鉄格子の内側 第16話 -生還者-

新年の余韻を新聞の紙面に残しながらも、場内はいつもどおり変わり映えのない世界に戻っていた。
唯一、変化があらわれたとすれば一番二番などの一桁台の被疑者が入場していたことだ。
「おっ、今年の福男だ!」
「三番だから、長嶋茂雄だな」
暇を持て余しているベテラン被疑者からすれば格好の暇つぶしだった。
私はそんな彼らを遠目で見ながら、自分に対して恥ずかしさ悔しさを覚えた。今さら、己の罪をどれほど反省しても犯罪の事実は一生消えることはない。服役したからといって終わりではないのだから、
永遠に彼らと同じ立場の人間だ
自らが招いた種とはいえ、罪責の念を持ち合わせていない集団の中にいるといいようのない孤独感が打ち寄せてきていた。
前署の売人ボブと特殊詐欺犯の龍清さんを思い出し、寂然とした想いが強まっていった。

ボブの判決は○年

実は本署に来てから龍清さんと何通か文通をしていたので二人の状況は把握していた。
「外国人は日本人より重い判決討たれるから七、八年は覚悟しといた方がいいぞ」
窃盗犯であり、皆の相談役であった二室の太さんが以前、ボブに言った助言だった。
ボブは何度もホントニ?とくり返し聞き、最後には大きな肩を震わせ涙を流していた。
「オクサントノコドモ、アキラメタクナイ…」
新婚二年目だったボブの夢は奥さんとの子供を授かることだった。私には返す言葉が見つからなかった。
龍清さんからの手紙でボブは判決日を留置場で迎え、既に拘置所に移送されたことを知った(外国人は判決がでてから拘置所に移送されることが多かった)。
そして、ボブの判決年数は…五年だった。
反省の態度や情状証人として奥さんが法廷に立ってくれたことが影響し、予想を大きく下回る結果になったのかもしれない。
ボブの事件は直接的な被害者はいない。しかし奥さん国で心配している家族こそが被害者の一人だ。きっと今回の逮捕でボブも痛切したはずだ。
たった数ヶ月しか一緒に生活しなかったがボブが心から家族を愛している気持ちは十分に伝わってきた。写真を見ながら涙を澪す姿も何度も眼にした。ボブは二度と同じ過ちを犯さないと私は信じている。待ってくれている人が一人でもいる限り、人は変われるのだから───

家族の絆

「体調はどうだ?」
「大丈夫」
私は面会室にいた。アクリル板を挟んで正面の椅子に座っているのは父親だった。
仕事の合間をぬって二週間に一度の頻度で会いに来てくれていた。
地元から離れた本署で心を許せる貴重な時間であった…と言いたいのだが今の状況で父親と二人っきり(横に担当さんはいるが)の十五分間は嬉しさ半分、緊張半分の複雑な心境だった。
楽しくお喋りする場ではない上に親として厳しい言葉をかけてくる日も勿論、あった。己の愚行によって親にかけている迷惑は計り知れない。肩をすぼめ、うつむきながら謝るのが精一杯だった。
「じゃあ、また来る」
それでも、忙しい中、必ず二週間に一度会いに来てくれていた父親の愛情は言葉以上に心に染みこんでいった。
そして、もう一人、本署の面会室にたびたび顔をだしてくれたかけがえのない存在がいた。
「どー、中の生活は?」
飄々とした空気をまとう男。私のだった。歳は二つしか離れておらず中学生の頃はしょっちゅう殴り合いの喧嘩ばかりしていた仲だった。
しかし、歳を重ねる毎にその数は減少していき社会人になってからは
血をわけた兄弟として私の中で大きな存在になっていた
兄は結婚し所帯を持ち、本県に住まいを移していた。
逮捕後、初めて面会に来てくれた日から怒りや悲しみの表情を見せることなく普段どおり接してくれた。兄弟だからこそ、口にはしなくても私の心境を悟っていてくれたのかもしれない。
私のせいで奥さんや親族と摩擦が生じてしまったはずなのに微塵も口にする事なく、こっちのことは大丈夫だからと言ってくれた兄の慈愛に瞳が潤んだ。
「詳しく話せないけど同じ部屋の人と一ヵ月以上会話してなくて年末はやばかったかな」
そして、兄と会話する時は肩肘はらず自然体でいれる心休まる十五分間だった。
「そっか。そーいえば二人目生まれたの聞いた?」
「親父から聞いたよ。今度は女の子らしいね、おめでとう」
新年になり、兄には第二子が生まれていた。私は心底、兄が結婚していて良かったと思った。
もし、まだ兄が独身だったら私のせいで結婚できなくなっていたかもしれない。又、そうなっていたら
親は孫を抱けぬまま一生を終わっていたはずだ
私自身、二度と当たり前の生活には戻れない。いつか社会に戻る日が訪れても甥や姪の前に姿を現すことはない。犯罪者として当然の報いであり全てを背負って生きていくつもりだ。

戦友との再会

「三百八番、一般面会」
私は父親か兄だろうと思い何の気なしに通路にでた。地元の友人とは手紙のやりとりをしていたが本署にはあまりにも遠方であるが故、面会に訪れることはないとわかっていた。
なのでこの日も担当さんが面会人用紙を見せてきたが特に意識して見ることもなく面会室に向かった。扉を開けてもらい中に入ると、まさかの人物がいた。
「うす!セイくん久しぶり!」
そこにいたのはニット帽を被り、あご髭を蓄えた龍清さんだった。私は歓声を上げて喜悦を表出した。
「うおー!本当に来てくれたんですか…こんな遠くまで…」
「手紙で、でれたら会いに行くっていったでしょ」
龍清さんは照れくさそうに微笑みを浮かべていた。
「いや、そうですけどまさか実際にここまで会いに来てくれるとは…めちゃくちゃ感動してますよ…」
数ヶ月前まで同じ立場で生活していた龍清さんがアクリル板の反対側にいるのは奇妙な感覚だった。
「本当に社会に戻ったんですね…」
私はしみじみ言った。
「なんとかね。判決四年、執行猶予五年のギリギリだったよ」
「ギリギリでしたね…」
執行猶予五年という数字は大げさではなくどちらに転んでもおかしくない数字だった。
更に龍清さんは判決日を留置場ではなく拘置所で迎えていた。前章で記述したように拘置所に移送されることは
刑務所への階段を着実にのぼっているのと同じだった
私のように必ず刑務所に収監されるのが決定している者と瀬戸際に立っている者では心の置き方が微妙に変わってくる。理屈では理解していても肚を括れず外の生活が頭をよぎってしまう。
もしかしたらの六文字が常に頭の片隅から離れない。だからこそ、苦しい。そんな葛藤を龍清さんも味わっていたのだろう───

最後の一言の意味

「拘置所の生活、どうでした?」
私は拘置所の生活が気になってしょうがなかった。噂では沢山、耳にしていたが現在の事情が知りたかった。いくら情報を聞いても慣習が変わっていれば意味がない。
又、私は本署の取り調べが全て終了したら地元の拘置所に移送されることが決まっていた。
それもあって、龍清さんの生の話に飢えていたのだ。
「飯が温かくて最高に美味しいよ。みそ汁もでるし、留置場の弁当より量も多いよ」
「やっぱり、食事は拘置所の方が美味しいんですね…そーいえば、部屋は独居雑居どっちだったんですか?」
留置場は部屋の広さが多少変わるぐらいで大きな差異はないが拘置所は独居(一人部屋)雑居(集団部屋)では部屋の造りからフロアまで完全に異なることを聞いていた。
「俺は雑居で六人部屋だったよ」
「六人かー。多いですね…問題なかったですか?」
「いや、雑居はやばいよ…絶対に独居の方がいいよ…」
龍清さんは苦虫を噛みつぶすような顔をのぞかせた。その意外な答えに私は驚いた。
「えっ…なんでですか…?」
「部屋の人間関係が本当にめんどくさい…。合わない人間がいると皆で口裏合わせて飛ばすんだよ」
「とばす…?」
私は聞き返した。龍清さんは頷いた。
「担当さんに告げ口して、部屋から追い出すこと。俺、一ヶ月ぐらいしかいなかったけど部屋から一人飛ばすのに関わっちゃったもん…」
嫌なことを思いだすように龍清さんは言った。私はその実情に息をのんだ。
「そんなことが拘置所でもあるんですか…刑務所じゃないのに同じじゃないですか…」
ベテランの被疑者たちが話す刑務所の内容と重なるものだった。やはり、どの世界でも人間関係の問題について離れられないらしい。私はうんざりした。
「一緒だよ…でも、セイくんなら大丈夫!やっていけるよ!」
暗鬱な表情を見せる私を励ますように笑顔を向けてくれた。
「そうですね…やっていくしかないですもんね…!」
自分に言い聞かせるように返した。
その後、お互いの近況を報告しあっているとあっという間に終了を知らせる電子音が鳴った。すると、
龍清さんはまっすぐ私の瞳を見つめて口早に言った
「拘置所に移送されたら教えてね。また会いに行くから。俺、本当にセイくんが出所するまで待ってるからね」
そして、龍清さんは笑顔で去っていった。
私は部屋に戻り、龍清さんの最後の一言の意味について想いを巡らせていた。
実は同じ台詞を三人の被疑者から言われていて龍清さんは四人目だった。その三人共、既に社会に戻ってはいるが言わずもがな音信不通の状態で私の中では過去の人たちとして風化されていた。
なぜ、出会ったばかりの犯罪者に対してそんな大言壮語な言葉をかけるのか私にはわからなかったが押し潰されそうな不安苦しみの中でもがいている私にとって悪魔の囁きのような甘い言葉だった。
まともな精神状態なら信じるわけもなく右から左で聞き流しているはずなのに、心のどこかでは期待してしまっている愚かな私がいた。そして、勝手に裏切られた気分に陥り、げんなりするのが常だった。
龍清さんも彼らと同じなのか…。私には真意が読めなかった。
勿論、一般の人の見解からしたら犯罪者同士が社会で再会すれば新たな犯罪の火種を生むだけだという考えも十分に理解しているつもりだ。実際、鷹さんとサトシくんのように仲間内でさえ、相手を騙し詐欺をはたらく事件も起きていたのだから。
しかし、私のような凶悪犯が出所するのは遥か先で想像するのさえ難しい。そんな人間の為に時間と労力を使って差し入れの本まで持って笑顔で会いに来てくれる龍清さんは疑わしき人なのか。
出会った場所は畜生がはびこる世界かもしれない。私を含めまともな人は皆無に等しい。
それでも互いが
二度と犯罪に手を染めないという強い意志があれば戦友から友人になれるのではないか。
私はこの出会いを運命だと信じたい。

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