鉄格子の内側 第5話 -一筋の光明-

親と彼女への想いが混在し、もの憂いとする中、当然取り調べは行われていた。
「おはよう。今日の朝飯なんだった?」
「今日は玉子焼きのかけらでした…」
「そうか…」
武田さんの取り調べはいつも弁当の中身から始まる。開口一番から事件の話をするのではなく、弁当の話を聞いてくれたのは口を滑らかにさせる技だったのかもしれない。
しかし、事件以外の話を聞いてもらえるだけで私は嬉しかった。
こんな凶悪犯でも人として接してもらえている…。それだけで救われた。

粋な男

連日の取り調べや葛藤により精神をすり減らしていたが心温まる出来事もあった。
「はー、これで仕事もクビで罰金三十万の免取りか…」
私の隣にはボサボサの白髪に不精髭を蓄えた五十代と思われる男が座っていた。
人のことは言えないが男の精気は完全に失われていた。
男は某運送業のドライバーで仕事後に一杯ひっかけて事故を起こしてしまったらしい。
相手が人や車ではなくガードレールだったので通常の飲酒運転の処罰が決定していた。
しかし、理由は判然としないが男は否認した。
その結果、十日勾留が言いわたされ八日目の夕方に一室に移動してきた(ずっと一人部屋にいたが諸事情により一室に引っ越してきた)。
あたりさわりのない言葉を交わし、二日間は過ぎ男は釈放された。
翌日、ベテランの担当さんが一室に近づいてきた。
「おまえら、昨日の朝までいたオッチャンわかるか?実はなー、昨日の夕方に署に戻ってきたんだよ。シュークリーム三つとみそ汁の素三パック持って」
「…本当ですか…?」
私たちは唖然とした。男が私たちの為に差し入れを持ってきた事実に。
「食べ物は、いれられないぞっていったら『中じゃロクなもん食べれないからせめてと思って渡したかったんだけどなー』っていって帰ってったよ」
職を失い、今後の生活を危惧する中、
男の厚情に胸がほっこりした瞬間であった

予想刑期は○年

「はじめまして。岩山です」
───ある日の夜、私選弁護士が会いに来た。
親からは一度、直接会ってお前が決めろ。そう言われていた。本当に申し訳ない気持ちで胸が苦しかったが他に手段はなかった。
岩山先生は、いさぎよく頭の毛を全て剃っていて悟りを開いた住職のような風体だった。
私に対する話し方も丁寧で、事件の概要を説明している間、うーんと渋味のある低く深い声を発しながら毛のない頭をしきりに撫でていた。
「契約内容はどんな感じなんでしょうか…?」
私は気になっていた金銭面に水を向けた。
「そうですね…一応、考えさせてもらっているのは着手が○万で成功報酬が○万といったぐあいです。事件が事件なので三人体制でやる予定です」
耳にした金額は周囲からの情報を参考に想像していた範疇ではあった…が簡単に頭を下げられる金額ではなかった。
親の老後を考えると
国選弁護士のまま、全てを受け容れるべきなのではないか
そんな想いも溢れてきた。
「…ちょっと考えさせてください…」
私は眼をつむって頭の中をグルグルと回転させた。でてきた言葉は…
「正直な話、どのくらいの刑期になりそうですか…?」
開けてはならないパンドラの箱に手をかざした。
───「多分、重く見積もって十年くらいじゃないですか」
以前、サトシくんが予想した判決年数だった。私は十年と聞いて気の遠くなるような時を想像し、それ以上考えるの止めた。とてもじゃないが耐えられなかった。
そして、私は再びパンドラの箱を開けた。希望と言う光が底に眠っていることを期待して。
岩山先生は、つるりと頭を撫でながら言った。
「一概にはいえませんが、このケースだと…二十年以上は十分ありえますね」
「に…二十年…?」
桁ちがいの数字を耳にして、目の前が真っ暗になった。
答えを知りたくて自ら質問したが、まさか二十年の数字が飛びだしてくるとは夢にも思ってなかった。
ほんの少し前まで自分がいた外の世界が幻であったかのような錯覚さえ感じた。
この世に生を得て、よちよち歩きから成人になるまで同等の年月を塀の中で過ごすなんて想像できるだろうか。
私には無理だった。
…今、死んだ方が楽になれる…
私の心は底の見えない谷底に落ちていった。
「どーしましょうか」
岩山先生の一言で我にかえった。しかし、心は沈んだままだった。
私が顔を上げ言葉を選んでいると
「一応、金額の方はご両親から合意は得ていますので、あとはアイカワさん自身の気持ち次第です」
私はハっとした。なぜ自分が生きているのか、なぜ弁護士が今目の前にいるのか。

全ては親の為だった
こんなにも親不孝者の私を未だ愛し待ってくれている親に恩返しする為に私は生きているんだ。
そのことに気付いた瞬間、沈みきっていた心はもの凄いスピードで浮上してきた。
私は岩山先生の眼を見すえて言った。
「よろしくお願いします」
自分の為じゃない。親の為に生きるんだ。私は心の中で呟いた。

手紙

私はもがいていた。手足をバタつかせ必死に水面から顔をだす為に。
私選弁護士を雇い、国選弁護士を解任してから私の精神の闘いは熾烈を極めていた。
二十年と言う重みが新たに加わり、溺れないように毎日もがき続けるしかなかった。
少しでも手を休めれば二度と浮上できないことは自分自身が一番わかっていたからだ。
そんな不安定な精神状態の中、私の心を救ってくれたのは…友人だった。
「三十八番さん。お手紙です。ここに指印お願いします」
一通の手紙が私の下に届いた。差しだし人を確認すると
地元の大切な友人からだった
小学生の頃、私はこの街に引っ越してきた。友達づくりが不器用であった私が一番最初に心を開いたのが彼だった。
格好つけで、バイク好きで、毎日つまらないギャグを飛ばしていて、そして誰よりも優しい男だった。お互いが心から信じ、信用していた。
しかし、だからこそ言えなかった。大切な友人だからこそ怖かった。
失望され、去っていかれることが───
焦る気持ちを抑え、手紙の中から便箋を取り出し、恐る恐るソっと広げた。
そこには短い文章と最後に一言、添えられていた。
───
腐るなよ
まるで、目の前で友人に言われた気がした。文章からはショックを受けて混乱しているのが十分に伝わってきた。それでも心配し、筆をとり素直な想いを綴ってくれた友人の優しさを思いだし、堰を切ったかのように涙が溢れだした。
更に数日後には別の友人から手紙が届いた。
そこには大親友の文字が綴られていた。普段は照れくさくて、そんな言葉を口にしない男なのにあえて、使ってくれた想いに涙で手紙を湿らせた。
泣いてばかりいた私を見て鷹さんが側に寄ってきた。
「その手紙、ちょっと読ませてよ」
どうぞ、と言って二人の手紙を渡した。そして、
三分後には号泣している鷹さんがいた
「…セイくん。最高の友達だな…この手紙があれば生きていけるな…」
鷹さんの熱すぎる一面に驚きつつも
無性に友人たちの存在が誇らしかった

かけがえのない宝物

毎日の取り調べは武田さんが行ってくれたが裏付け捜査などの情報収集に奔走してくれたのが大寺さんだった。
ある日、取り調べ室に現れて厳しい口調で言われた。
「お前の友達は、お前が事件を起こしたせいで何度も仕事のあとや休日に署にきて話をしてくれてるんだぞ。勿論、遠方の友人には電話で済ませてるけど、どれほどの迷惑をかけているのかよく考えろよ」
私は愕然とした。全く気付いていなかった。
自分がしでかした犯罪によって多くの友人たちにも影響を及ぼしていることを
慚愧の想いにかられ、うなだれていると
「でもな、地元の友達たちからは特に沢山、話を聞いてるけどお前のことを悪くいう奴は誰もいなかったぞ。普通、こんな事件を起こしたらお前への不満や文句がでるもんなのに」
大寺さんは諭すような口調で言った。私が驚いて顔を上げると
「それにしても気持ちの良い奴らばっかだなー。○も○も忙しい中、きてくれてるのに嫌な顔一つしてなかったし。皆、お前のこと待ってるってよ。本当に良い友達持ったな」
大寺さんはニっと笑みを向けていた。

私は涙を堪えるのに精一杯だった。友人たちの信頼を裏切り犯罪に手を染めた私をまだと思ってくれている彼らの仁愛に言葉がでなかった。
そして多忙を極める中、友人や先輩が面会に来てくれた。
厳しい言葉をかけてくれる者、相談してもらえなかった自分の器を責める者、励ましてくれる者、何も言わずいつもどおりボーっとしている者。

皆の言葉が心奥に染みこんでいった
長い付き合いで笑ったり、怒ったり、悲しんだりは見せてきたけれど泣き顔を見せたことはあっただろうか。
本当は会うのが怖くてしょうがなかった。でも、皆の顔を見たらホっと安心して涙を滝のように流す私がいた。
地元以外の友人・知人にも手紙を送った。既にニュースで周知されているのもあり、包み隠さず心情を綴った。
受け容れてくれた人、受け容れられなかった人。二通りあったけれど後者の反応こそが当然だと思っている。
私の罪は許されないものであり、返信がないからと言ってふて腐れるわけがない。
今までありがとうという感謝の念でいっぱいだ。
そして、その中で心の扉を開いてくれた方々には感恩の想いしかない。
これから長く厳しい闘いが待っているが大切な人たちの存在が私にとって、かけがえのない宝物であり生きる支えだ。
手紙を読む時、面会で顔合わす時、
…生きていいんだよ
そう囁かれている心境になれる。
まだまだ先はとてつもなく長い。そして、償いの日々は出所の日がゴールではない。
それでも、いつの日か皺だらけの笑顔を輝かせてありがとうと伝えられる日を迎えたい。

その日を胸に今日も私は鉄格子の内側から皆を想う

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