鉄格子の内側 第1話 -四人目の男-

逮捕

「はい。すぐでます」
急いで自分の荷物を整えて部屋をでる。はー、今日も取り調べか。
さかのぼること数ヶ月前の早朝
私はスーツ姿で燃えるゴミの袋を片手にぶらさげ、いつもどおり仕事の為、部屋をあとにした。エレベーターに乗り、ゆっくりと降下する室内で仕事の段どりや夕食のメニューをのん気に考えていた。
一階に到着し、扉がスーっと横に開いた。
私はパっと顔を上げた。すると、スーツを着た十人以上の男たちがエントランスの外側と内側に並んでいる。体型も髪型もばらばらだが一つだけ共通している部分があった。
眼光だ。サラリーマンには放てない鋭さを感じた。あまりの光景に唖然としたが深く考えはしなかった。刺すような視線を浴びつつ、横をとおりすぎようとした時、一人の男が私に向かって近づいてきた。
「アイカワさんだね。少し、お話しいいかな」
口調は柔らかいが警察手帳を片手に立つ姿からは一分の隙も感じられなかった。
私はその一言で全てを理解した。そして、
私の人生は音をたてて崩れていった
ドラマや映画で犯人が逃走するシーンがあるが私には無理だった。というより、ありきたりの表現だが頭の中が本当に真っ白になった。まるで頭のてっぺんをもの凄く固い物でガツンと殴られビリっと電気が走ったような衝撃を感じた。
その後は自分が何を喋ったのか、どうやって歩いたのか、全く覚えていない。気付いた時にはワンボックスカーの最後尾の真ん中に両側から挟まれる形で座っていた
私はある凶悪事件の犯人だった。
いつか、逮捕される日がくるかもしれない。心のどこかで覚悟していた。
そして、その時は…
死ぬしかない。本気でそう思っていた。
だが、私の身体は動かなかった。逮捕された瞬間、全ての意思は消えさり、電池が切れたロボットのように立ちつくすだけだった
ふと、手元に視線をおろすと両手首には黒い塗装が少しはげて、銀色のメッキが顔をのぞかせた手錠がかけられている。
あー、これが手錠か。動きだす車内で自分の手首を見つめながら他人事のような意識にとらわれていた。我をとり戻したとは言え虚脱感は継続中だった。

会社に連絡しなくてはと冷静になっている自分と、舌を噛み切って死のうという絶望感に打ちひしがれている自分がいた。
一方が前にでてきては後ろにまわり、そして再び前にでてくる。そんな感覚だった。
私は考えるのを止め、これは夢だ。早く覚めてくれ。淡い願いを胸に念じ眼をつむった。
すると暗闇の視界の中で隣から、低く、よくとおる声が聞こえた。
「今、お前は人生が終わったと思ってるだろ。ちがうぞ。今から、お前の新しい人生がはじまるんだ」
頭の中で木霊のようにその言葉がくり返された
そして、私の意識はプツリと途絶えた。

警察署

「起きろ、着いたぞ。おりろ」
瞼を持ち上げる前にゆっくりと右手と左手を外側に向かって開いた。ヒヤリとした冷たい感触を感じた、茫然とふらつく足で車外にでた。私はギョっとした。
二十人以上の警察官が車をとり囲むように立っていた
あまりの迫力に気圧されつつ周囲を見渡した。どうやら、ここは警察署の真裏側に位置するようだった(あとで知ったが逃走防止の為、署内の人間が配置されていたらしい)。
「おい、こっちだ」
はっとし、呼ばれた方向に歩きだそうとすると、手錠の真ん中にある接合部の輪っかに紺色の直径一センチほどの縄がとおされている。その先端を眼で追うと刑事が強く握りしめている。
飼い主にリードを引かれる犬のように誘導され、裏口から中に入り、奥に進んだ。すぐに三畳ほどの小さな一室に連れていかれた。机を挟み、パイプ椅子が置かれ、窓には鉄格子がついている。
取り調べ室だ。飽きるほどブラウン管越しに観ていたシーンの中心に自分がいるなんて信じられなかったし、信じたくなかった。
そこからは激流にのまれるように様々な手続きを行わされた。
まずは改めて、逮捕状の読み聞かせから簡単な事実内容の確認。次に所持品の整理。この時、私は自暴自棄な発言をしてしまった。
「全ての荷物、捨ててください。免許証もクレジットカードももう必要ないです」
なぜなら何度もいうが
生きる道を本当に諦めていたからだ
「なにいってんだよ。免許証もクレジットカードも必要だろ。カード類は一つにまとめておくぞ」
刑事に呆れた口調でいい返されたがどうでも良かった。その後、写真撮影・指紋登録・DNA採取を行った。
正面、ななめ、真横を撮り終わり、指紋登録用の機器の前に座らされた。
両手十本の指紋を丁寧に登録され、最後に歯ブラシのような器具を舌の上に擦りつけ提出した。
全ての作業が終わった瞬間、
犯罪者として改めてこの国に登録しなおされた気分になった

留置場

取り調べ室に戻ると刑事から言われた。
「とりあえず、今日は取り調べおしまい。これから留置場に入ってもらうから」
「りゅ…りゅうちじょう…?」
留置場と聞いて頭に浮かんだのはヤクザチンピラの姿だった。原付の無免許運転で学生時代に警察のお世話になったことはあるが留置場の経験なんてなかった。
漫画やテレビの世界の印象が強く、フツフツと恐怖が湧いてきたのを覚えている。
中に入場する前に取り調べ室で弁当を渡された。カツ丼ではなく冷えた弁当だった。
「罪は罪、人は人。腹減ってないかもしれないけど、しっかり食べな」
先程まで話していた刑事とはちがう、妙に貫禄のある人から温かい言葉をかけられた。
弁当の中身も食べたのかも覚えていないがずっと緊張状態だった張りつめていた糸が少しだけほぐれた。

それほど心に染みる一言だった
そして、留置場の担当さんに身柄を引き渡されると場内の別室に連れていかれた。
まず、所持品の仕分け作業だ。刑事に回収された物以外で使用可能な物不可能な物でわけられた。
使用可能な物は限られていてタオル・ハンカチ・衣類(伸縮素材は不可)・歯ブラシ・本・ノートなどである。

電子機器は当然、不可でフェイスクリームやリップクリームも外の物は一切使用できず場内で新品を購入するしかない(基本的な日用品・本・お菓子・パン・飲料は購入できた)。
身体検査は浴衣を一着、渡されパンツまで脱ぎ飛びはねる。髪の中、耳の中、耳の後ろ、口の中、脇の下を入念に確認された。
「官物の服、貸しましょうか?」
スーツを場内で着るのは問題なかったが担当さんが気をつかってくれ官物といわれる衣類を貸してくれた。官物は下着から上衣・下衣までそろっていて何着か借りられる(寄贈の衣類なのでブランドもデザインもバラバラだった)。
官物のサンダルと衣類を装着すると場内生活の心得を教訓される。
ひとしきり説明を受けたあと、生きたいという生存本能が残っていたらしく私の口は勝手に質問を投げていた。
「す…すいません。自分は一人部屋ですか?」
数十分前に刑事から、言われた言葉を思いだしていた。
「中には悪い奴もずる賢い奴もいるから余計なこと、いわない方がいいぞ。そこから、いじめられたり、金をせびってくる奴もいるみたいだし一人部屋だといいな」
質問に対して返ってきた球は想像以上の豪速球だった
「あなたを入れて四人部屋です」
「…」
私はそれ以上、考えることを止めた。先程から薄い扉越しに聞こえてくるギャハハという下卑た笑い声を聞こえないふりをするので精一杯だった。
そんな私の気持ちを知ってか、人の良さそうな担当さんが言った。
「場内ではプライバシーの保護上、名前では呼びません。なので今日からここでのあなたの名前は三十八番です」
「…三十八番…」
ボソっと呟いたがしっくりこなかった。しかし、規則である以上従うのみである。
この三十八番と言う呼称番号から始まる奇縁な繋がりにはまだ気付いていなかったが
私の新しい人生、そして運命はここから走りだしていたのかもしれない

私の部屋は一室

ついに部屋に移動する時がきた。一度、緩んだ緊張の糸は再びピンと張りつめられた。
交感神経が刺激されすぎて、よもや感覚は麻痺しかけていたけれども、この時ばかりは鋭敏に神経が研ぎすまされた。
扉を開けると場内は打って変わって静まりかえっている。担当さんの背中に隠れるように歩いた。左側から好奇の視線を感じる。興味津々で各部屋から私の一挙一動を観察しているようだ。
一番、奥の部屋の前で担当さんが止まった。
「ここが今日から三十八番さんの部屋の一室です」
部屋と呼ばれ眼前にあるのは縦四メートル、横二メートルのおよそ四畳半の長方形の部屋である。両側面は壁で覆われているが前後は網目状の鉄格子で可視できる造りだ。
極々、僅かなプライバシー尊重の為に一メートルほどの高さまで端から端まで目隠しなるものがはめこまれているけれども、たいした意味は成していない。
扉は同質の鉄格子タイプで巨大な南京錠によって施錠され、更に上下二ヶ所には振りおろしタイプの簡易錠(公衆トイレについているようなもの)も設置されている。
室内は畳が四枚はめこまれ奥には電話ボックスのような形状のトイレがある。これも同様に高さ一メートルまでは目隠しされているが、それより上はアクリル板になっており可視できる。

これが平成の牢屋だ
そして、ゆっくりと部屋の扉は開かれた。
ガチャン、ガキン、ガキン
サンダルを脱ぎ、綺麗にそろえ、恐る恐る中に入る。
「し…失礼します…」
まず眼に飛びこんだのは土方風体の男があぐらをかきながら本を読んでいる姿だった。
私の声に反応し、ジロリと顔を上げる。怖すぎる…。
更に右手に視線を移すと、ホスト風の長髪の若い男が仰向けに寝そべり、トイレの壁を蹴っている。ドン、ドン、ドンと左右の足でリズムを刻むように。
「ハハハハハ」
甲高い笑い声を発し、満面の笑みを浮かべている。そして、トイレの中から声が聞こえてきた。
「おい!やめろよ!クソがでねーだろ!」
まるで遊園地のアトラクションに乗車して愉しんでいるようだった。
「では、よろしくお願いします」
扉が閉まる音と担当さんが足早に去っていく音が無情にも感じた。

私はとんでもない所に来てしまったようだ

著者の懲役25年受刑者さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。