学生時代の集大成、卒業論文

私は今、哲学科に在籍しています。
哲学科、というとやはり哲学をやるところと思われると思うのですが、私の大学では美術史というもう一つの専攻も設けられています。
私はその、美術史専攻で東洋美術史、特に小袖雛形本という、着物のデザイン見本帳を江戸時代前期を中心に研究してきました。
卒業論文のテーマもこの主題に沿ったものですが、ここに辿り着くまで私は大きな周り道をしてきました。

初めての哲学

私は、美術が好きな普通の高校生でした。
予定がない放課後に美術館に行き、ただ作品を鑑賞しているだけで勉強に追われる日々から開放されました。
そんな日々の中、ふと図書館で借りた本で美術史という学問があるらしいと知りました。
その著者の小林忠先生がおられる学習院大学に、公募推薦の願書を出しました。
もし落ちてしまったら、なんて考えていませんでした。私が行く大学はここしかない。直感であり、確信でした。

運良く試験をパスし、私は学習院大学に入学できました。
熊本から上京し、初めての一人暮らし。東京の美術館は、世界中からたくさんの美術品が集まっていて、非常に魅力的でした。
美術史専攻が設置されている大学が少ないこともあってか、学科の友達は皆美術に詳しく、話しているだけで時間を忘れるほど楽しい日々でした。
高校では受けられなかった美術史の授業も面白く、まるで学校ではないみたい、といつも感じていたのを覚えています。
そんな美術漬けの日々に、新しい風を吹き込んだのが哲学でした。
履修条件として、学科内のもう一方の専攻の授業を受けなければなりません。
最初は美術史をやりに大学に来たのに、と思い授業に向かう足取りも重かったのですが、授業を受け続けるうち、自然と教授の話にじっくりと耳を傾けるようになりました。
哲学の授業は今まで考えたこともないようなことが扱われていました。「無」という概念についての授業は今もふとした瞬間に思い出す程印象的で、興味をもちました。
いつの間にか、美術史を学ぶ為に入学したのに、哲学専攻に変更しようか迷う自分がいました。
どちらもとても魅力的で楽しく、両方の専攻の授業を取りながら迷う日々が続きました。

ラスボスは卒論だけじゃなかった

そんな中、卒業論文のテーマを公開で発表する時期が迫りつつありました。
ずっとお世話になっているゼミの教授や学科の副手の方々と相談してやっと導き出した結論は、
「卒業論文は入学目的の美術史で書く。それでも哲学をやりたければ、もう一度大学に入り直して、哲学専攻としてやり直す」
というものでした。
その結論を出してから、私は時間に追われる日々を始めました。
卒業論文の主題に選択した小袖雛形本は、まだ美術史のカテゴリーに入れられたばかりという比較的新しい研究対象です。そのため専攻研究はあまり豊富ではありません。私が論文の中心テキストとして扱った『色紙御雛形』に関しては論文が二つ三つ程度しか見つからず、解説もないというものでした。
それでも『色紙御雛形』で論文を書きたいと思いました。なぜなら、全てのデザインひとつひとつに百人一首の句が当ててあり、全く違う表情だと感じられたからです。また、流水のモチーフが使われていることが多く、その水の激しさや流れ方が和歌にどう関係あるのだろうか、という所に非常に興味を持ったのです。
まず、デザイン画の右下に小さくつづり字で書かれている和歌の作者名から解読する作業から始めました。百人一首一覧表とつづり字の教科書を片手に雛形本とにらめっこする毎日。始めはなぞなぞを解いているようで楽しかったのですが、それに慣れるとこれからこなさなくてはならない作業量が見えてきました。正直逃げ出したいと思いました。
デザイン画と百人一首の和歌を照合し終わり、デザインに用いられているモチーフとの関連性を探り、考察した段階で既に12月になろうとしていました。提出は12月20日。週五日の大学の授業、二つのアルバイトの合間をぬって徹夜を繰り返しながら残りの研究を進めました。
提出前一週間は今でも思い出したくありません。レッドブルとキューピーコーワゴールドを一緒に飲んでも効かず、眠気が襲ってきても部屋の窓を全開にすることでキーボードを叩き続けました。論文を書けば書く程粗が見えてきて、提出ぎりぎりまで直していました。正直、今でも書き直したい位です。
また、授業やアルバイトをしている暇はない、と思ってしまうこともありました。しかし今卒論を書いている皆も限られた時間で情報を処理しているのだという一心で集中しました。この生活の中で書き上げられなければ意味がないとも思いました。

卒論を提出して見えた景色

卒業論文を書き上げ、提出した後に口述試験を終えて分かったこと、それは一つの研究を学部生レベルで修めるということの困難さでした。
書いている時には分からなくても、書き終えた後に気になる点が多くありました。例えば全体を俯瞰して研究の筋を通すことが比較研究のブレによって達成できていなかったりもっと掘り下げるべきジャンルを発見したり。
しかし、その反省点は全てやり切らないと解らないことであろうと思います。絶対に諦めず、どんなに辛くても乗り越えることで見える景色があり、そしてそれを見なければ次の成長はないのだと身をもって実感しました。
また、この卒業論文を書き上げたことで、周りの数多くの方に支えられていることにも気付きました。卒業論文の担当教授だけでなく、学科の副手の方々やアルバイト先で一緒に働く方、友達や家族が融通してくれたり気にかけてくれ、支えて下さったことで乗り越えられたことなのだと思います。
私一人では絶対に書けなかったであろう卒業論文は、私の学生時代の集大成であり、一番頑張ったことです。

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