バンドをやっていた時のこと、音楽遍歴、あれこれ・その3

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 このように、私は「動くビートルズ」を見て、自らもバンド演奏をすることを決意したものの、現実には乗り越えねばならぬ障壁が多数あった。
 バンド演奏をしようと思っても、明日すぐできるというものではない。いくつかの条件が必要である。その条件とは、バンド演奏に必要な楽器を持っていて弾けること。そして、同じ志を持つ仲間がいること、である。
 楽器演奏は自分で買って自分で弾けばよいのであるから、比較的容易である。しかし、同じ志を持つものを集めるのは非常に難しい。
 当時の私は、まず第一にギターを持っていなかった。ゆえに、当然にしてギターを弾くこともできない。ボーカルに専念するという手もあるが、私はそのような才覚は持ち合わせていなかったし、やはりまず第一に「ギターが弾ける」というのが、バンドを始める、あるいはバンドに加わるという大きなきっかけになる。
 余談だが、ボーカルが専任というバンドも多数あるが、この専任ボーカルも最初はギターを弾いていて。途中から何らかの理由でボーカル専任となった場合も多いのではないか、と思う。
 例えば、ザ・フーのロジャー・ダルトリーや、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーは、基本的にボーカル専任であるが、彼らはギターも弾けるので、元々はバンドでギターを弾いていた可能性もある。また、今も曲によってはギターを弾くことがある。
 そして、バンド内にそれ以上に上手いギタリストがいたり、そういうギタリストが新たに加わったりして、ボーカルに専念した方がいい、という判断が加わったのではないかと思う。後述するが、私が後に加わったバンドも、たまたまギターで加えたメンバーが歌が非常にうまく、また、見た目にも男前であった。一方、彼のギターの腕前は今ひとつだったので、どうせならボーカルに専念しろということになり、専任ボーカルになったという経緯がある。
 話をもとに戻すと、中学生ともなると、周囲に何人かはギターが弾ける者が現れるし、バンドを組む者も現れる。ここで、少し脱線するが、中学時代、印象に残っている事件を紹介する。
 私の中学では、毎年、年度末になると、予餞会といって、卒業生を送る会が開かれていた。その中、私が2年生の時、当時3年生でバンドを作っていた人たちが、予餞会のステージで皆の前で演奏させてほしいと教師らに申し出たようだ。しかし、その当時は、ロックバンドは音がうるさく、不良の音楽であり教育上よくないという認識が根強く残っており、そのことを理由に、彼らの申し出は却下されたのである。
 結局、その年の予餞会のステージでは、おとなしめのフォークソングを歌う人が皆の前で演奏を披露しただけで終わったのだが、事件はその数日後のことであった。
 その日、私は昼休みに同級生らと校庭でサッカーをやって遊んでいた。そのとき、どうも体育館前が騒がしくなってきている。様子を見に行くと、前述の3年生のバンドの人たちが、体育館前でいきなりバンド演奏を始めたのだ。今風に言えば、いわゆるゲリラ・ライブである。
 2曲ぐらい演奏したところで教師らが飛んできて、演奏は中止となったのだが、その姿は実にかっこ良かった。今でもよく覚えている。ビートルズが1969年1月に行ったいわゆるゲット・バック・セッションにおいて、自社ビルの屋上で周囲の迷惑を省みることなく、突然ライブ演奏を始めたのだが、前述の3年生らの演奏はこれを彷彿とさせるものであった。
 その翌年、すなわち、私が3年生のときの予餞会は、私の同級生による2つのバンドがステージで演奏を披露した。前年の教訓からか、さすがにこのときはすんなりと出場できたようだ。
 ここで、私の方に話を戻すと、このような周囲の流れを横目に見つつ、結局、私は中学の3年間はギターに全く縁がなく、ビートルズを始めとする、種々の音楽をただ聞くだけで終わり、中学時代は夢を果たせぬまま、終わったのである。

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