鉄格子の内側 第7話 -取り調べ-

「あー、気持ちいい」
取り調べ室にいた私は思わず、ポロっと言葉を漏らした。
雲一つないスカイブルーにポツポツと散らばっている緑樹、足早に行き交う人々と色彩鮮やかな自動車の群れ。鉄格子で囲われた窓から見える日常の一コマが私にとっては新鮮な絵に映っていた。
「はい。おしまい」
無情にも武田さんの一言で現実に戻される。虚無感だけが心の内に残った。
取り調べは基本的に刑事と被疑者の一対一で行われる。しかし、私の場合はちがった。
二対一だった。ただし、事件の都合というより警察側の意向の意味合いが強かったと思う。
なぜなら、武田さんの隣に座っていたのは本部の刑事ではなく
所轄の地域課に所属する警察官だったからだ

私と同年の警察官

「木下、この用紙じゃ調書印刷できないだろ」
「あっ、すいません!」
「木下、高橋中隊長に例の案件を確認してきて」
「はい!わかりました!」
木下さんは偶然にも私と同年の警察官であった。地域課に籍を置いていたが刑事を目指していたので捜査をサポートする要員として特別に私の事件にだけ関わっていた。
本部の方と仕事を共にし、緊張している様子はかいま見えたが実直で勤勉な方だった。余計な発言を一切せず、私の言動をメモする書記として従事していた。たまに武田さんが
「セイに聞きたいことある?」
と水を向けると事件で気になる点など幾つか質問されたのが懐かしい。
そんな時、同年ではあるが警察官と犯罪者の構図に情けなく、忸怩たる思いでいっぱいだった。

一度だけ、木下さんの固い口が饒舌になった日があった
「セイはめちゃくちゃ漫画好きなんだろ。例えば何が面白かった?」
取り調べ中、武田さんが目の前のパソコンを閉じて言った。
幼少期から父親の影響もあり、とにかく漫画が大好きだった。暇さえあれば読みふけり、ブックオフや漫画喫茶は憩いの場の一つになっていた。地元の友人たちの間でも漫画といえば私で、読破した漫画は二千じゃきかないと思う。
それほど漫画に重きを置いていた私にとってこの質問は頭を悩ませるものだった。
うーんと、少し逡巡した後、私は答えた。
「色々ありますけど…ジョジョの奇妙な冒険ですかね。小学校の低学年の頃にクリスマスプレゼントで当時発売されていた全巻買ってもらったぐらい好きでしたね」
「ジョジョか。懐かしいな」
武田さんは遠い眼を天井に向けながら言った。
ジョジョは永きに渡るシリーズ作で幅広い年齢層から支持されている。伝説の名作といっても過言ではない。武田さんが知っているのも納得だった。
年齢差がある私と武田さんだったが
初めて一本の繋がりを感じられた
そして、二人でジョジョの思い出に浸っていると現在のシリーズの話題になった。
「あれ?ジョジョってまだやってるの?」
「どーなんですかね…週刊ジャンプじゃ、もう連載してないですけど」
二人の会話に一寸の間があいた。すると
「今は月刊ジャンプで連載してますよ」

今までずっと無言だった木下さんが突然、口を開いた
「お…おまえ、知ってるのか?」
冷静沈着な武田さんが狼狽した声を出した。
「はい。シリーズ一作目から現在のシリーズまで全て読んでますから」
木下さんは当然のように言った。
「今はどんなストーリーなんだ?」
「今はですね、主人公が───」
十五分ほど木下さんの独壇場になり、私と武田さんは純真だった少年時代の表情に戻りひたすら拝聴した。
数ヶ月間、三人で膨大な時間を共有したがあれほど木下さんが喜悦に満ち輝いていた日は他に無かっただろう───

ドライブ

一般的にあまり知られていないことだが取り調べ以外で行う取り調べがある。
それが引き当たりだ。犯行現場や犯行前後に通過したルートなどを車に乗って案内する。
勿論、私が運転するわけもなく、運転する人、証拠写真を撮る人(助手席)、指示をだす人(二列目)、被疑者の両隣に座る人(最後尾)、そしてその間に手錠と腰縄を付けられた私といった図式で行われる。
被疑者には黙秘権があるが大概の人は気分良くペラペラと喋りだす。なぜなら、缶詰め状態であった中の生活から少しでも外界に触れられると
翼を得た鳥のように解き放たれた気分になれるのだ
運動の時間は屋根が邪魔をして僅かな光線しか届かない。それに比べて引き当たりは一瞬だが車内に入る前に清天の青空を見上げられる。あの時の幸福感は今でも忘れられない。
「よし、明日は昼すぎからドライブ行くぞ。ただし、俺は一緒に乗車しないから大寺とよく話してな」
翌日、本部の大寺さんが二列目で陣頭をとり、引き当たりが始まった。
「ちゃんと飯食べてるか?」
大寺さんとは直接、接触する機会は少なかったが先の話で述べたとおり、友人たちの話をよくしてくれた。
「二度と同じ事件を起こすなよ。次はあいつらも待ってくれないぞ」
「はい。わかってます」
まるで友人たちの気持ちを代弁するかのように心に響く言葉を沢山かけてもらえた。
そして現場付近になると柔らかだった車内の空気がピリっと引きしまる。私は車内からは一切でれないので指をさしながら説明する。要所で停車させ、しゃくれの北山さんがデジカメを片手に車外にでる。
車と現場の両方が枠に写るようにシャッターを切るのだが路上駐車や交通量の多い場所だとタイミングが難しい。
車の側面や後方の窓には暗色のシールが貼られているので外からは可視されないが
通行人が不思議そうな視線を向けていたのを覚えている
そして、帰り際に言われた一言は今も心奥に刻まれている。
「しっかり、眼に焼きつけて反省しろよ」
引き当たりは私の中の様々な情動を呼び起こしてくれるものだった───

一人芝居

引き当たりとは別でもう一つ、部屋外で行われる取調べがあった。
再現である。
再現は名前のとおり、
犯行状況を一人芝居の形で演技するものだ。場所はある程度のスペースが必要なので署内の道場を借りて実施する。
とはいっても、そこまで大掛かりなセットを組むのではなく簡易的な手法で行う。
畳の上には大きめの白い画用紙が数枚置かれ、画用紙毎に具体的な名前がペンで書かれていると言う具合だ。
その中で私が眼を丸くしたのがマネキンだった。
リアルな情景を与える為に被害者役で使用される。だが、マネキンといえど人の形を成すものがいるだけで私の自責の念は息苦しいほど膨らんだ。
再現は二十枚近くの写真を場面カットで撮る。尚、再現時の写真は鑑識課の署員が撮影するのだが撮影者によって角度や寄せ方が微妙に異なり、武田さんいわく能力の優劣がはっきりとあらわれるそうだ。

この再現を始める前にくり返し言われた言葉がある
「いつでも止めていいからな」
再現の実施は被疑者によっては拒否をする者もいるらしい。裁判の際に証拠資料として使われる場所があるが写真は言葉以上に描写力がありマイナスイメージを増幅する可能性があるからだ。
私は今できる反省や償いの一つとして当然、実施したが留置場内に戻るとしばらく誰とも話したくなかった。
改めて自分の起こした犯罪の非情さを痛感させられ、いいようのない罪悪感に襲われた。

武田さんという本物の刑事

引き当たり、再現といった特殊な取り調べもあったがやはり、メインは部屋の中での取り調べだった。この時間こそが事件の話は勿論、プライベートな話まで多岐に渡って広げられた。
「この仕事始めてから体重十kg以上太っちゃってさ、なんかお腹の肉落とすいい方法ない?」
武田さんは真剣な顔でお腹をさすりながら聞いてきた。高校、大学と剣道部だった武田さんは筋肉質な身体ではあったけれども顔まわりやお腹にはでっぷりと肉がついていた。
「そうですねー。腹筋もいいですけど、そこまで肉ついてると落ちにくいので有酸素運動として長い距離歩くのがいいかもですね」
スポーツ好きであった私は会社に勤めながらもジムにも通っていたので体型は学生時代と変わっていなかった。
「それなら、ここに派遣されてきてから駅からバス使わないで往復四十分以上毎日歩いてるよ」
「朝、ご飯いつも食べてます?」
「いや、食べてない」
「それじゃ、エネルギーゼロで空焚きと同じですよ」

「じゃあ、何食べればいいの?」
「バナナ一本でも食べてから出勤してください。バナナは吸収力早いので駅に着く頃にはエネルギーに変化してますから、脂肪を燃焼させるの手伝ってくれますよ」
「おーし、わかった!早速、明日から食ってみるわ」
武田さんは満足そうに頷きながらパソコンを広げ、刑事の顔に戻っていった。
ここまでの信頼関係を築けたのは武田さんの人間性あってのことだった。刑事は公務員でありながら休みがほとんど無い。まして、本部の刑事ともなればなおさらだ。
私を逮捕した時も前日の帰宅を確認し、夜通しマンションの前に停車させた車内で待機していた事実も聞いた。
そんな生活を日常的に送っているのだから体重増加は勿論、精神的な疲弊も半端ではないと思う。実際、取り調べの中で武田さんの両眼が真っ赤に充血している時もあれば眼の下にドス黒い隈をつくっている日もあったり、パンパンに顔がむくんでいる時もあった。
それでも、いつも変わらない態度で事件に対しての熱い想いをぶつけてきたり、冗談をいって笑わせてくれた。
しゃくれの北山さんがキラリと光る左手の薬指を見ながらボソっと呟いた一言があった。
「この指輪がなきゃ、この仕事はやってらんねーよ」
彼らは、この国を守る為に命を懸けて職務を全うしているが、その根本にあるのは家族だ。
武田さんにも小さな子供がいた。稀に子供の話をしてくれる時の武田さんの顔は本人も気付いていないほど幸せそうな表情だった。だからこそ、祝日連休に取り調べがあると本当に申し訳ない気持ちだった。
しかし、忘れられない日がある。珍しく土日とも取り調べがなく二日振りに顔を合わせた日だ。今まで見たことのないくらい
こんがりと真っ黒に日焼けしている武田さんがいた
「あれ!めちゃくちゃ焼けてるじゃないですか!…子供とプールか海行きましたね?」
私が追求すると、武田さんは顔を綻ばせて照れくさそうに言った。
「ちげーよ。土日ともはりこみしてたんだよ」
この人に捕まって本当に良かったと思えた

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