Me too 運動について今更考える

女性が声をあげたMe too運動、その時わたしはそれらの記事を横目でみながら知らんぷり、関係ないとまで思ってた。でもこの頃自分が経験してきたこの27年間を振り返る時間が多くなり、思い出したことがあるので書いておきたいと思った。
小学校低学年のころ、地域のコミュニティーセンターで英語を習っていた。一緒に受けていたのは家の前に住んでいた女の子と私、もう二人ぐらいいたかな。先生の名前も覚えてない、たしかアメリカ人の男の先生。その英語クラスで覚えていることといえば、毎週クラスに到着するたび追いかけられて服をめくられておなかをくすぐったり、なめられたこと。気持ち悪いとかいう感覚もなくて、ただそれが嫌だったのか、毎回走って逃げてた。今思えば少しぞっとする。その先生は突然蒸発したから、その話もおしまい。
小学校高学年のころ、お父さんと繁華街にある夏祭りに太鼓を見に行った。太鼓のまわりは人だかりで私も一生懸命見ていた中、足にソワソワと嫌な感覚があった、お父さんが隣にいるかと思って横を見ると知らない40代ぐらいの細めの眼鏡のおじさんと目が合った。とっさに不安になりお父さんを探してお父さんの手を握った。そのあともその人がずっと私たちの後をついてきていたのを覚えてる。
中学生のころは部活に励んでいた。後をつけられるようなこともなかったし、痴漢にあうこともなかった。でも学校に転勤してきた40代ぐらいのM先生が、女の子の下着を見たり、足を見ていると女子学生の中では騒がれていた。優しいといえば優しいけど、近寄りがたい雰囲気は漂っていた。夏には新しく買った白いワンピースを誇らしげに着て歩いていた時、前からきた自転車のおじさんに「大根足、大根足!」と言われた。まあ大根だったかもしれないけどね。
高校生になると通学は地下鉄、自転車。満員電車の中、覚えてるだけでも2回は足を触られた。一回はくすぐったくて持ってたうちわではたいてから、まさか痴漢かと気づいたこともある。電車内で居眠りして目を覚ましたら、(かなりの至近距離で)股間部分が目の前にあったこともあった。見上げると汗だくの太ったおじさんが見つめていたこともある。毎朝駅に着くとそこにはスーツを着た数人の人がいつもいる。理由は駅から降りてきたミニスカギャルたちのパンツを階段下から盗撮するため。盗撮隊がわたしの後をついてきたこともあるし、盗撮したり覗き中のおじさんたちの後ろを歩いて朝から暇なんだなって思ったこともある。友達が夜道で痴漢にあって警察に行ったとき言われた言葉は「そんなミニスカはいてるから」だってさ。
成人を過ぎると気持ち悪いことに遭遇してもうまくすり抜けるようなってきた。一度タクシーを使って実家に帰った時、車内で運転手から彼氏がいるのか、キスしたことあるの?さらに不快でかなり不適切な発言をされ続けたことはある。今思えば名前やナンバープレートを控えておけばよかった。
26歳、一年付き合った彼氏に浮気をされ、同居を始めたばかりであったこともあり、わたしがかなり感情的になったことがある。すると彼に突き飛ばされ、首を絞められ、うっ血して本気で死ぬのではないかと思ったこともあった。友人に手伝ってもらって私は次の日に同居元をでた。彼の言い分は、「結婚してないから何をしたってかまわないだろう、殴ったのはお前が俺をそうさせたからだ。」だそう。その彼はメキシコ人だった、今は新しい日本人の彼女がいる。新しい彼女が無事であることを願うばかりだ。
27年間こんなの一部分でしかないけど声を上げるべきだったことってたくさんあったし、思い返せば気持ち悪いなって思うことだらけだった。女性で生まれてよかったって思ってるし、私はありがたいことにこれらの経験から何か変わったことも、精神的に病んだこともない。でもさ有名でなければきれいでもないし、都会に住んでいるわけでもなければ、派手な格好もしない私ですら経験していること。世界にはもっと残酷だったり、精神的につらい思いをした人もたくさんいると思う。なぜこれについて書いたかというと、日本人の女性ジャーナリストでレイプされた方の話を読んだり、カトリック教会の神父による性的虐待についての『スポットライト』を見直したから。自分の欲のために他人の嫌がることをする人ましてや犯罪行為をする人、女性や子供に手を出す人が多すぎだよ。
これを読んでいやな気持になったらすみません。書くのが苦手ですし、はじめてでしたが、ふと書いておきたいなと思ったので書きました。






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