鉄格子の内側 第20話 -終わりの始まり-(最終話)

最後の一言

「よーし、じゃあラスト取り調べはじめるか。って事件のことはもう聞かないけどな」
反町さんは屈託のない笑顔を私に向けた。
約束どおり、最後の取り調べにだされた私は何十回と通された第十取り調べ室のパイプ椅子に腰をおろしていた。
場内の様子から、今後のこと、反町さんの昔話、これからの目標などたわいもない話ばかりであったがあっという間に時間は駆けていった。
そして、二時間ほど経った頃、反町さんは脇の机に置いてあった黒いファイルを無造作に手に取り、パラパラとめくり始めた。
私は意図が読めず、黙ってながめていると
「本当は今日、福井警部も同席するはずだったんだけど急遽、どうしても外せない用が入っちゃってさ。代わりに伝言預かってるんだわ。あっ、ちなみに二人から預かってるんだけどもう一人は誰だと思う?」
反町さんは眼を輝かせながら言った。
私は、てっきり裏方に回っていた所轄の刑事さんかと思い、○さんですかと答えると反町さんは首を横に振った。
他に誰かいたかな…とななめ上の宙に視線を漂わせていると、我慢できなくなった反町さんが先に口を割った。
「○県警の武田警部補だよ」
「…え───!!」
思わず喚声をあげた。まさか、このタイミングでその名前がでてくるとは予想外だった。
「一応、全ての取り調べが終了したと電話で伝えたら、一言だけ伝言預かったよ」
久し振りに武田さんの名前を聞き、懐かしさと同時に前署の情景がよみがえった。
「じゃあ、武田警部補の一言からいくよ」
私は居住まいを正した。
色々な意味でお疲れさま。以上」
伝言は本当に一言だけで短いものだった。
「色々な意味…か」
取り調べ以外で自分との葛藤を振り返り、自然と苦笑いをしてしまった。短い一言ではあったが、わざわざ伝言をくれたことが何よりも嬉しかった。
「続けて、福井警部いくよ。…自分を見失わないように。以上」
反町さんは言葉を継いだ。
「福井警部がいわんとしている意味わかるだろう」
私は一瞬、天井を見上げた。福井警部の気さくな顔が浮かんだ。

二度と同じ過ちをくり返すなよ。そう肩を叩かれたような気がした。
そして、私が二人の言葉を頭の中で反芻していると、反町さんはファイルをパタンと閉じた。改めて向き合うと少々照れくささをのぞかせながら、私の瞳を見つめて言った。
「俺からは本当に一言だけ。…負けんな。以上。数ヶ月間の取り調べでアイセイが自分の罪に対して、これからの人生について、考えていることはよくわかったからこの一言だけ。負けんなよ」
被疑者と刑事という関係でありながら、反町さんは最後まで対等な目線で接し続けてくれた。人畜生の私を非難するでも蔑むわけでもなく、熱く真っすぐな心で、
一緒に事件と向き合っていこうなと日々、胸に染みる言葉をかけてくれた。
その反町さんからの負けんな、というメッセージはどんな言葉より私の胸奥に響くものだった。
この出会いはただの偶然かもしれないが、同じ誕生日の五歳年上の心から尊敬できる刑事のことは一生忘れない。
「本当にありがとうございました!」
私は深々と頭を下げ、最後の取り調べを終えた。

想いの丈を全力でぶつけられる場所

南さんの手元に十日勾留延長の通知が届き、私たちの共同生活も継続となった。
十日も経つとお互いの垣根は大部、低い所まで下がっており当初のギクシャクした空気はなくなっていた。
小説の仕事はどんな経緯でスタートしたんですか?」
夕方の洗面後、布団を敷きながら会話をするのが私の中で憩いの時間になっていた。南さんは穏やかな性格で話しやすい人だった。
そんな日々の中でふとした会話の流れから南さんが副業で小説業を兼務していることが判明した。
「最初はイラストレーターの仕事のうさ晴らしで好き勝手なこと書いてたんですけど、あれよあれよといつの間に仕事になってました」
「なるほどー。小説書くのって楽しいですか?」
深い意図はなく何気なしに尋ねた質問であった。
「小説は自分の思っていることを自由に吐き出せるから楽しいですよ」

南さんの一言を聞いた瞬間、私の心中で何かがピクリと反応した。隅っこで丸まっていた曖昧模糊とした固まりがゆっくりと立ち上がるような感覚を受けた。
更に小説の話を聞いていると次第にその固まりは大きく膨らんでいった。やがて、固まりが何であるのか私は気付いた。
逮捕されてから今日までの数ヶ月間は計り知れない荒波の連続だった。まだまだケツの青い大人ではあるが、これほどまでに自分の人生と向き合い、涙し、葛藤する日々はなかった。
時には死を考え、時には親の先行きを憂い、被害者への永遠の反省と償いに辿り着いた。
しかし、深甚たる激動の日々により私の精神はなみなみの水を注がれたコップのように臨界点に達していた。

全てを吐きだし、今までの想いを整理して、これからの人生を歩みたい───
いつしか、想いの丈を全力でぶつけられる場所を求めていた。そんな気持ちを秘めていた中で南さんの一言はくすぶっていた情意に触れるものだった。
「もし…自分が自伝的な小説を書いたら、どこか掲載してくれるところってありますかね…」
思わず心情を口にしていた。
勿論、自分の置かれた立場も鑑みた。犯罪者が自伝小説を書くなんて許されるべきではないのかもしれない。被害者の気持ちを忖度すれば静かに人生を生きるべきなのかもしれない。
ただ、自分の想いを整理する上で、
支えてくれる人たちへの感謝や人が生き続けていく理由、そして被害者に対する謝意を真摯に綴ることで、こんな自分でも伝えられるものはあるのではないか…。
南さんの話を聞いているうちにその想いは強さを増していった。だが障壁の多さも十分に理解していた。
「うーん、受けいれてくれる媒体は限られるし…アウトロー的な週刊誌とかはどうですかね?」
「週刊誌か…」
自分の中で週刊誌はピンとこなかった。偏見ではあるが面白おかしく扱われる気がして怖さがあった。
「週刊誌以外だと何があったかな…。自伝的な小説か…あっ、携帯小説だったら登録無料だし誰でも投稿できますよ」
「携帯小説…なるほど。でも、この状況ですし流石に気まずすぎて誰にも代理投稿は頼めないですね…」
「ですよね…」

やはり無理なのか…諦めるしかないのか…。
そう思った時、頭の中に一つの案がパっと閃めいた。
「携帯小説の運営サイドに直接依頼して、代理投稿をお願いするのってどうですかね!?」
南さんは虚を突かれた表情をした。
「運営サイドに…駄目かもしれないけど、やってみる価値はありそうですね!」
私は一筋の光明を見いだした気がした。
「よし!駄目で元々、手紙送ってみます」
自分に言い聞かせるように私は宣言した。しかし問題はここからであった。
まず、手紙を送る為には携帯小説サイトの会社の住所を調べなくてはいけない。親は勿論、友人、弁護士にも気軽に頼める内容ではない。
犯罪を犯しておきながら、小説なんてふざけるなと言われる事は明白だった。龍清さんにしても、こんな私用をお願いするのは迷惑でしかないと二の足はでなかった。
そうなると…今の状況を知り、私が何の為に小説を綴ろうとしているのかを理解してくれているこの人しかいなかった。
「南さん…もし可能であればお願いなんですが…不起訴で外にでれたら携帯小説サイトの会社の住所を拘置所まで、送ってもらえたら本当に助かります…」
私はこの大それた目標を実現する為に出会って十日少ししか経っていない南さんに協力を求めた。
自分でもこの頼み事は無謀で突飛なことだとよくわかっていた。
留置場でたまたま同室になった凶悪犯の為に、無駄な労力を空費する人なんているのだろうか。
更に南さんは起訴と不起訴の瀬戸際にいた。被害者と二十日以内に示談交渉が成立しなければ起訴は免れない。残り時間は十日を切っていた。
私の下に南さんから手紙が届く可能性はほぼゼロに近かった。
だが本能というのか、直感というのか、根拠のない私の勘はこの南さんとの出会いも反町さんの言っていた運命の一つなのではないかと語っていた。
きっと小説を書けるはず───
本署で起きた様々な奇縁な繋がりが私を信じさせた。
「わかりました。もしも、でれたら送りますね」
南さんは笑顔で快諾してくれた。私の運命はここで、また一つ繋がった。

私は生きていく

───数日後、夢にまで見たあの日がやってきた。
「お世話になりました」
担当さんたちに頭を下げ、最後の挨拶をした。頑張れよなどの声を笑顔でかけられ、旅立ちの実感を胸に感じた。
その中で一人だけ、自ら握手を求めに来てくれた人がいた
「三百八番、やっとだね」
格闘技経験者の三B部長だった。
入場当時から、頻繁に声をかけてくれ場内生活で私が一番、話を交わしたのはシンさんでも南さんでもなく、三B部長であった。
私と歳も近く、性格は反町さんに似ている部分があり、志の高い警察官の一人だった。
「昔から警察官になるのが夢だったんだ。今は場内担当だけど、絶対、刑事になりたいんだよね」
ポロっと心境を零してくれたこともあった。私の中で三B部長はただの担当さんではなく腹を割って話せる数少ない相談相手だった。
「三百八番なら絶対にやっていけるよ。負けんな!俺も刑事になって上目指すから」
私の事件内容も予想判決も全て知った上で熱情に満ちた言葉をかけてくれた。右手を差しだしてくる三B部長の真剣なまなざしに目頭が熱くなった。
「…頑張ります」
震える声を発し、両手でギュっと握りしめた。心の底から感謝の念が尽きなかった。
そして、こみ上げてくる情念を胸に場内をあとにした。
裏口から外にでた。用意されているワンボックスカーに乗り込む前に一度、振り返り本署を見上げた。
この場所で様々な一期一会を通じ多くを学んだ。尊敬できる背中から、くたびれた背中までまざまざと見せつけられた。
激動の渦の中で本当の生きる指標も見つけることもできた。
周囲からすれば私の人生は終わったように見えているのかもしれない。普遍的に考えたら凶悪事件を起こし、二十年以上、刑務所に服役するなんて人生終了のレッテルを貼られるのも当然かもしれない。事実、数ヶ月前の私も同じ心境だった。
だが、今の私の胸中にはこれっぽっちも絶望感はない。
自分が蒔いた種を刈り続ける為に何ができるのか、前向きな気概でいっぱいだ。泣いても笑っても人生は巻き戻せないのだから、これからを一歩ずつ歩んでいくしかない。
今はまだ見えないが、いつか皆が笑顔で迎えてくれる日を信じて、今日という日を精一杯、私は生きていく。

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