鉄格子の内側 第6話 -事件は留置場で起きている。-

留置場は全国で数百と言う数が存在する。
一定のルールは同じだが署によって異なる部分がある。私自身、初めての留置場であった為、ここがスタンダードと認識していたが各地の内情を説明して下さる残念すぎる諸先輩方のお陰で無駄な知識を沢山、得てしまった。
まもなくして知ったことは、ここはスタンダードではなく、こじんまりしたマイナーリーグという事実だった。
実際に検察庁での犯罪情報交換の場ではメジャーリーグ級の話も飛びかっていた。特に収容者数が多いところは刑務所並に口うるさく指導されるとのことで、私は当たり(?)の留置場に入ったのかと勘違いしかけていた。
そんな安易な考えを覆してくれたのが他でもない
同じ鉄格子の内側の住人たちだった
社会の枠からはみ出た私たち非国民に対しても同じ目線で接してくれた担当さんたちからは日々、人情を感じた。以前から持っていた警察官へのマイナスイメージは完全に払拭することができた。
しかし、皮肉にもこの人間性が仇となり反省と言う言葉を母親の胎盤に忘れてきたであろう犯罪者たちは愚行を繰り返すのであった。
これについては
鷹さんを語らずしては何も始まらない

鷹さんVSボブ

先の話で号泣してくださった優しい一面を見せた鷹さん。土木業の親方をしていることもあり、一本の鉄柱がズドンと心に生えているような真っすぐの性格だった。
「俺は間違っていない。刑務所に行くことになっても絶対に相手には謝らない」
毅然とした意思を最後まで曲げず自らの道を貫いた。その結果、女性検事からは
「あなたみたいな人を職人っていうのね」
とまで言わせ、実際に恐喝傷害は不起訴になった。
私は素直にこの人、凄いな…と驚嘆した。ともあれ、事件の発端は好戦的な性格から派生しており、そこは反省しなければならない部分ではあった。
しかし、本人には右から左で全く意に介していないのが数ヶ月の共同生活で十二分に痛感させられた。それを証明するのにボブが必要になるので時を遡って
ボブの登場シーンを回想しよう
ボブは入所当時、荒れに荒れていた。シャブ、コカインを合計五十グラム以上所持していた罪は重く、初犯ながら五年以上の刑期は確実だった。
日中、ボーっと壁を見つめていたと思ったら急に立ち上がって
「○△□△✡○!」
謎のルーマニア語を叫びながら壁をフルスイングで殴り、そのまま連続ヘッドバット。あまりの迫力に唖然とする私たち。ボブの拳から血が流れてるのを見て触らぬ神に祟りなしの姿勢で落ちつくまでほうっておいたことは数知れず。
だんだんと落ちつきを取り戻し、元来の陽気な性格が幸いして皆と打ち解けていったが慣れてくると
外国人と日本人の微妙な生活習慣の違いが悪い方向に表れていった
狭い部屋の中には大の大人が四人。足を伸ばして寝転んだらギュウギュウ状態だ。ただでさえ、ストレスが溜まる場なのに四人にもなると危うい圧迫感に襲われる。
ゆっくりだが着実に風船の中の空気は量を増している。
そんな感覚だった。私は本能で破裂の危険性を感じとっていた為、生活には細心の注意を払っていた。
だが日本に滞在して五年目のボブにはその空気感を悟るのは不可能だった。
喋りたい時に喋る、眠たい時に寝る、怒りたい時に怒る、そして屁をこきたい時にはボフっとこく。気心の知れた相手になら問題ない。ごく自然な事象だ。

しかし、犯罪者の集団生活ではそれらは許されはしなかった
ボブとの生活の摩擦で生まれてしまった負の気体は私たち三人の風船をパンパンに膨らませていった。そして、これ以上はまずいという段階で部屋長であるサトシくんが係長(留置場の責任者)に申し出た。
すると、係長は話し合いの場を設けてくれた。私は毎回、取り調べがあったので参加できなかったが部屋に戻ると、すぐにボブに謝られた。
「イロイロトゴメンナサイ。ニホンノルールキイタカラ、モーダイジョウブ」
ボブの真摯な謝意を受けると、なんだか悪いことしたかな、と少し不憫に感じたが全員の為に必要だったはずだと自らを肯定した。乾いた木に火を放てばあっという間に燃え上がるように私たちは油断できない場所にいる。全員が火傷する事態だけは避けたかった。
それから私たちの想いが通じ、ボブの行動は変わった。お陰で蓄積されていたストレスも分散され、私は心から安堵した。
だが安堵もつかの間、無情にも
烈火の炎は放たれてしまった
ある日の夜、就寝時間を過ぎてのことだった。鷹さんとサトシくんが雑談を始めた。本来、私語厳禁の時間帯であったが担当さんの心優しい配慮で小声で話す分には大目に見てくれた。
ボブは布団にくるまり背を向けており、私は寝そべりながらボーっと天井を眺めていた。
二人の会話は次第にボリュームが上がっていき十分にサウンドを奏でていった。それが一時間近く続いた時だった。
もそもそと巨大な山が動いた。
「ウルサイ!ドーシテネナイ!」
虫のいどころが悪かったボブは怒りの雷を落とした。昨日、今日始まったことではないのにその日のボブは特に苛だっていた。
心得を学んだボブだったが係長はもう一つ言いそびれていたようだ。

留置場では古参の部屋長の言うことは絶対
部屋にもよるが、留置場では上下関係が重んじられた(刑務所には劣るが)。だからこそ、歳下のサトシくんにも徹頭徹尾、敬語を使い続けたし、眠い日に目の前で先輩二人が騒いでても、何も言わなかった。
それに共同生活なのだから、たいていのストレスは甘んじて受けるものと認識していた。
ところがどっこい、ボブにしてみれば古参だろうがサザンだろうが関係ない。就寝時間は必ず寝る。それが彼の言い分だった。
「はー?」
鷹さんが気色ばんだ顔をボブに向けた。
入所したばかりだと取り調べが多く寝つきのいい人は多いが時間が経つにつれ寝られなくなる人が増える。鷹さんとサトシくんも寝つきが悪く眠剤と言う睡眠導入剤を服用していた。
私は二人の寝られない苦痛もボブの夜になると大切な人を思い出す悲痛も分かっていたのでなんともいえぬ心境だった。
ボブはフンと大きな鼻息をたて、くるりと背を向け再び横になった。私は安心した。
ボブが暴れたらと思うと止められる自信が無かった。

そして、私はゆっくり眼を閉じた。流石に二人共、今度ばかりは寝るだろうと考えて。
しかし、私の願意もむなしく炎は火柱に変移してしまった。
眼を閉じていても二人の話し声は止まず、やがてドスン、ドスンという何かが床に落下する音が響き渡った。
私は恐る恐る眼を開けた。
すると、丸めた靴下でキャッチボールをしている二人の姿があった
これを挑発行為といわず、何という。私は何事も起きないように祈念するしか無かったが結果は火を見るより明らかだった。鎮静しかけた火山は当然のごとく噴火した。
「オマエラガアシタノヒルマネテルトキ、ゼッタイウルサクシテヤル!」
壁を三回、拳の側面で叩きつけるようにノックし叫んだ。
「おい!どーした」
担当さんが飛んできて、事態はなんとか治まったが重苦しい空気のまま夜はふけた。
「七時になりました。起床です」
声と同時に常夜灯から一般灯に切り替わった。パっと部屋は明るくなり昨夜の出来事なんて忘れていた。しかし、ボブの顔を見て即座に思い出した。
暴れるなよ…。私は心の中で念じた。するとボブは鷹さんを睨むでもなく澄んだ青い瞳で見つめて言った。
「オイ、ナンデキノウ、ウルサクシタ」
ボブは一夜明け冷静になっていた。私はホっと息を吐いた。これなら大丈夫だ、血を見なくてすむ。
胸をなでおろし鷹さんに視線を移した。次の瞬間、自分の耳を疑った。
「うるせー。喋りかけんな」

「…」
一同、言葉を失った。鷹さん以外はハトが豆鉄砲を食ったような顔をしている。ボブはなんとか我を取り戻し、諭すような口調で言った。
「ナンデ、タカオコッテル?」
鷹さんはさっきより強い口調ではっきりと言った。
「うるせーって言ってんだよ!男が一度、振り上げた拳を下げんじゃねーよ!」
絶句した。ボブは当然、理解できていない。私でさえ眼をパチクリしてしまっているのだから否めない。
その言葉を最後に鷹さんはボブを完全に無視するようになった。ボブは必死に和解を求めたが鷹さんの態度は一貫していた。そして、一室には暗影な空気だけが残ってしまった。
後日、こっそり鷹さんに聞いた。
「なんで、ボブにそこまで怒ってるんですか?」

鷹さんは毅然とした口調で返した。
「あいつには一室に来た日からムカついていたから、もう無理。日本にきて日本のルールに従えないんだったら、外国で犯罪おかすんじゃねーよ」
筋が通っているようにも聞こえなくはなかったが色々とつっこみたい箇所はあった。だが止めた。
自分のことで精一杯だった私には間に入ってあげる気力は無かった。ボブには申し訳ないと思ったが。
ただボブとは最初と変わりなく接し続けた。精神的にまいっているのは皆、一緒だと分かっていた。
しかし、ほどなくしてボブは単独室に移された。可哀想だったがお互いの為には良かったのかもしれない。
そして、事件はこれだけでは無かった。

鷹さんVS孫

まもなくして一室に中国人が入った。と言う男でチャイニーズ系暴力団に所属している二十二歳の若い男だった。
「白バイ隊員の交通キップを目の前で破いて、バイク蹴っとばしたら公防で現行犯っすよ」
十日で釈放される微罪であった。短い時間であったがすぐに打ち解けて最終日を迎えた。
昼頃には釈放されるとのことで孫が浮き足立っていたのを覚えている。
「早くタバコ吸いてーな、酒呑みてーな」
朝から幸せそうな表情を浮かべていた。
すると、突然、鷹さんが孫にプロレス技を仕掛けたのだ
しかし、私とサトシくんは驚かなかった。なぜなら自分たちが何度も受けていたからだ。
鷹さんは三度の飯より身体を動かすのが好きな人だった。暇さえあれば筋トレ、腕相撲、プロレスに誘ってきた。なのでこの時も特に気にしていなかった。
しばらく二人がドタバタやっていると、ふいに鋭い金切り声が部屋の空気を切り裂いた。
「アイヤー!!」
孫が両足をバタバタと床に叩きつけ仰向けに倒れている。左手で右肩を抑えるようにして顔面蒼白だ。私たちは最初は笑っていたがすぐに事態の深刻さに気付いた。
急いで担当さんを呼ぶと孫は病院に連れていかれた。
一時間後、
戻ってきた孫の右手は三角巾で吊られていた
脱臼だった。鷹さんのプロレス技を外そうともがいた際に外れてしまったらしい。事件化になってもおかしくなかったが孫の証言で鷹さんは処罰を免れた。
別の日にはサトシくんと口論になり胸倉を掴んだ勢いでTシャツを破ったり、面会相手の態度に憤怒しアクリル板を拳で殴りつけ轟音を響かせたり、大小様々な問題を起こしていた。
事件は留置場で起きないと思っていた私にとって鷹さんの存在は破天荒で衝撃的だった。
しかし、私自身、良くも悪くも鷹さんに振り回されたが出会えた巡り合わせには心から感謝している。
情けない発言ばかりしていた私を叱咤し励ましてくれたこと、どんどん痩せ細っていく私を心配しあんパンを分けてくれたこと、そして飾らない豪快な人間性で生きる活力を見せてくれたこと。
留置場と言う犯罪者が集まる空間で
私が一番最初に心を開けたのは鷹さんだった

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