鉄格子の内側 第11話 -エースは伊達じゃない-

二人の本部刑事

白い壁に大きな机、黒いパソコンに四角いプリンター、パイプ椅子に鉄格子がついた窓。
そして、眼前にはピッチリスーツにビビアンのネクタイ、金色のオメガの懐中時計を身に纏った男。
「俺の名前は反町。今日からよろしく。一緒に事件と向き合っていこうな」
初めて反町さんと顔を合わせた日、その第一印象に驚いた。
若い、オシャレ、そして…髪型に。
ロッドの大きいパーマに左右の耳から上、五センチほどを大胆に刈り上げたツーブロックスタイル。黙っていればアパレルメーカーの社員…と言いたいところだが、やはり
眼光が一味も二味もちがった
前署の武田さんが肉食動物の眼だとすれば、本署の反町さんは猛禽類のような鋭い眼を持っていた。取り調べの要所で向けるまなざしは心中の考えを鉤爪で鷲掴みにされている感覚さえあった。
そして、若いといえど選りすぐりの本部刑事であり末恐ろしいエースだった。
数ヶ月間に及ぶ取り調べで反町さんの能力の高さをまざまざと見せつけられるがそれは後にして、
もう一人の刑事を紹介したいと思う
「一A係長、福井警部って知ってます?」
一年前まで所轄の刑事をしていた一A係長に質問した。
「知ってるもなにも、福井警部を知らない刑事はモグリっていわれるぐらい県下では有名人だよ」
福井警部は反町さんの上司にあたり前署でいう高橋中隊長と同じポジションの人物だった。
「はーい、お茶持ってきましたー。アイセイ、元気にしてるか?」
いぶし銀のベテラン俳優のような風体でとにかく場をなごませるのが上手かった。
本署では本部刑事二人と所轄の刑事一人の三人体制で取り調べは反町さん、引き当たりと再現は所轄の刑事と福井警部が行ってくれた。
「よし。今日の再現はおしまい!道場だし身体動かしても大丈夫だぞ。中にずーっといたらなまっちゃうだろ。ほら、スクワットとかどーだ」
フンフン言いながらスクワットを始める福井警部。前署で刑事の人柄にとことん胸をうたれたが本署でも同様だった。
「俺の刑事、すげー威圧してくんだよ。ファイルを叩きつけてキレてくるし、口わりーし、まじムカつく奴だわ」
「この前、取り調べの最後の日に一応、お世話になった挨拶したら、たたけばまだまだホコリでてくるだろうし挨拶なんてしなくていいからとかいわれたし」
大半の被疑者は担当刑事の不満を口にしていた。
第三者なので彼らの話が真実かはわからないが
反町さんと福井警部にいたっては疑いようのない人格者だった

偶然という名の運命

武田さんと反町さんに共通している部分はメリハリだった。事件の話の時は眼が変わる。
細かい質問をし、眼球の動き、挙動、呼吸、言葉のリズムをじっと観察し、膨大な経験から得た刑事特有の彗眼で私の心理を読みとく。
「今、なに考えてた?」
反町さんがパソコンに向かって調書を作っていた時だった。
パソコンの画面から視線を外さず、突然言われたので私は驚いた。
いつもは無心で壁を見つめているのだが、この時は親との思い出を回想していた。
「どーしてわかったんですか…?」
私は理由を聞いた。
「いつもの眼とちがった。まばたきしてない時は本当に考えごとをしている時だよ」
見ていないようで細かな変化を見逃さない。
一流の刑事の前ではどんな虚言もいともたやすく看破されることを確信した
しかし、一段落つくと眼を三日月のように細め、沢山プライベートな話をしてくれた。
「前の署の調書、全部眼をとおしたけどアイセイもバイク好きなんでしょ?俺も好きなんだよねー」
私と反町さんは年齢が五つしか離れておらず、お互いの趣味など重なる部分があった。
更に偶然、地元も同じでツーリングトークに花が咲いた。
「わかります!あそこら辺、バイクで走るとめちゃくちゃ気持ちいいですよね!まさか、こっちの署でこんな話できると思いませんでした…凄い偶然だ」
私が驚きを口にしていると反町さんが片方の口の端を持ち上げながら言った。
「アイセイ…もっと凄い偶然が起きてるぞ」
「えっ、なんですか…?」
私は首を傾げながら反町さんを見つめた。全く見当がつかなかった。
「これ…まだ、いいたくなかったんだけどな…まぁいいか。聞いたら驚くぞ」
反町さんは私を焦らすように十分な間をとって言った。衝撃の一言を。
「俺の誕生日、○月○日」
「え───!!」
自分でもぎょっとするほどの大声が口からでた。
「俺、捜査担当になってアイセイの個人情報を確認してたまげたもん」
「まさかの誕生日が一緒なんて奇跡起こるんですね…」
私は不思議な感覚に包まれた。
「俺がアイセイの担当になっているのも一つの運命だと思うよ」
運命か…。呼称番号に続いて誕生日。何かが点と点で繋がっているような気がした。
眼では見えない力によって───

エースたる所以

「ここ、昼はパンらしいじゃん。美味しいの?」
「美味しいですよ!特にハチミツの日は最高ですね」
───後日。
「ハチミツは旨いけど伸びがよくて、パンからたれちゃうな!それにしてもここの食パンぶ厚くないか?」
「えっ、食べたんですか?」
「そうだよ。やっぱアイセイと同じ物食べないと気持ちわからないじゃん。ちなみにこの事件、全部おわるまで禁酒決めてっから」
俺もこの事件に本気で向き合うからな───
初日に宣言してくれたとおり反町さんの情意は凄まじく、場内の担当さんたちも驚くほどだった。
「あそこまでする刑事って、今時いないぞ」
これだけではなかった。
反町さんの趣味の一つとしてバイク以外に読書があった。
私も逮捕されてから小説・専門書・自己啓発書などを読んでいたので、たびたび本の話題があがった。
「最近は、どんな本読んでるの?」
「今はポジティブ二千っていう偉人たちの前向きな名言が二千ワード詰まっている本を読んでます」
そんな会話をして、昼を挟み、午後の取り調べが再開すると
「あの本、本当に色々な名言詰まっててビックリしたわ」
「えっ、まさか、さっきの昼の時間に買ってきたんですか?」
そうだよ、気になったから。二言で片付けてしまうこのバイタリティーを持ち合わせている刑事はどれほどいるのだろうか。感服するしかなかった。
又、私生活でも私を唸らせた。
「本部にいたら凄い忙しいと思うんですけど、いつ本読んでるんですか?」
ふいに湧いた疑問を口にした。
「俺、電車とバス通勤なんだけど車内で携帯一切いじらないんだよね。その時間が勿体ないじゃん?だから常にカバンの中に本を三冊いれてて、その日の気分で好きなの選んで読んでるんだよね」
「へー、全部小説ですか?」
「いや、ちがうよ。小説と自己啓発書と警察関連の専門書。おかげでカバン、パンパンだけどね」
私はこの話を聞き、
身体に電流が走るほど感銘を受けた
社会では右を見ても左を見ても暇さえあれば携帯電話をいじり有限ある時間を無駄に消費している人ばかりなのに、反町さんは本部刑事と言う睡眠時間さえロクにとれない立場にいながらも
毎日を己の成長に費やしていることに
忙しくて時間が足りないと言い訳している人に聞かせてあげたいくらい私の琴線に触れる発言だった。
そして、仕事の部分でも色濃く反映されていた。
「この時の感情は?通りの道路の幅は?周囲の雰囲気は?」
とにかく細かかった。勿論、武田さんの取り調べが拙速というわけではないが反町さんの取り調べはこちらがげんなりするほど細々していた。更に私が検察庁に呼びだされた翌日は午前中いっぱいを使って、検事の発言を聞かれる。
「検事なんていってた?」
「○や○の部分を聞かれましたよ」
「あー、そこか…ちくしょー。確かにその部分、調書に書かなかったところだ」
一人言のようにブツブツ、反省の弁を述べ悔しそうな表情を浮かべる。
向上心の塊とはこのような人を指すんだろうなと思ったことは言うまでもない。
又、反町さんの特筆すべき点は遮二無二なって突っ走るのではなく応用力を兼ね備えている点にあった。
「俺、車に乗る時カーナビを地図タイプにして見るんだ」
会話の流れからカーナビの話になった時があった。
「どーいうことですか?」
「普通の設定だと車は常に上方向に進んでいくでしょ。たとえ、右左折しても自動的に修正されて」
確かに、と私は頷き頭の中にカーナビの絵を広げた。
「でも、それやっちゃうと自分が県や市って言う大きな枠の中でどこにいるのか、漠然としかわからなくなるんだよね。だから他の現場から、急に無線はいってもナビを設定しないと走れない。そんなことしてたら犯人逃げちゃうじゃん。カーナビは便利だけど百パーセント頼ってたら刑事としては失格だと思う」

「なるほど…それ皆やってるんですか?」
「いや、俺より若い刑事は全々だめ。皆、ナビ設定してから車だそうとするから、そんなんじゃ犯人逃げちまうぞって叱ってる」
「うーん…確かに地元の市なら自分もナビ使わないで目的地に行き着けますけど県となったら厳しいですね…」
「昔、先輩に口酸っぱくいわれたんだよね。走りながら周囲を観察して目印を作れ。そして地図と照らし合わせて、道を覚えろって。それからナビが普及されはじめたけど全て頼るんじゃなくて地図タイプにしてナビと周囲の目印で確認するようになったんだ。おかげで、今じゃめちゃくちゃ早く現場に急行できるようになった!」
真剣なまなざしで語る反町さんは、まぎれもなく誇り高い警察官だった。
世の中では警察官の不祥事ばかり取りたてられているがこんなにも素晴らしい人間がいることを私は忘れない。
刑事と被疑者の関係ではあったけれども反町さんから学んだものは私にとって、
今でもかけがえのない財産だ

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