鉄格子の内側 第3話 -チーム中隊長-

本部とは…

この日本では、なにかしらの事件が起きると管轄内の署が対応する。毎日、大なり小なりの事件は発生しているのだから警察官の方々には頭が下がる一方だ。
しかし、凶悪犯罪や巨大組織が関係する犯罪が発生した場合は捜査方針が一変される。より、組織的により効果的に対処する為に本部刑事が動くのだ。
本部とはそれぞれの都道府県に一つ存在し、各署で活躍した優秀な人材が集められる。スーツの襟元に十手を重ねた絵図のバッジをつけていれば泣く子も黙る本部のおでましだ。
私の事件はその本部の面々が事件発生管轄内の署に派遣された事案であった
「全て話さないで刑事の出方、うかがった方がいいですよ。把握してない情報もあると思いますし、損しますよ」
知能犯らしくサトシくんは狡猾なアドバイスを授けてくれた。
私はあることがきっかけで生きる道を決意するのだが逮捕直後の取り調べから一つだけ心に決めた想いがあった。

───
嘘、偽りなしで全てを話そうという想いだった。
凶悪犯のくせに今さら格好つけるなと思う人もいるかもしれない。当然の意見だと思う。
私が起こした事件は被害者の方が存在し、一生許されないことも痛感している。
しかし、ここまできてもう嘘なんかつきたくなかった。
犯罪を犯してから、普段の生活をしていても心の底から笑えない瞬間があった。
自分は犯罪者だと思いだす時だ。事件後、一切を胸の奥にしまい思いださないように務めた。そうでもしないと、まともな顔して生活するなんて無理だった。
それでもくり返し、事件を起こした。私は自分を止められなかった。
強い意志があれば自首することもできたはずなのに私は逃げた。
逮捕され失ったものは本当に大きい。傷つけてしまった人たちも計り知れない。
しかし、
逮捕されて良かったと今は心から思えている

メディアの怖さ

逮捕後は四十八時間以内に検察庁に連れて行かれ、十日間の勾留の有無を判断され、裁判所で言い渡される。飲酒運転公務執行妨害などの軽犯罪者は簡易裁判を受け即日釈放である(飲酒運転は罰金三十万と免許取り消し)。
私も逮捕翌日、検察庁に向かう為、朝から準備をしていた。

私以外にも検事から取り調べに呼ばれている人が何人かいて、手錠と腰縄を装着され通路で出発を待った。
いざ、出発の号令がかかり足を踏みだそうとすると私だけストップがかかり、その場にとり残された。あれ?私は首をかしげたが何もかもが初めての場なので特に気にしなかった
さぁ、気をとりなおして今度こそ出発ということで場外にでると昨日の妙に貫禄のある人が心配した表情を浮かべながら近づいてきた。
「テレビ局きてるからな」
私は唖然とした。
テレビ局が押し寄せてくるなんて想像していなかった
突然の宣告に心臓の鼓動は張り裂けんばかりに脈打ちだし、パニック状態になった。
そして、引っぱられるように外にでると右手前方の壁から数台のカメラが顔をのぞかせていた。
カメラのレンズは私の動きをとらえていた。無言の圧力を目一杯感じながら、促されるように護送車に乗りこんだ。
中に入っても動悸は治まらず、頭に浮かんだのは
夕方のニュースで私の氏名と映像が流れるシーンだった
日本中の全ての知り合いに知られた…死ぬしかない…。
窓に頭を擦りつけ変わりゆく景色の中で、際限のない絶望の波が打ち寄せていた。
留置場では新聞が一部、順に回ってくる。翌日、地方版の欄を確認したら切り抜き部分を発見した。
「これ…セイくんのことじゃないですか…?」
サトシくんに言われ、私は確信した。
もう残された道は一つしかなかった
深夜、皆が寝静まる中オレンジ色に光る天井の蛍光灯を見上げながら考えていた。
あそこに服を引っかければ首を吊れるかな…、トイレットペーパーをちぎって口に詰めれば窒息するかな…。どうすれば死ねるか、そればかり考え続けた。
逆に死ぬことを常に考えていないと気が狂いそうだった。
しかし、あと一歩が踏みだせない。そんな感覚だった。

本部刑事

日中、取り調べは行われていた。この取り調べの時間が唯一、生きている意味を感じさせてくれた。
数ヶ月にも及ぶ取り調べを担当してくれたのが本部刑事である武田さんだった。
「今日から下の名前で呼ぶわ。名字だとやりづれー」
憎き犯人であるはずの私とトコトン向き合い、笑わせてくれたり、心配してくれたり、怒ってくれたり、情に熱い素晴らしい人だった。
武田さんが一度だけ声を荒げた日があった。
「なんだよそれ!そうじゃねーだろ!弁護士がどうとかじゃなくて、大切なのはお前の気持ちだろ!俺はずっとセイのこと考えてるよ。家に帰って風呂入ってる時も考えてるよ。事件に向きあうんじゃなかったのかよ!」
手に持っていたファイルをバンと閉じ、猛烈な勢いでまくしたてられた。しかし、私も意固地になって言い返してしまった。
「武田さんのいってることはもっともですけど考えは変えません」
「今日はおわりだ」
冷たく言い放たれ、部屋に戻された。部屋の中で自分の心と向きあいなおした時、
俺は何しているんだ、という感情が湧きおこった。考えるまでもなく答えはでていた。
「あれ?昨日といってることちがうじゃん。いいのか?」
「大丈夫です。自分の気持ちを一番に考えて話します」
武田さんはいつもどおりの柔和な顔に戻っていた。
そして、このチームを率いていたのが高橋中隊長だった。本部からは七人が派遣されていて、長であり、仏のような人物だった。
しばらく経った頃に武田さんが中隊長の存在を教えてくれ、貫禄のある人こそ中隊長であった事実を知った。他の方々も人間性が抜群に高く、このチームに逮捕されたことを
心から感謝している

逮捕後の流れ

逮捕後は起訴・不起訴・追起訴・再逮捕といったキーワードが頻繁に登場する。
起訴不起訴アウトセーフのようなもので検事は原則的に逮捕日から二十二日以内にどちらかの判断をしなくてはならない。
ただし、不起訴になったからといって冤罪というわけではない。
オレオレ詐欺グループの幹部の立場にいたタツオさん。芋づる式に逮捕され、誰もが彼の刑務所行きを確信していたが本人は諦めていなかった。
業界でも有名なやり手弁護士を数百万で雇い、被害者と示談交渉を始めた。いくら払ったのかはわからない。
しかし、二十二日目の朝に笑顔で去っていったのだから交渉は成功したのだろう。
お金にものをいわせる詐欺師がいれば一変して、丸男はちがった。
彼は障害者手帳を交付されている軽度の知的障害者だった。詐欺グループでは受け子といわれる、お金を受けとる役目をしていた。
指定された部屋で待機し郵送で送られてくる現金を受けとる仕組みだった。逮捕された後、一貫して知り合いから荷物を代わりに受けとってほしいとしか聞いていないと主張した。更に取調室では理解不能な言動をくり返し、知的障害者の側面を十二分にアピールする作戦にでた。
彼は場内に戻ってくるとニヤリと笑みを浮かべはっきりとした口調で言った。
「警察はバカですよ。ちょっと障害者アピールして、だまされたって泣きつけば釈放してくれるし、この手で何回だましたことか」
言葉どおり不起訴となって社会に戻っていった。やるせない想いとはまさにこのことを言うのかもしれない。心には悲哀の風が吹き抜けた。
追起訴は名前が示すとおり、余罪があった時に後から起訴をつけたすようなものだ。窃盗犯などはこの手続きが使われる場合が多い。
そして、再逮捕は…
被疑者にとって最も苦痛を与えられる決定であった
なぜなら、全ての手続きを再び初めからやりなおさなくてはいけないのだ。
逮捕状の読み聞かせから、写真撮影・指紋登録、(DNA採取のみなし)・検察庁・裁判所までのコースを歩む。
詳しい理由はわからないが余罪を隠していたり、大きな事件の場合は再逮捕の判断が下されるらしい。
私は全て話していたが再逮捕され、上記の道を歩んだ。これが本当に辛かった。

検察庁

検察庁に向かうには朝の九時前後に出発する。一時間ほどで到着し、手錠をかけられたまま、狭い鉄格子の部屋でひたすら検事からの呼びだしを待つ。
駅のホーム上に設置されているようなプラスチック製の椅子が十席ほど向き合う形で並べられていて、三時間ほど経つとお尻が痛くなってくる。
昼には小さな小さなコッペパン三つに牛乳が配られる。勿論、手錠は外されない。
パンを食べた直後に空腹を感じるほど少量だった
そして、取り調べの時間は日によってバラバラで一番短かい時は十七時頃に呼びだされ十分で終わった時だ。七時間の疲れがズシンと身体にのしかかってきた気がした。ちなみに当検察庁の待ち合い室では他署の人たちと自由に会話ができ、一種の犯罪情報交換の場になっている。
どこそこのシャブは安い、窃盗の手口、組員同士の挨拶など。もはや無法地帯だった。
一人の黒人と同部屋の日があった。
太い首にぶ厚い胸板、見るからに不機嫌そうな顔だった。日本語で話しかけても口にする言葉は
「I'm cold」
のみ。一心に両手を胸元で交差し、身体を擦る姿は周囲に畏怖を与えていた。私たちは島国特有の暗黙の了解で彼に関わるのを止めた。
しばらくして彼が取り調べに行くと口々に恐怖心を共感しあった。
「…こえー。あの黒人メッチャ、キレてたよね…」
───一時間後。彼が戻ってきた。部屋に入るなり開口一番。
「ハーイ!コンニチワー!」
「…」

真っ白い歯を見せながら、太陽のような笑顔を輝かせている。彼以外の全員が眼を丸くした。何が起きた…。勇気をだして事情を聞いた。
すると、クラブで知り合った日本人女性の家に行き、事を済ませ笑顔で別れたら後日、警察に強姦の罪で逮捕されたという内容だった。
そして、先程、検事に理解してもらい釈放が決まったらしい。真偽は不明だが彼の豹変ぶりの凄まじさは鮮明に覚えている。
別日には隣にチョコンと七十歳台の小柄で温厚そうなおじいちゃんが座っていた。
「おとーさん、何やられたんですか?」
部屋の一人がなに気なしに話を振ると、おじいちゃんはのんびりとした口調で答えた。
「ちょっとねー。首のあたりをやっちゃってねー。うーん、まぁ殺人未遂だねー」
それ以上は誰も追求しなかった。
その他にもドラッグストアで万引きをしたカンボジア人留学生、室内犬に噛まれた空き巣犯、番組の取材でコカインにはまってしまったプロデューサー。

それぞれの人が十人十色の想いや背景を抱えて集まる場所が検察庁であった

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