鉄格子の内側 第2話 -カオス生活のはじまり-

罪名は○です。

三人目の男はトイレからでてきて、すぐさま私を見るなり気軽に声をかけてくれた。
「おっ、よろしくねー」
この一言で場の空気が緩み、冷たい風から暖かい風に変化したのを実感した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「俺は鷹。名前、なんていうの?」
「セイです。アイカワセイです」
突然、名前を聞かれ本名を言ってしまった。もしも、聞かれたら偽名を答えようとしていたのに本名を口にしたのは恐らく、このトイレの男、いや鷹さんがあまりにも爽やかな空気を纏っていたからだと思う。
「俺はサトシです。何歳ですか?俺は二十一で歳下だと思うのでタメ口で大丈夫ですよ」
ホスト風のちゃらちゃらした男は意外にも礼儀正しく驚いた。確かに私より歳下だが一日でも先にここにいるのであれば先輩と言う概念で最後の日まで敬語は崩さなかった。
そして、土方風の男の名前は…忘れた。なぜなら、彼は翌日、釈放になり社会に戻ったからだ。
こうして、私は四人目の男として仲間に加わった。
後で聞いた話だが最初は新人がくると聞いて、わざと一言も話さないで気まずくさせようとしていたらしい。
しかし、トイレからでてきた鷹さんが私の雰囲気を見て、可哀想と判断し話しかけてくれたのだ。
今聞けば笑い話だけれども、実際にやられていたらと考えると心底ゾっとする。
そして、自己紹介が一段落つくと
私への質問が集中した
「なに、やっちゃったんですか?」
サトシくんが身をのりだして聞いてきた。
私は答えたくなかった。事件の話なんて誰にもしたくなかったし、まず目の前の三人がどんな人間なのかわからない。暇つぶしに聞かれて、ネタにされるのはごめんだった。
「今は本当に整理がつかない状態なのですいません…もう少したったら話しますので…」
そう逃げるしかなかった。
夕方になり弁当が食器口の隙間からいれられた。しかし、私の食欲は全々、なかった。
興奮が収まってきた代わりに
色々なことが頭に浮かんできて強烈に死にたくなっていた
大切な人たちが頭の中に次々と登場し、考えれば考えるほど心臓がギューっと鷲掴みされるように苦しかった。
だが、どんなに苦しくても涙は溢れてこない。
人間、本当に辛く苦しい時は涙も流せないと知った瞬間だった
食後、再び詰問が開始された。
「いいづらいのはわかるんですけど罪名がわかれば相談にのれるかもしれないので、どーですかね」
「おう!そーだよ!サトシくんはこの留置場に一番長くいて、色々詳しいから相談した方がいいぞ」
ここぞとばかりに便乗してきた人は置いといて、サトシくんはしつこかった。鷹さんは黙っていて追求する姿勢は感じられなかった。
二十一歳という若さでは相手の気持ちを忖度するのは難しかったのかもしれない。

私は逡巡したが意を決して話すことにした。勿論、話したくなかったが私が話すまでこの追求は続く気がしたのと誰かに胸の内の想いを聞いてほしかったのかもしれない。
そして、死ぬんだから話しても関係ないとやさぐれた気持ちもあったのかもしれない。
「罪名は…○です…」
一瞬、静寂な空気が広がった。
「なるほど。長く務めますね。はっきりとした年数はわかりませんけど」
サトシくんは驚く素振りもせずに、たんたんと答えた。
「まっ、しょーがねーよ」
鷹さんはあっけらかんとしていた。
私は二人の反応にホっとした。
凶悪犯として差別するわけでもなく、そのまま受け容れてくれたことに。それに罪名を話した途端、胸につかえていたしこりがストンと落ちたような気がした。
そして、私の話が終わるとお返しとばかりに自分たちの罪名を発表してくれた。
「俺はオレオレ詐欺です」
「俺はシャブと恐喝と傷害」
サトシくんは詐欺で鷹さんは覚醒剤使用・恐喝・傷害の罪名だった。
不思議なことに罪名を知ると、相手との距離がグっと近づいたような感覚を受けた。これがわかっていたからサトシくんは、しつこかったのかもしれない。
その後は再び、途方もない絶望感に襲われ頭を抱えている内に就寝時間を迎え、
激動の一日は幕を閉じた───

留置場の一日の流れ

留置場という場所はいうなればグレーゾーンのエリアである。
もしかしたら誤認逮捕かもしれないし、不起訴執行猶予になって社会に戻るかもしれない。
しかし、凶悪事件であったり、何度も同じような事件をくり返している場合は拘置所、刑務所に収監される。
拘置所は刑務所の模擬生活のような場所で裁判前に移送される人と留置場で裁判を迎える人にわかれる。絶対とは言いきれないが
後者の人は執行猶予の確率が高い
ここでの生活で多くの犯罪者を見てきた。留置場の生活と平行して紹介していこうと思う。
まず、一日の流れは全て時間で定められていて特別な変更は一切ない。
七時に起床後、素早く布団をたたみ部屋毎に布団庫に片づける。その流れで掃除道具一式を受け取り、箒・雑巾・トイレ掃除にわかれる。
外の生活以上に綺麗にしなければならない
洗面は学校にあるような横長の洗面台が通路脇に置いてあり何人か並んで行える。
女の子のように石鹸を泡だてる人から、片手で水をすくい顔に浴びせかけるように洗うガーナ人や顔中、白いペンキまみれでガシガシと擦って洗うシンナー中毒者など様々だ。
入浴は五日に一日で夏なんて最悪だ。冷暖房設備が整っているとはいえ、汗は滲んでくる。
ちなみに当署は洗面の際に濡らしたタオルで頭も身体も拭くことができた。
入浴場は署によってサイズが異なるが当署は一人風呂専用のこじんまりとした広さで十五分間静かに入れた。
五分前になると、扉の小窓がパカっと開いて
「五分前ー!」
という合図があるのだが、これを気にいったルーマニア人のボブは
「ヘイ!ゴフンマエー!」
と小窓を開けて真似していた(洗面のタイミングでボブが部屋の外にいる時に限るが)。
ボブは百八十五センチ・百キロの青い瞳を持ちプロレスラー顔負けの体躯の男だった。
私に遅れて一ヵ月後に一室に入室してきた薬の売人である。奥さんが日本人で、本人はワンピース好きということでコミュニケーションには問題なかった(よく、チョッパーの物真似をしていた)。
しかし、のちに
ある事件が勃発するがそれはあとにして話を進めよう。
個人の衣類・本・ノートなどの所持品を保管する場所としてロッカーが用意されている。
着替えの際にカーテンを閉めれるのだがその瞬間、不正やりとりの場に変容する。
ここを最大限に活用していたのは二室の窃盗犯である太さんだった。本交換・メモの受け渡し・お菓子や眠剤の授受。慣れた手つきでそれらをこなし、堂々としていたのが印象深い。
太さんは服役経験があり、組の事務所にも出入りしているいわゆるチンピラに近い部類の人だった。坊主頭に鋭い眼つき、筋肉質のガッチリした肉体で外で見かけたらまず、目線をそらしていたと思う。

しかし、その内面に驚かされた
お金のない人にはお菓子をあげ、本を貸し、裁判や刑務所生活のアドバイスをするほど面倒見の良い人だった。甘い蜜を与えてとりこもうとしているのかと懐疑の眼を向け警戒したが本人は何も求めていなかった。
ひたすら、皆を笑わせ、担当さんも巻きこんで場内全体に明るい雰囲気をつくるだけだった。
太さんには奥さんと二人の子供がいた。毎週、面会にも来ていた。
「あー、腹の中の三人目のガキを抱けずに刑務所か…」
ボソっと弱音を吐いた姿を見て、
己々が胸に秘めている想いを感じた瞬間だった
部屋に持っていける本の冊数は一人三冊で、昼と夕方に交換できた。
留置場には必ず官本といって署が管理する貸しだし可能な本が置いてある。署によっては漫画もあるらしいが当署は小説冊誌のみだった。
東野圭吾・宮部みゆき・横山秀男・司馬遼太郎など、著名作家の作品も多く全て読んだのは言うまでもない。
中でも火の粉(雫井脩介)は裁判長と殺人犯が絡みあうストーリーで琴線に触れる作品であった。
だが、唯一の暇つぶしの小説にも弱点が存在した。
「眼、いてーし、頭の中に全々はいってこねー」
長時間、細かい活字を上から下までなぞっていると集中力の低下と瞳の乾燥にともなって、
読解力は右肩下がりになる
私本で漫画・週刊誌・ファッション誌などを持っていればの回復をはかれるが無手の人は瞳を閉じ眠るしかない。そして、
夜に寝れないという負のスパイラルに陥るのである。
選挙ポスターに下品な落書きをし、神社の賽銭箱を放火した48歳・サッカー日本代表元監督のザッケローニ氏に似ていたザッケさんは
「太さーん、良質のエロ本を回してくださいよー」
三室から房越しに大声で懇願していたのが懐かしい。
基本的に刑事、又は検事から呼ばれ、取り調べがない限り部屋の中で本を片手にイモ虫のように転がっているしかない。
留置場の一日の長さは外の生活とは比べものにならないほど長く、変わり映えしない無機質な時間が流れている。
誰もが時をもてあまし、苦痛に悶える
だからこそ、平日に存在する二十分間の運動は貴重な一時だった。
とはいっても場外にでれるわけではなく、場内から外に突きでるようにして造られた長方形の狭いスペースで爪切り髭剃りをするのが運動だった。
四方は高いコンクリートの壁で囲まれ、空を見上げても屋根が三分の二を覆っていて、太陽光はほとんど射してこない。運動というより世間でいう喫煙所といった方がしっくりくる時間であった。
それでも一度に六人ほどがでれるので他の部屋の人たちと談笑し、息抜きすることができた。
そして、留置場の生活で大きなウェイトを占めていたのが食事であった。弁当の中身は毎日、ランダムで何がでてくるかはわからない。だからこそドキドキするし、愉しみだった。

しかし、味はともかく本当に量が少なかった
「ここの弁当、まじでふざけてるわ!今までの留置でダントツにひどい」
諸先輩方は口々に不満を漏らしていた。私は初めてだったので比べられなかったが一度、メインのおかずに親指サイズの小魚一匹だった時は流石に絶句した。
一ヵ月で七キロ痩せてしまったのは精神的なものと弁当の量が関係していると思われる。
「ナンダヨ!コレ!ウサギノエサダヨ!」
ボブの体躯で足りるわけもなく、あっという間に二十キロ痩せたのは言うまでもない。
尚、二週間に一回、医者が場内に診察に来てくれるのでその時に体重・血圧・問診を受けれた。大概の薬は用意してもらえるので一安心だ。
そして、夕方の洗面になり、布団をしき、二十一時という
今時の小学生でも寝ていない時間帯に就寝の号令がかかるのであった

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