬季はそのまま下校した。


第2話に続く


伝記筆者 冬季ねあ


【更新履歴】
令和2年4月25日更新
令和2年4月28日更新
令和2年5月14日更新

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