鉄格子の内側 第4話 -去る人、来る人-

弁護士現れる

───面会
それは被疑者にとって何ものにも代えがたい時間の一つである。
社会から隔離されている状況において、アクリル板越しとはいえど十五分間、大切な人と会話できるのは外の人が想像できないほどの感情が生まれる。
こんな凶悪犯の私にも大切な人たちは存在した。家族・友人・知人、そして…彼女であった───
逮捕後、被疑者は一人だけに連絡をしてもらえる。
大概の人は親を選ぶ。しかし、私はその制度を拒否した。理由は簡単だ。誰を選んだところで、どんな顔をして会えるのだ。会えるわけがない。
私の中に面会の二文字は存在していなかった。だが面会にはもう一つの側面があった。
弁護士面会だ。十日勾留がつけられると、半自動的に国選弁護士が派遣される。
国選弁護士とは弁護士会に登録されている人を指し、ランダムで選出されるので言い方は悪いが当たり、はずれが顕著にあらわれるシステムであった(国から弁護士に費用が支払われるので被疑者の負担は一切ない)。
一旗あげて一国一城の主を目指している若手は行動力があり、頻繁に会いにきてくれるが逆に老練の弁護士の場合は海馬から担当被疑者をポチっと消したかのように一向に姿を現してくれない。
弁護士の腕次第で判決は大きく変わる。
人生の分岐点を共に歩んでもらうのだから重要なパートナーであり唯一の味方だ
だからこそ、オレオレ詐欺グループの幹部のタツオさんのように私費を費やし私選弁護士を雇う人も少なくなかった。
そして、私の下にも逮捕から三日目の夜に国選弁護士が現れた(弁護士のみ終日二十四時間面会可能)。
「いいですか。あなたは明日から黙秘してください。あいつら警察は自分たちの都合のいいようにしか調書をつくらないので、とんでもない奴らですよ」
小太りで鼻梁が低く、おでこの生え際が遥か後方に後退している男だった。
しきりに面会室の扉を開け、廊下で聞き耳をたてている者がいないか確認するなど、警察に対して異常なほどの不信感を発露していた。
「刑事さんたち、そんな風には見えませんし、事件のことは全て話したいです」

私がそう切り返すと
「あなたは騙されてますよ。あいつらは悪魔なんです。全て話すのは法廷で問題ありません」
眼前の男に何を言っても無駄ということは十分に理解したが、どうでも良かった。
今の私の頭にあるのは
どうやって、死ぬか…それだけだった。
去り際に親への連絡の許可を求められたが断った。しかし、自分の心の風向きが変化したのは、それからすぐの事だった。

生きる道

「逃げんなよ。お前が犯罪を犯して苦しい想いすんのは当然だし、しょーがねーよ。でもよ、お前の親は理由もわからず、今苦しんでんだぞ。親にとって子供はなにがあっても大切な子供なんだよ。絶対、会いたがってるし、お前には説明する義務があるぞ」
チーム中隊長一のムードメーカーであるしゃくれの北山さんから言われた言葉だった。
───義務。鷹さんやサトシくんからも、たびたび親に連絡することをすすめられていたが私は渋っていた。
しかし、この言葉を受けた途端、何か納得するものを感じた。
親から勘当されるのはしょうがない。
逃げずに全て話して、さよならを告げよう
ようやく決意できた。そして、彼女に対しても同じ気持ちを持てた。
事件の内容を含め、全ての想いを手紙に綴り、末尾に別れの言葉を添え彼女への手紙を親に託そうと決めた。
そして、二回目の弁護士面会時に親への連絡をお願いした。数日後───
「三十八番さん。一般面会です」
ついにその時がきた。部屋からでると足がガクガクと震えていた。
二度と顔を合わすことはないと思っていた親との対面を前にし恐れがこみあげてきた。

逃げだしたい、逃げちゃ駄目だ。二つの情意が心の中でぶつかりあっていた。
面会室の扉の前で一度、立ち止まった。
「…ちょっと待ってください…」
フー、フー。深呼吸を数回くり返し、震える右手でドアノブを掴みゆっくりと開けた。
そこに座っていたのは…三人だった。
右から母親・父親・そして、彼女であった。
まさか彼女がこの場にいるなんて、これっぽっちも頭になかった私は言葉を失った。しかし、三人の眼を見てハっとした。

私を見る眼がまるで理解のできないものを見る眼だった。室内には重く、研ぎすまされた空気が充満していた。
私は席に着くと、大きく息を吐き、意を決して全ての気持ちを一気に放出した。
三人は一言も発さず、無言で聞いていたが眼には涙が浮かんでいた。
あー、これで終わった。
今までありがとう。そんな気持ちになれた。
父親も母親も体育会出身で礼や儀に厳しく警察のお世話になったことなんてない。私自身、幼少の頃からしつけとあらば父親から怒鳴られ愛の鉄拳をくらうなんてザラだった。
だからこそ、こんな大事件を起こして二人が私を許すわけもなく結果は明白でしかなかった。

最初に口を開いたのは母親だった。ハンカチで溢れる涙を押さえ必死に声を絞りだしながら言った。
「…ずっと待ってるから…」
続けて父親が言った。
「…お前のしたことは絶対に罪を償わなきゃ駄目だ…」
私は二人の言葉を聞き呆然とした。信じられなかった。必ず親子の縁は切れるものと覚悟していたのに、二人は辛く苦しい表情を浮かべながらも私のことを諦めていなかった。
この瞬間、私の心の底から何かがポっと湧きでてくるのを確かに感じた。

どうせ死ぬなら…この二人に恩返ししてから死のう───
私の胸奥からはっきりと聞こえてきた。眠っていた生命の灯火は引きずりだされるように飛びだしてきて、あっという間に身体全体に熱を与えた。
両眼からはとめどない涙が溢れだしてきて堪えようがなかった。
そして、私が肩を震わせていると、おもむろに父親が席を立ち、彼女が正面の席に座った。
彼女は私以上に涙を流していた。私は全て悟っていた。彼女がここに来た理由を。
私の口から直接、話を聞き、最後の別れを告げに来ていたことを───
同棲中だった会社の同期の彼女。お互いの親には顔も合わせていて、結婚の単語も二人の間ではでていた。真剣に幸せな生活を夢見ていた。
しかし、私は犯罪者だった。本当のことが言えなかった。真実を口にして全てを失うのが怖かった。
自らの犯罪を正面から向き合わず、逃げていたことにより被害者の方はおろか、
一番大切な人を傷つけた
涙でぐしゃぐしゃになった彼女は嗚咽を漏らしながら言った。
「…よかった…私の知ってる、セイくんだ…」
この一言で全てを理解した。彼女が今日まで、どんな心境で過ごしていたのかを痛切し、
途方もない悲しさと申し訳なさと後悔で胸が締めつけられた
私は謝り続けることしかできなかった。
ピピピピピ───
無情にも終了を知らせる電子音が室内に鳴り響いた。
彼女は席を立ち、そっと置くように告げた。
「…もう、こないから…」
「わかってる。今まで本当にありがとう。…元気でね…」
三人は静かに面会室をあとにした。
私は部屋に戻って泣き崩れた。なぜ、最後の言葉をもっと早く言えなかった。同棲する前に言えたはずなのに
ちっぽけで臆病で自分勝手な私には…言えなかった
そして、最愛の人を失った───
今でもはっきりとしないがこの時だったのか、二回目の親との面会だったのか、私は親に私選弁護士をお願いした。
理由はただ一つ。
親の為に一年でも早く出所したいと思ったからだ
勿論、自分の出所うんぬんより、まず被害者の方に対しての反省と償いが先にこなければならないのはわかっていた。
しかし、私には時間がなかった。
「その弁護士やばいですね…変えるなら早くしないと取り調べは進んでいますし、方向性変えれなくなりますよ」
サトシくんから忠告は受けていたが意に介していなかった。当然、黙秘はしていなかったし弁護士との信頼関係も必要ない。そう思っていた。

だが親との再会で、私の考えは一変した。親の為に───
とてもじゃないが残りの人生をあの弁護士に預けられなかった。気付いた時には自分の感情を抑えられず口にしていた。
「もし…可能なら私選弁護士を雇ってほしい。出所したらお金は全て返すから…」
「わかった」
父親は静かに頷いた。普段の父親なら間違いなく激怒していたはずだ。
ふざけるな。お前は反省しているのか?そう怒鳴られ殴りつけられていたと思う。
しかし、息子がこんな凶悪事件を起こして冷静に考えられるはずがなかった。親も悄然とし、暗鬱な想いにかられていたのだ。

失ったもの

面会を境に状況は一転したが心の中は荒れに荒れていた
面会後、彼女は毎日夢にでてきた。
夢の中ではいつもの寝室にいて幸せそうな寝息をたてている彼女の寝顔がすぐ側にある。触れようとすれば触れられる距離なのに私の手は空を切る。何度、手を伸ばしても感覚がない。
そのうち目の前にオレンジ色のぼんやりとした光が落ちてくる。
「夢か…」
小説を読んでいて恋人との描写が出てくると胸に痛みが走る。新聞を読んでいて彼女と同じ名前の単語を見つけると動悸がする。場内のラジオで同棲当時に聴いていた曲が流れれば眼には涙が溜まる
私の幸せだった頃の思い出は逮捕時の朝のまま、ずっと止まっている。現実の針は進んでいるのに気持ちだけがついていかない。
週末に予約していた焼き鳥屋に一緒に行きたかった、連休に予定していた肉フェスにも一緒に行きたかった、そして…彼女を幸せにしたかった。
───
本当に大切なものは失ってから気付く
私にとって彼女はそんな存在だった。
しかし、時間は戻らない。自分のしでかした愚行を胸に刻み、前に進んでいくしかないのだ。
家、仕事、お金、社会的地位、そして最愛の人を失った私の目の前に広がるのはどこまでも続く闇の世界だった。
私の足下を照らしてくれているのは親の存在だけで、どの方向を歩いていけばいいのかもわからない。
しかし、この時私は気付いていなかった。
一筋の光明が私の進む先を照らしてくれていたことに。

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