鉄格子の内側 第17話 -崩壊-

同罪名の男

求刑三十年、判決二十九年───
一通の手紙に視線を落としたまま私はその場で固まっていた。はっと我にかえった時には手紙の両端はしわくちゃになっていた───
手紙の送り主と初めて出会ったのは数ヶ月前の前署時代、検事に取り調べで呼ばれた日だった。ギャーギャーと騒ぎ声が飛びかう部屋で私たちは隣同士に座っていた。
「おにいさん、なにやられたんですか?」
長髪で二重まぶたの眼が二枚目俳優を思わせる男は突然、口を開いた。私は一呼吸おいてキレの悪い言葉を返した。
「重たい罪名なので、ちょっといいづらくて…すいません」
男は何かを考えるように一瞬、宙を見つめた。再び視線を私に戻した。
「どこの署から、きました?」
男の口調は柔らかなもので、嫌な気はしなかった。今度は、はっきりとした口調で答えた。
「〇署です」
私の言葉を脳内で噛みくだくように〇署、と声にだして復唱している。すると、突如、男の表情は一変した。確信に満ちた顔で私を再度、見つめて小声で問いかけてきた。
「もしかして…〇事件のアイカワさんですか?」
身体に電流が走った。初めて会って二言ほど会話をしただけで私の素性が発覚するなんて想像もしていなかった。うろたえている私を見て、男は満足そうに言った。
「やっぱり、当たってましたか!」
「ど…どうしてわかったんですか?」
なぜ?という疑問で頭はいっぱいだった。部屋を見渡しても同署の人はおらず、自分で公表しない限り知られるはずはない。まるで見当がつかなかった。
しかし、男が口にした答えは意外なほど単純な内容だった。
「実は…俺も同じ罪名なんです。なのでアイカワさんの事件が新聞に載った時、眼にとまってよく覚えてました。重たい罪名っていったのでもしかしたらと思って署聞いて、名前を思いだしました」
男は小声で丁寧に説明してくれた。私がいた署では切り抜かれていた為、内容を読むことはできなかったが男は鮮明に記憶していたらしい。
理由が判明すると少し、ホっとした。ここにいる全員が私を知っているというわけではなく、この男だけが私を知っていることに。
そして、その理由が同罪名という部分に不思議と親近感を感じた。署には同罪名の被疑者はおらず事件の詳細を口にすることはなかった。
自分から口にする話ではないし、
罪名が異なれば刑期も心境もちがう。傷のなめ合いをしたかったわけではないが一度でいいから同罪名の被疑者と話をしてみたい気持ちはあった。
特に思考の部分について、気になる点が沢山あり、この話題だけは誰とも共有できていなかった。
なので、この偶然の出会いは私にとって非常に貴重な時間になった。
「俺の名前は桐山です。よろしくお願いします」
話はお互いが取り調べで席を立つ時以外、止まることを知らなかった。
「〇署、三十八番帰るよ」
護送車の担当さんが迎えに来た。
「じゃあ、すみません。お先に失礼します」
私は立ち上がり桐山さんに一礼した。
「また、偶然ここで会えるといいですね」
「そうですね」
私は検察庁をあとにした。署に戻り、桐山さんとの会話を思いだしていた。
共通点があれば相違点もあり全てが重なるわけではなかった。罪名は同じでも事件の内容も犯罪に行き着いた背景もちがうのだから当然かもしれない。
それでも、この先の刑期という観点で鑑みれば私たちの目線はほぼ変わらなかった。
しかし、一点だけ大きな相違点が生じていた。
桐山さんは再犯だった───
三年前に十年間の服役生活を終え、出所していたばかりであった。
裁判員裁判制度が施行される前で今よりも大部、寛容な判決年数だったと思う
そして、三年経ち桐山さんは再び過ちを犯した。私には理解できなかった。十年という年月は決して短い時間ではない。自分の罪を悔い改める時間は沢山あったはずだ。
「どうして、また事件起こしたんですか…?」
私は顔色をうかがうように質問した。出会ったばかりで失礼なのは重々、承知していたが聞かずにはいられなかった。
桐山さんは少し考える素振りを見せた後、答えた。
「うーん…なんというか、すべてがどうでもよくなった…感じですね…」
なんともいえぬ情動が胸の内に広がった。とてもじゃないが、それならしょうがないですねと納得できる答えではなかった。人のことは言えないがあまりにも自分勝手な動機に聞こえた。

年数の重み

そこまで至った経緯も聞きたかったが流石に初対面ではここが限界だった。
それから、しばらく経った後に桐山さんから手紙が届いた。突然の手紙で驚いたが桐山さんにとっても同罪名の私は気兼ねなく話せる存在だったのかもしれない。
私も桐山さんとだったら外にでることばかり考えている他の人とちがい、刑務所の生活を大前提にした会話ができるので楽だろうな、と思い気軽に返信した。
そして、もう一つ理由があった。

桐山さんの判決年数を聞きたかったのだ。私より逮捕が早かった桐山さんの裁判は年明け後に控えていた。正直気になった。私と同罪名の再犯者はどれくらいの刑期になるのか。
桐山さんをもの差しに使うようで申し訳なかったが本人自ら、私の心情を察してくれ、判決でたら知らせますよと申しでてくれた気持ちに甘えさせてもらった。

その判決結果が冒頭の年数だった
現在、有期刑の最大年数は三十年に改定され限りなく最大上限に近い年数であった。
噂では聞いていたが実際にこれほどの判決がだされるとは自分のことのように愕然とした。
桐山さんは、手紙の中で予想どおりの判決なので特に驚きはないです、とたんたんと心境を綴ってきた。強がりではなく本音だろう。再犯を犯した時点でこの結果は見えていたはずだ。今後の人生をどう生きるのかは本人にしか見えない遼遠で険しい道のりだ。
そして、この結果を知ってから私の心にも高波が立ち始めていた。

自分も同じぐらいの判決年数になるのでは───
「弁護士は保険のために多く見積もって年数いってくるから、実際は十五年とかでしょ」
多くの被疑者から言われた言葉だった。素人が楽天的に考え、根も葉もない根拠から並べただけの数字なのに私の中では確信的な年数になっていた。二十年以上という弁護士の言葉を胸奥に封じこめ、十五年こそが正式な予想年数だとマインドコントロールすることで正気を保っていた。
馬鹿げているかもしれないが私にとって二十の桁ではのしかかってくる重みはまるでちがった。

だからこそ、二十九年の数字は私を震えさせるには十分だった

新たな弁護士

もやもやとする日々が続いた。何をしていても上の空で二十九年という数字が頭から離れなかった。意を決して弁護士に桐山さんの情報を話して、もう一度、年数を聞いてみよう。そう思いたった。
その発想に着地したのには一つ理由があった。
「はじめまして、菊川です」
本署に入場してから岩山先生ではなく、新たな女性弁護士が来ていたのだ。この出会いにも奇縁な力を感じざるをえなかった。
私が本署に移送された二日後、再び新聞に掲載された。その日の夜に一人の女性弁護士が私を訪れて来た。
「突然で驚いていると思いますが〇県は裁判員裁判に該当する事件で新聞に掲載するような大きな事件の場合、弁護士会に登録されている弁護士が署に出向いて、最初の一回だけ無料でサポートする制度になっています。それに私が選ばれて本日お伺いしました」
女性弁護士は感情を一切、表出することなく能面のような表情で言った。私は突然の見知らぬ弁護士の来訪で面をくらったが理由が判明し、落ちついて切り返した。
「来て頂いた理由はわかりました。ありがたいんですが、既に前署から継続で私選弁護士と契約しているので大丈夫です」
「わかりました。ちなみに契約している事務所と弁護士の名前ってわかりますか?」
私は報告の際に必要なのかと思い、正確に伝えた。すると能面のような顔は破顔し、女性弁護士は大きく驚いた表情した。
「あー!岩山先生か!」
「知っているんですか…?」
「県はちがうけど、事務所同士で懇意にさせてもらっている仲でよく知ってるよ…凄い偶然だ…」
弁護士業界で県をまたいで関係を持っている事務所はそう多くないだろう。それに加えて、この偶然。四度目か…と心の中で私は呟いた。
しかし、もう二度と会うことはないだろうと思い二、三の言葉を交わして部屋をあとにした。
数日後、岩山先生が訪れた。
「菊川先生が偶然、来たらしいですね…実は彼女、裁判員裁判の経験が豊富でよく参考にさせてもらってるんですよ。普通の裁判とちがって、特殊な色あいが強いので、なかなか難しくて。それでですね…もしも、アイカワさんの方で差しつかえがなければ彼女に今回の事件の同じチームに入ってもらおうかと考えているんですが…。彼女の事務所もこの近くですので私たちより頻繁に訪れることが可能ですし、どうでしょうか…?」
予想外の提案に虚をつかれたが断る理由はなかった。ただし、一点を除いて。
「そうですね…付加のお金は発生しないですか?」
「それは大丈夫です。今までどおりの契約で、ということです」
「それなら、是非お願いします」
こうして思いもよらぬ形で菊川先生が弁護団の一人として加わった。

現実の年数

その後、バトンタッチした菊川先生が定期的に本署を訪れるようになった。
「こんばんは。取り調べはどんな感じ?」
能面のような表情は何度会っても変わらず気付けばタメ口が定着していた。
「順調にすすんでると思います」
「そっか。そーいえば、前署の資料、よーやく全部に眼とおしたけど相当長くはいることになるね」
平然と言い放つ菊川先生。初めて会った日から威圧感は感じていたが会う度に強度は増していった。切り捨てるような物言いで何度も冷たい視線を向けられた。しかし、岩山先生とちがって
辛辣な言葉を容赦なく浴びせてくる菊川先生は貴重な存在だった
竹を割ったようなはっきりとした性格の菊川先生なら私が今、抱えている悩みにもズバっと答えてくれるはずだ。間違ってもオブラートに包むことはないだろう。
私は大きく息を吸った。
「一つ…聞きたいことがあるんですけど…」
「はい。どうぞ」
ごくりと唾を飲み込んだ。そして、一気に言った。
「実は同罪名の再犯者と手紙のやりとりをしていて、最近その人の判決がでて求刑三十年の判決二十九年でした。正直…自分はどのくらいになると思いますか…?」
菊川先生は一瞬、間をあけて、すぐさまこともなげに答えた。
「まぁ、無期はないと思うけど二十五年はザラにあるでしょ。二十年なんて、まずありえないからね」
私は絶句した。声は喉元で凍りつき、口からヒューヒューと吐息だけが漏れた。
今まで必死に積み上げてきた生きる希望は、あっさりと倒壊し、残骸だけがむなしく心の内に転がった。

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