鉄格子の内側 第18話 -覚悟-

弦と命綱

私は部屋の天井の一点をじっと見つめていた。
頭の中で先程の菊川先生との会話を反芻していた。
二十五年…。私が心の寄りどころにしていた十五年は、いともたやすく打ち消され、新たに十年が加算された数字が現実として現れた───
「に…二十五年…そんなに年数いくんですか…?」
私はあまりのショックに現実として受け容れられなかった。死にもの狂いでしがみついていた梯子を突然、外されてしまった私は菊川先生に救いの言葉を求めていた。しかし、逆に打ちのめされる結果になった。
「それは当たり前でしょ」
「もう少し下がることは絶対にないですか…?」
「この事件は求刑の年数と判決がほとんど変わらないはずだし、それにあなたは自分のやったことわかってるの?そんなこと、あなたにいう資格はないね」
氷のような冷やかな眼で睨まれた。
「…わかってます。自分はどうなってもしょうがないです。…ただ、親の為に一年でも早く出所したいんです!」
「いや、被害者にだって親はいるから。それに本当に被害者のこと考えてたら、そんな言葉は絶対でないよ」
ビシっと正論を突き返され、言葉がでなかった。私は呆然として、うなだれた。その後も菊川先生は何か言っていたが右から左だった。空返事をしている間に面会は終わっていた。
そして、数時間前のやりとりが頭から離れず、糸の切れた人形よろしく、生彩を失った私は部屋にいた。
前署で生きようと決意した日から、ガムシャラに前を向いて生きてきた。自分が犯した犯罪、被害者の方が受けた辛苦、それは二度と消えない。
後悔より反省するしかない。その想いを第一に取り調べ室の椅子に座り続けた。
「セイくん、見てると元気でてくるよ」
「メンタル強いねー。なんで平気なの?」
「十五年も刑務所行くなんて俺だったら耐えられないよ。留置で自殺するね」
前署では人数や部屋数も少ないことが影響して、私の罪名は場内に浸透していた。よく喋る人からほとんど喋ったこともないような人まで、私に対して好き勝手な言葉を投げてきた。
その度に作った笑顔を顔にはりつけ、
前向いて生きていくしかないですよ、と言う私がいた。表向きは元気な姿をとり繕ってはいたが内心はちがった。心はズタズタで、血だらけだった。
毎日、ふとした瞬間に外の思い出が思考をかすめる。
地元の友人と駅前の居酒屋で馬鹿話に大笑いした日々。部活の帰りに友人たちと頻繁に立ち寄った大戸屋の風景。仕事の途中、同僚とコンビニでアイスを食べ油を売っていた夏の午後。元彼女がよく作ってくれたオムライスの味。
そして、家族の笑顔。そんな時は高尚めいた考えは全て消え、死にたいと思う弱く愚かな自分が姿を現した。
私は強くない。ちっぽけで心の弱い人間だ。本当に心が強い人間だったら犯罪者になっていないはずだ。
しかし、社会にいた頃の私は弱さをできうる限り誰にも見せたくなかった。
弱さを見せる事はダサイ。そんな風に思っていた。
仕事やプライベートで上手くいかない時はに逃げた。酔えば酔うほど気分は高揚し、悩みから解放されていく気がした。だが、それは幻で私は更に弱い人間になっていった。

そして、今ここにいる
だから、今の外面の私だけを見て勝手に励ましの材料にする被疑者に苛立ちを覚えた。私自身、同犯罪者の桐山さんの判決を参考にしてしまった以上、とやかく言えないが彼らの浅はかな考えに憤っていた。
ボブや龍清さんのように自らの犯罪を反省し、涙を流し、悔いる被疑者とは叱咤激励しあったが何度も逮捕され、ヘラヘラ笑っている人たちは別だ。そんな人間の元気の素にされたくなかった。
自業自得だが、私はテレビのニュースにも新聞にも載り、全ての知り合いに凶悪犯罪者の情報が行きわたった。大切なものも沢山、失った。

それでも、未だに私の更生を信じ、待ってくれている人たちを想い、必死でもがきながら毎日を生きている。眼では見えないけれども、私の心の弦は常にピンと張られていた。限界まで張られた弦はいつ切れてもおかしくなかった。
毎日が己との闘いで十五年という不安定な希望的観測に支えられていた。誰が言ったかさえも覚えていない情報にだ。端から見れば滑稽なことではあるが私には命綱そのものだった。
しかし、無情にも命綱は菊川先生の手によってばっさりと切断されてしまった───

死後の世界

私は天井を見つめたまま、何時間もボーっとしていた。
まぶたを閉じても眠ることなんてできず、心臓の鼓動だけを感じた。身も心もぐったりしているのに妙に頭だけが冴えている感覚だった。
「あー…疲れた…」
心の声が自然に口から漏れた。二十五年の数字を前にして、完全に心が折れていた。
反省も償いも恩返しも全て放り投げて逃げだすことしか、もう考えられなかった
逮捕直後の死への想いとは別物の絶望感だった。逮捕され誰にも会わす顔がないという恐怖ではなく、今後の人生を悟り、その上で生きる気力が枯渇している状態だった。
何も考えたくない───
そのまま、天井を見つめ続けた。
───部屋の照明が点いた瞬間、朝まで自分が起きていたことに気が付いた。
「三百八番。今日、検事の取り調べ呼ばれてるから」
担当さんの言葉を聞き、良かったと安堵した。普段なら極力、避けたい検察庁が今の私には有り難い空間だった。あの有り余る時間と深閑な場でさえ心地良く感じられる自信があった。
とにかく心の底から無になる時間を求めていた。
そして、私は重たい足取りで、うなだれるように護送車に乗り込んだ───
「スースースー」
夜になり私は部屋にいた。早々に隣で寝息をたてているマスゾエさん。検察庁で仮眠はとったものの今宵も眠れずにいた。
丸一日、経ったが私の精神状態は低空飛行のままだった。相も変わらず絶望感が胸中を占め、無気力な瞳は光を失っていた。
もはや、思考を支配していたのは死後の世界についてだった。今まで魂の存在なんて深慮したことなんてなかったのに漠然と魂化した自分を想像していた。

宗教には属していないし、人並みにしか神様を信じていない。霊感もなければ幽霊を見たこともない。
それでも死んだ後は魂となって自分が存在していくのは信じられた。鳥みたいに上空を飛びまわったり、飲み食いしないで毎日、活動できたり、どこにでも壁をとおり抜けて自由に入れたり…そこまでは想像できた。
しかし、そこから先の今より心が楽になれる絵が全く見えてこなかった。むしろ、永遠に成仏できないで現世をさまよい続けている自分が浮かんできた。

死ぬことで本当に救われるのか…そんな疑念が徐々に胸中に広がっていった。

残された人生を生きる意味

その後も湧きでてくる想いに意識を向けていると少しずつ冷静になっていくのが感じられた。私は再び菊川先生の言葉を思いだしていた。
被害者にだって親はいる───
当たり前のことなのに私の脳内から、すっぽり抜け落ちていた考えだった。口では被害者への反省と償いという言葉を並べていたくせに、いつの間にか自分の親のことばかり考えていた。
親の為に生きるんだ…親に恩返しするんだ…親より先に死んじゃだめだ…。
常にだった。
親は勿論、何ものにもかえがたい大切な存在だ。逮捕後、今日まで踏んばってこれたのも間違いなく親が私を待ってくれる道を選んでくれたからだ。
しかし、菊川先生の言うとおりだった。
親は私だけにいるわけではない。むしろ、被害者の親加害者の親とは比べものにならないほどの辛苦を味わっているはずだ…。
又、もし心から被害者に対しての謝意が溢れていれば、二十五年という数字を聞いても動じなかったはずだ。ここまで精神が崩壊したことこそ、偽りの反省と償いの想いだったのではないか。
私は自分の考えに違和感を覚え始めた。もう一度、心奥に語りかけるように己の想いを広げた。
親、兄、友人、先輩、知人…そして被害者。二十五年、刑務所で生き続けなければいけない理由はなんだろう。
親の為にという想いはやはり、心の支えだ。友人たちに対しても同じ情意だ。待ってくれている人がいるという事実は何よりも生きる勇気になっている。

しかし、それと同時にその想いがつのればつのるほど一年でも早く、一ヵ月でも短く出所したいと考えてしまう。
本当に大切にしなくてはいけないのは、その想いなのか…。
自分の思考が違和感の根っこを掴んだ気がした。そして、二十五年の服役生活を納得させる答えを心底、求めていた。更に自問自答をくり返した。
なんで、俺はここにいるんだ…誰が一番、傷ついているんだ…俺の反省と償いってなんだ…。
沈思黙考し続けていく中、やがて、一つの答えに辿り着いた。その答えを掴んだ瞬間、くすんでいた胸中が嘘みたいに晴れわたった。自分の心の変化を感じ、確信に変わった。悟ったというのか、導きだしたというのかはわからないが間違いなく本当の答えを引き当てた。
私に必要だったのは…覚悟だった。
被害者の人生をめちゃくちゃに壊した、私が成すべきことは、
残りの人生を全て懸けて反省と償いの念を持ち続けることであった
それは死んで逃げるのでも、生きる意味を親に着せ替えるのとはちがう。
口先ではなく心から覚悟を持って、十字架を背負い生きていくということだ
それに気付いた途端、今まで心を締めつけていた二十五年という数字は霧散して消えた。二十五年だろうが十五年だろうが私の進むべき道は一つだ。刑務所にいようが外にいようが何も変わらない。
やっと辿り着いた…。感嘆にも近いため息が自然と口から漏れた。
そんな想いは当たり前だと言われてしまえばそれまでではあるが私にとっては、ここまで追いつめられなかったら辿り着けなかった覚悟だった。
人の人生は十人十色だ───
結婚し家族の為に生きる人、独身で自由を謳歌する人、漫然と自分の人生に生きがいを感じられない人…。
私がこれから歩む道は反省と償いの人生だ。
今さら、何をどうあがいても犯罪の事実は消えない。終わりなき道のりだと思っている。

しかし、母親が命を懸けて落としてくれたこの人生を腐った犯罪者のままでは絶対に終わらせたくない。何ができるかはわからない、何もできないのかもしれない。
それでも、被害者の為、親の為、待ってくれている人たちの為、、、そして自分の為に必死でもがきながら生きていきたい。
それが私の人生なのだから

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