鉄格子の内側 第10話 -県下の留置場-

呼称番号

「で…でかい」
車内から見えた建物は数時間前にあとにした前署より遥かに豪壮とそびえていた。県下一の規模は伊達ではなく想像以上であった───
「全部、服ぬいで、これ着て」
私は留置場内の別室にいた。恒例の身体検査ならび所持品の仕分けだ。
「うわー、荷物多いなー」
目の前には三人の担当さんがいて、私が前署で肥やしたダンボール三箱分の荷物を慣れた手つきで仕分け始めた。
「あー、これもダメ、これもダメ」
前署で使用できた服や本が片っ端から場外保管になり、私が不満そうな顔をのぞかせていると
「前の署でどーだったか知らねーけど、ここにはここのルールがあるから」
高圧的な口調で言われ、はいと返事をすると同時に
改めて新しい署に来たことを実感させられた
「これがここでの呼称番号になるから」
手渡されたサンダルの甲の部分にはガムテープが貼られていて、黒く太い文字で数字が書かれていた。
───三百八番
あっ、と声が口から漏れた。私は即座に前署での呼称番号を頭に浮かべていた。
───三十八番
これは偶然なのか…。今年、三百八番目の被疑者というだけの数字ではあるが何ともいえぬ情動を覚えた。

そして、本署で起こる奇縁な偶然の数々に驚かされるのはもう少し先のことだった

機械だらけの留置場

「じゃあ、部屋に案内するからついてきて」
担当さんについていくと、仕切りで隔離された薄暗くひっそりとした部屋に案内された。
私は思ったことをそのまま口にした。
「…ここって少年房じゃないですか?仕切りもあるし…」
「そうだよ。ただうちは滅多に少年あずからないから、あんまり関係ないけどね。とりあえず今、表がパンパンだから空くまでここで生活して」
「表?全部で何部屋あるんですか…?」
「表が十四で裏が三の合計十七室だよ」
「じゅ…十七ですか!?」
私は驚嘆した。前署の六室に対し、約三倍の規模に。しかもそれが満員ということは何十人もの犯罪者がここに収監されている事実を如実に物語っている。
そして、促されるように無人部屋の中に入ると
「用がある時はインターホン押してね」
一言告げて、担当さんは足早に立ち去ってしまった。一人になった私は辺りをゆっくりと見渡すと扉の真上(外側)に信号機のような機器を発見した。赤いランプが点灯している。視線をそのまま真下に降ろすと名刺サイズのインターホンが眼に止まった。
更に天井の角から監視カメラが悠然と見下ろしている。
なんだここは…。猛烈に息苦しさを感じた。
それから、一週間もしない内に
表側の空室に移動した
「新しい部屋はこの十一室だから」
裏側の部屋とのちがいはインターホンとカメラがないだけで大きな差異はなかった。
しかし、それ以外が
別次元の世界だった
まず驚いたのは部屋の前の通路の広さだ。学校の廊下ほどの幅で長さは三十メートル以上に及んでいた。部屋は数珠つなぎで配置されていて、一室は遥か彼方だ。
又、通路の天井にはミラー監視カメラが眼を光らせている。
そして、担当さんが事務仕事をする為のむきだしのデスクワークスペース(通称:担当台)がどこの留置場にもあるのだが本署は規模がちがった。
担当台は床より一段高く造られていて、カメラモニター・電気スイッチ・インターホン作動式ランプ・全被疑者の番号札(部屋毎に分けられている)など、さながら宇宙戦艦の司令部の様相を呈していた。ただただ、唖然とした。

前署とのギャップはこれだけではなく、順をおって説明しようと思う。

担当さんの名前は…外国人

「この街は犯罪都市だよ」
担当さんの冗談めいた発言も本署では真実であり、年間四百人以上の犯罪者が出入りしていた。勿論、四百人を収容できるスペースはないので逮捕と釈放の無限ループで均衡が保たれていた(女性と少年は別署に預けられていたので成人男性のみだった)。
そうなれば自動的に担当さんの業務は忙しくなり、勤務人数も増加する。
前署では三グループ制(順転勤務)の一グループ二人で回し、本署は三グループ制の一グループ五人体制だった。
尚、担当さんたちもプライバシーの保護上、お互いを名前では呼び合わず番号・アルファベット・階級・役職など呼び合う。
「イチイー(一E)、サンエーカカリチョウ(三A係長)から引きつぎ内容聞いてる?」
「ニービーブチョウ(二B部長)、ニーシー(二C)が呼んでたよ」
前署は一番長さん(巡査長)、二番部長(巡査部長)などで簡単に覚えられたが流石にアルファベットまで登場すると外国人の名前にしか聞こえなかった。
とは言っても本署でも全員の呼称と顔が一致するぐらいの期間、生活することになるのだが(階級は下から巡査・巡査長・巡査部長・警部補・警部・警視…警視総監)。

食事の喜び

次に食事だ。
前章で述べたとおり七キロ減量してしまった私ではあったが本署に移送されてからは、ほぼ標準体重に戻ることができた。
それもそのはず。
弁当のボリュームが段ちがいだった
本署で初めて弁当の蓋を持ち上げた時、思わず感嘆した。
「おー!」
光輝燦爛たるおかずの数々や白米が所狭しと身を寄せあっている姿は感無量だった。だがしかし…
「ここの飯、くさってるよね」
「わかる。まじ、マズい」
当然のように揶揄する者もおり、
舌を敏感にする前に自分の立場を俯瞰しろと言いたい気持ちをグっと抑えた。
この時、私と同じ気持ちを抱いていたのが同時期で入場した十四室のシンさんだった。
「あいつら、何いってんだろうね。ここの弁当めちゃめちゃ旨いじゃん」
シンさんは窃盗犯で四十歳には見えないほど若々しく、筋骨隆々の男だった。最終的にシンさんが最古参になり私が二番手になるまで長い時間を共有した。
そして、食事の充実度はこれだけではなかった。
なんと昼には弁当ではなく食パン三枚と牛乳(カフェオレと交互)のメニューだった。この食パンの厚さは社会でもお目にかかれないほど厚切りだった。
又、日替わりでチョコ・ジャム・ハチミツ・ブルーベリー・オレンジ・アップル・ミックスといった付属品がつくほど至れり、尽くせりの配慮がなされていた。
犯罪者という立場で複雑な心境ではあったけれど本署の食事には素直に喜びを噛みしめた。

入浴と運動

本署の入浴は四、五人が一遍に入る形式だった。若干の時間差があるとはいえ、何人もの犯罪者が同時に入浴すればいさかいが起こらないわけがない。
「ちょっと、おとうさん!身体洗わないで入ったでしょ!チャポンは駄目だよ!」
たびたびこの光景を眼にした。先に洗う派(八割)と浸かってから洗う派(二割)。
後者は別名チャポン派とも言われていた。
私は前者だったので指摘を受けることはなかったが入場したての新人でチャポンしてしまうと周囲からのブーイングが凄まじかった。
運動場は正方形のボクシングリングほどのスペースが設けられていて広々としていた。
一度に四、五部屋づつだしてくれるので、にぎやかな場に変容した。
我が十一室の隣の十室に入室した竜虎さんはアマチュアの総合格闘家だった。

「シュシュシュシュ」
運動場でサンダルを脱ぎ裸足になって、シャドーし、汗をかいていた。
私も格闘技が好きだったのですぐに意気投合した。そして、もう一人この輪に参加したのが三B部長であった。
実は三B部長は場内担当になる前、異色の部署にいた
「一年中、逮捕術の訓練するところにいて制服着てる時間よりも道着着てる時間の方が長かったよ」
百八十センチ近い長身にすらりと伸びた手足。引きしまった身体をしていた。
更に驚愕の事実が浮かび上がった。
「毎年、逮捕術の全国大会があって、剣道・柔道・徒手・警棒・なぎなたとかあるんだけど俺は徒手の選手で一応、全国三位までいったんだよね」
この人だけは怒らせないようにしようと心中で誓ったのは言うまでもない。

犯罪者だってお菓子が食べたい

最後にお菓子について述べたい。
前章で記述したように留置場内のストレスは生半可ではない。
たかがお菓子、されどお菓子、一口食べるだけで信じられないほどの胆力がみなぎってくるのだから被疑者にとっては生命の源だった。
前署ではキットカット・かぶき揚げ・カントリーマアムなど著名な商品が購入できた。注文用紙から選べたので金銭や舌と相談し、己々好きなように選択した。
しかし、本署は福袋形式だった。
「うちはね、お菓子は詰め合わせだから選べないよ。一律千円で週によって少しだけ中身は変わるけど」
「何が入ってるんですか?」
「色々あるけど、チョコ・せんべい・ようかんとか。あっ、ちなみに食べれる時間は決まってて十五時から十五時半の三十分間だけだから」
「え…取り調べにでてる場合はどーなるんですか?」
「そしたら、食べれないよ」
ということでお菓子を購入したはいいが滅多に食べれず、稀にお菓子にありつけると桃源郷に足を踏み入れたかのような幸福感に包まれた。
そして忘れてはいけないのが
ここが留置場でお菓子を食べるのが犯罪者という構図だった
「おい!これなんだ?」
面会や取り調べで部屋をでると担当台の前で身体検査をされる。
お菓子のかりんとうを丁寧にトイレットペーパーでくるみ、ポッケに隠していたオッチャンはすっかり失念していた。
気付いた時には時すでに遅し、別室に連行されていった。
三日間、本やお菓子の室内持ちこみ禁止を言いわたされたオッチャンは、しょんぼりしていたのが懐かしい。
前署と本署ではあらゆる点で相違が見受けられた。
入場当時はギャップに苦しみ孤独感に苛まされたが次第に自分を取り戻すことができた。
しかし、甘かった。

本署での本当の闘いはまだ始まってもいなかったのだ

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