鉄格子の内側 第9話 -旅立ちの日-

最後の二週間

場内は土曜日を迎えていた。
他の部屋からは呼吸音一つしないほど深閑とした静けさが場内を支配している。息苦しさは相変わらずだった。
そして、私はというと…
泰然と本を読んでいた
───二日前。
「久しぶり、元気にしてたか?」
私は取り調べ室にいた。約一ヵ月振りだった。
「気狂いそうでしたけど耐え抜きました。それより、このタイミングで呼んでくれたってことは…決まったんですか?」
私は焦れる気持ちを抑えられず機先を制し言った。
武田さんも心情を察し、簡潔に答えてくれた。
「決まったよ。二週間後に移送だ」
「やった…」
ため息と同時に安堵の言葉が口から漏れた。それほど、この一ヶ月間は辛苦の時間だった。
「また来週ぐらいに息抜きと最後の挨拶かねて呼ぶよ」
「わかりました」

私の最後の二週間が始まった。
そして、私の転機と共に場内の動きも活発化し、詰まっていた排水溝が突然、流れだしたかのように代わる代わる新人が入場してきた。
その流れにのって一室に入室したのが田中さんだった。
色黒で四十代のサーファーといった雰囲気ではあったが
一ヶ所だけ欠けている部分があった
左手の小指だ。
当然、野暮な質問をするほど私は命知らずではないので黙過した。
それからすぐ空き巣犯の三郎さんが執行猶予で社会に戻ると意外な人物が入れ替わりで入ってきた。
「セーイ!ヤッター!モドッテコレタゾー!」
ボブだった。例の事件から一室を強制退場させられてしまっていたが係長の粋な判断によって同部屋にしてくれたのだ。私たちは久しぶりの再会を喜びあった。
そして、ボブは田中さんに気付き挨拶すると思ったら
「オイ!ソノユビドーシタ?」
開口一番、デッドボールを投げた。私は忘れていた。
ボブが純粋無垢な外国人だったことを
ボブは悪くない…うん、しょうがない。そう自分に言い聞かせ、田中さんが気難しい人じゃないことを祈るだけだった。
「若い時、ヤクザやってたんだけど抜ける時にケジメで小指落としたんだよね。公園で子分にミノを小指の上に当てさせて、その上から自分で平べったい石でガツンとやったら小指の先がすっ飛んでっちゃって探すの大変だったよ。ハハハ」
飛んでいった物をもう一度、聞き直したくなるぐらい陽気な喋り方だった。食事中にボブが質問しなかったのを不幸中の幸いと思いたい。

あれからの二人

着々と移送日が近づく中、あの人が私の下に現れた。
「三十八番さん。一般面会です。…あの人ですよ」
えっ?私は間の抜けた声をあげた。あの人…とりあえず用意をして通路にでた。
担当さんはソっと面会人用紙を見せてくれた。
「キタ───!!」
書面の名前を見た瞬間、喜悦が爆発した。勢いそのまま、面会室の扉を開けると
「セイくん。おそくなっちまって悪かったな。約束どおりきたぜ」
ボサボサ頭じゃない、スウェット姿じゃない、端然としている…鷹さんがいた。
「た…鷹さん!まじできてくれたんですか…」
「俺は絶対、うそつかねーっていったろ」
感動で言葉が続かなかった。鷹さんと別れて二ヶ月近く経過していたのに
約束どおり会いにきてくれたことが何よりも嬉しかった
喜びに私が浸っていると、鷹さんが苦々しく言った。
「こんなおそくなる予定じゃなかったんだけど、色々あってさ…」
そこで私は初めて、サトシくんの存在を思いだした。
「そーいえばあれから、サトシくんとは会ったんですか?」
「会ったもなにも、あのクソガキに百万だましとられたよ」
「え…」
一瞬、耳を疑った。二人は外にでたら再会する話を仲良くしていたので寝耳に水だった。
「なにが起きたんですか…?」
鷹さんは憤然と説明し始めた。
「新宿に裏カジノがあるらしく、絶対稼げるっていうから、あいつに軍資金として百万渡したんだよ。俺は新宿まで行くのかったるかったから勝ち金の何割かをもらう予定で。それで何回か連絡とってると急に音信不通になってトビやがったんだよ」
「免許証のコピーとか借用書とってなかったんですか?」
「何もとってなかった。まさか、だまされるなんて思ってなかったし」
「じゃあ、それっきりですか?」
「いや、あいつ○のキャバクラのボーイやってたっていってたろ。どうせ、でてもそこで働いてるだろうと思ってはってたら見事、見つけたんだよ。それで百万返せっていったら、使ったとかいうからボコボコにしようとしたら泣きついてきたんだよ。一日待ってくださいって」
私の知らぬ場でそんな事件が起きていたとは…鷹さんは続けた。
「とりあえず免許書コピーして、翌日電話待ってたらまさかのヤクザからの電話だよ。そこで俺も完全にブチ切れて知り合いのヤクザに連絡してもうメチャメチャ。しかも今日の夜、あいつと俺とお互いのヤクザの四人で話し合いだとさ。絶対許さねーよ」
私は話の展開についていけず眼を丸くした。
「とんでもないことになってますね…でも、手だしたら執行猶予中ですし、次は刑務所ですよ。落ちついて話し合った方がいいですよ!」
なだめようとすると鷹さんは鼻息を荒くして言った。
「警察に話したけど借用書がないと事件にできないとかホザいてるから関係ねーよ。証拠がでねーようにボコボコにするだけだよ」

こうなった鷹さんを止めるのは私には無理だった。
その後の状況は私にはわからないが
留置場に集まる人間の実体を再認識させられた出来事だった

優しさの答え

移送日の三日前、取り調べにだされた。
「木下、セイにいっておきたいことあるか?」
いつもどおり、書記用のノートを両手に持ち背筋をピンと伸ばし椅子に腰かけている木下さんが私の方を向いた。
「事件の概要だけじゃわからないことが沢山、知れたよ。凄く勉強になった」
私は木下さんの眼を見ながら応えるようにゆっくりと頭を下げた。
そして、二人に感謝の意を伝えると最後に気になっていたことを口にした。
「武田さんはどーして、最初から最後までこんな凶悪犯の自分に優しくしてくれたんですか?」
なんとしてもこれだけは聞きたかった。武田さんは一瞬、意表をつかれたような表情をしたがすぐに眼を細め、諭すように話してくれた。
「俺もな、最初にこの事件の書類見た時はセイのことめちゃくちゃ悪い奴だと思ったよ。とんでもねー奴だなって。でもな、覚えてるかわかんないけど逮捕した日、俺がお前に逮捕状を見せて確認したら、お前は一切いいわけしないで自分の罪を認めたんだよ。取り調べでも最初から隠すことなく自分から全部話してくれたよな。俺らも人間だよ。どんなに悪いことした奴でも最後はそいつの人間を見るよ。もしも、お前が否認したり、嘘ついたり、開きなおった態度してたら俺もそれなりの対応とってたけどお前はちがった。だからこそ、次の署に行ってもその気持ち忘れんなよ」
自分の涙腺に猛烈な速さで水分が集まってくるのを感じた。
これが答えだったんだ…。他の人に同じ台詞を言われても何も感じなかったと思う。
ありとあらゆる犯罪者と接してきた武田さんからの言葉だったからこそ、自分の中に人としての有情がまだ残っているんだと思えた。
お前は変われる。そう言われているようだった。
私は下唇を噛みしめながら、深々と頭を下げた。

いざ、出発

───そして、三日後。
朝からソワソワと落ちつかない気分だった。出発は午前中と聞いていたが正確な時刻は明言されていなかった。
「セーイ。モーイクノ。イッチャウノ?」
私よりドキドキしている男がいた。ボブだった。
気付けば入場当時のボブを知るのは私のみになっていた。私が去れば自動的に最古参の座はボブに移り変わる。
寂しがり屋のボブにとって、自分より古参の私が支えになっていたのかもしれない。
「三十八番さん、出発です」
担当さんが扉を開け、顔をのぞかせた。
私は大きく息を吐き、立ち上がった。ボブと田中さんも一緒に腰を上げてくれた。
「田中さん、お元気で」
頑張って、と笑顔で言われ小指のある右手でギュっと握手をした。
「ボブ…」
目の前のボブは瞳を潤わせていた。私たちに余計な言葉は必要なかった。
ボブが務める年数と私では大きな差はあったがそれでも刑務所に初めて務めるという点では
私たちが持つ不安は同じだった
「また、いつか、どこかで会えたらいいね」
それだけで十分だった。お互いの健闘を祈るかのようにガッチリとハグをして部屋をあとにした。
その足で部屋をでて、三室の前まで行った。
「龍清さん、色々ありがとうございました」
「次の署でも頑張って!手紙待ってるんで」
私は小さく頷いた。お世話になった担当さんたちにも挨拶をし、こみ上げてくる熱い想いを必死に堪えながら、その時を待った。
「I will be boss!」
ボブが高らかに叫ぶ声を背中に受け、重くぶ厚い鉄の扉は開かれた。私は一歩一歩噛みしめるように場外に歩き始めた。
すると扉の外には武田さんが立っていた。私を見つけるなり、穏やかな表情で言った。

「じゃあな。反省してこいよ」
一瞬にして視界がかすんで見えた。最後の最後まで武田さんは熱く人間味に溢れた人だった。
「お世話になりました…」
唇を震わせながら言葉を紡いだ。そして、署の裏口から外に降り立ち、用意されていたワンボックスカーに滑りこむように入った。
漸進する車内でここでの生活の日々を縫い合わせるように一つずつ思いだしていった。
別れ…絆…出会い…
もしも大切な人を全て失っていたら私はこの日を迎えていなかっただろう。皆が支えてくれたからこそ、再び生きる道を歩みだせた。
人は一人では生きられない。私はこの言葉の意味を心底、痛感させられた。
そして、私の新しい人生の第一章は終わり、今日から第二章が始まるんだ───

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