鉄格子の内側 第8話 -時-

サラバ二人

ついに鷹さんとサトシくんとの別れの日がやってきた───
裁判回数は人によって大きく変わる。単純な事件は争う論点がないので一回で終わるが共犯者がいたり、否認していると証人を召喚しなくてはいけない。
よって複数回にわけられる。
この前者にあたるのが鷹さんで、後者がサトシくんだった。
鷹さんは覚醒剤使用のみの裁判だったので一回で終わることが確定していた。
サトシくんはオレオレ詐欺事件を起こしていた為、数ヶ月前から実施されていてようやく判決の日を迎えていた。

奇しくもこの裁判日が二人とも同じ週に決まっていたのだ
又、初犯の覚醒剤使用は九十九パーセント執行猶予(数年間、背中に爆弾を背負っているようなもの)が決定されていて、サトシくんも判決の日まで留置場にいるということは刑務所に行く可能性は低かった。
私は同じ部屋の二人が一気にいなくなることに寂しさを覚えたが
出会いがあれば別れがあると言い聞かせ、最後の日は笑顔で二人を見送った。
「面会くるんで何の本が欲しいですか?」
「でてすぐに面会はこれないけど落ちついたらくるよ」
二人はそう言って社会に戻っていった。実際、外にでてから面会に来る人は極々、稀な存在だった。
しかし、数ヶ月間、寝食を共にした二人には特別な感情を持っていた。
きっと二人は来てくれる。漠然とそう信じていた。
それから一週間が過ぎても、どちらも面会に訪れないと周囲からは
「もうあの二人はこないよ。今頃、外の生活楽しんでここのことなんか忘れてるよ」
現実を突きつけられたが、私は意地になって、
絶対来ます、と言い放っていた。
更に日にちが経ち、私が二人を忘れかけ始めた頃、一人の天然パーマの男が一室に入ってきた。

二人の新人

「よろしくお願いします…」
小さくかぼそい声で男は挨拶してきた。痩身で小柄な体型からは犯罪者と言うより気弱な青年の風情が滲んでいた。
男の名は三郎といい、何年も前に田舎から上京して来て、バイトをてんてんとし、パチンコで負けると空き巣におよぶ窃盗犯だった。
「空き巣にはいる店、ぶっしょくする為に夜中、ふらついていたら職質されちゃって、素直に白状して逮捕されました」
捕まった経緯をとつとつと話してくれた。
「犯行前ってことはまだ何にもしてなかったんですよね?なんで素直に喋ったんですか?」
「窓ガラス割る為にドライバー持ってて、それがバレたのもあるんですけど、どこかでこんなこと止めたいって思っている自分がいて…」
私は安堵の息を吐いた。
改悛の情を持つ人に出会い
留置場では反省や後悔の意識を持つ者は本当に少なく、居直る者がほとんどだ。
「くそー、ばれなきゃ、まだシャバにいたのに」
「状況証拠しかないのに逮捕しやがって」
「チンコロした奴、許せねー」
私がとやかく言える立場ではないけれども同じ部屋で生活をする相手はできれば己の罪を見つめている人が良かった。三郎さんはそんな貴重な一人だった。
そして、三郎さんとは同年代であったので打ち解けるまで、さほど時間はかからなかった。
「親に連絡するんですか?」
「いや、うち片親で田舎の母親に心配をかけさせたくないので止めときます。もしも、刑務所に行くの決まったら流石に連絡しますけど…」
「親を想う気持ちに同調すると同時に
犯罪者以上に親不孝者はいないだろうな…と心の中で自分自身に呟いた。
しばらく二人部屋の生活を過ごしていると三人目の男が入場した。
「源と申します。よろしくお願いします」
源さんは短く刈りそろえられた髪にどっしりとした体躯の五十歳の男であった。服役経験は四回にものぼり、ベテランと言われる人だった。
「全部、シャブなんですよ。前刑から八年止めてたのにちょっと落ちこんでしまうことがあって、つい手だしたらまた止められなくなって」
シャブが持つ依存力を感じさせる言葉だった。
更に源さんとの生活でシャブの怖さを実感させさせられる出来事があった。
「三郎くんって捕まるまでどこに住んでたの?」
源さんが何気なく三郎さんに話しかけた。
「自分は〇に住んでましたよ」

「えー、〇だったんだ。ここから結構遠いね」
私も本を読みながら、二人の会話に耳を傾けていた。
そして、数日後───
「三郎くんって、どこに住んでたの?」
源さんが真剣な表情で聞いた。
「え…〇に住んでましたよ」
「えー、〇だったんだ。ここから結構遠いね」
私と三郎さんは眼でアイコンタクトした。
しかし、目の前には本人がいるので何も言わず、その場をやりすごした。それから、一ヵ月の間で十回以上、三郎さんの住まいを聞き同じリアクションをとっているのを見て、
脳の異常を感じざるをえなかった
署の官本コーナーにはドラッグの危険性についての冊子が一部置いてある。私はそれを手に取り覚醒剤のページを開いた。
長期間、使用することにより脳の収縮や破壊といった後遺症が残る事実が明記されていた。
CTスキャンの脳の画像はいびつな形だった
一応、源さんにもそのページを見せたがへー、と他人事のような反応をしていたので残念ながら響くものはなかっただろう。

本当の地獄

私の取り調べも継続していたが、ようやく終着点を迎えた。
「セイ、この調書でおしまいだ。俺たちはまだ色々やることはあるけれど、もう調書は必要ないから取り調べもなしだ」
武田さんは椅子の背もたれに身体を預けながら言った。
私は下を向いて小さく息を吐いたがすぐに武田さんに視線を戻した。
「わかりました。ところで…移送日はいつ頃になりそうですか…?」
実は次に私が移送される場所は拘置所ではなく留置場だった。
他県でも同様の事件を起こしていた私は当署の取り調べが全て終了した段階で移送される旨を初めに伝えられていた。
本当に恥ずべきであり悔恨の念しかない。しかし、時間の針はもう戻らないのだから
今、私ができることをするしかない
「うーん…向こうの署の都合もあるからわからないけど、そんなに日にちはかからないと思うぞ。ちなみに県下一の規模の署らしいから、色々と覚悟しとけよ」
武田さんは含みのある笑みを浮かべた。
私は検察庁で聞いたメジャーリーグ級の署の話を思いだした。
暗鬱な想いがじわりと広がったが諦念した。受け容れるのみだ。
そして、ここから時間との闘いが始まった。
「取り調べがあるうちはまだいい方だよ。本当の地獄は取り調べがおわってからはじまるよ…」
裁判まで残り一ヶ月になった時、鷹さんが口にした言葉だ。基本的に元気だった鷹さんも時おり酷く憔悴しきっている顔をしていた。
私はやっと、あの時に鷹さんが言っていた言葉の意味を悟った。
取り調べがないと眼前の景色も空気も何も変化がない。更に入浴も面会もない日であれば、一日の約二十三時間を四畳半の牢屋の中で他人と過ごさなくてはならない。
このストレスといったら筆舌に尽くしがたいものだった。
又、私と他の人たちとの決定的な違いは
移送先が再び留置場で全て一から始めなおさなくてはいけないことであり、考えるだけで気が狂いそうになった。
人間の精神が壊れる前兆には沈みきった後に突如、ハイになる時が訪れると何かの本で読んだことがあったがまさに兆候があらわれていた。
「ヒャッホー!」
突然、奇声をあげながらもの凄い勢いで壁にジャンプし、三角飛びをする私がいた。
自分でも意味がわからない。なぜ、そんな奇怪な行動をとったのか。

身体が勝手に動いていたと言うべきか、動かないと脳がストレスで爆発しそうだったと言うべきか、そんな感覚だった。
医学的根拠は不明だが実際に身体を動かした後は少し落ちつきをとり戻せた。笑って付き合ってくれた源さんと三郎さんには感謝したい。
しかし、この三角飛びを何度くり返しても精神が崩壊しそうになる日があった。
土日だった。
社会にいた頃はあんなに心待ちにしていた週末が留置場では頭をかきむしりたくなるほどの苦行であった。
運動もなければ、面会も手紙の受信もない。場内全体の動きは無に等しく、
平日の二倍、時の流れを遅く感じた
あまりにも無音な空気に長時間、触れていると時空間の狭間に落ちてしまったのかと感じるほどで何度、時計の針を確認しても全く進んでいない時は、ため息しかでなかった。
そんな切迫した状態の中、私が土俵際に残れたのは二人の男の存在が大きかった。

戦友

「リューセーさん…生きてますかー」
「セイくーん…死んでまーす」
土日の夕方になると合い言葉のように一室と三室の間でこのかけ合いが飛びかった。
三室の龍清さんは歳は私の一つ上で、保険証の偽装による特殊詐欺犯だった。
入場時から己の罪を悔いているのがはた目からも伝わってくるほど消沈していた。その様子を見て、私の方から声をかけて交流を持つようになった。
この時期、被疑者の出入りは閑古鳥状態でピーク時には十五人いたのが五人にまで減っていた。
私・空き巣犯の三郎さん・傷害犯のガーナ人・特殊詐欺罪の龍清さん・売人のボブだった。
「アタマオカシクナルヨー」
「負けるなボブ!耐えるんだ!」
ボブもしきりに大声で泣きごとを口にしていて、阿鼻叫喚としていたのは私だけではなかった。
誰もが己の精神と闘っていたと思う
そして、私と龍清さんとボブの間に共通していたのは刑務所というキーワードだった。
私とボブは確定していたが龍清さんも瀬戸際に立っていた。詐欺は初犯でも刑務所に行く可能性が高い罪名だった。
だからこそ、三人の間では同志または戦友といった空気感が生まれていた。更に私たちには他の共通点があった。
待ってくれている人がいることだった。
二度と再犯をしない。当然の情意が感じられたからこそ仲良くなれたのかもしれない。
そして叱咤激励しあい耐え続けた結果、待ちに待った私の肩が叩かれる時がやってきた。

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