ジジイの英語から「京大英作文」への道(1)

ジジイの英語から「京大英作文」への道(1)


  私は名古屋大学の教育学部に合格した時、大学の授業に大いに期待した。教育真理学科に進級すれば人間の心のうちを科学的、客観的に理解が進むと期待した。

 しかし、この期待はすぐに無残に打ち砕かれた。教育学部だから、学校の授業を面白くするための提案なども授業中に語られるのだ。しかし、その講義を聴いている生徒の半数くらいは寝ていた。恐ろしくつまらないのだ。


 これって、おかしいでしょう?

 それで、先輩に愚痴ってみたら

「おまえ、アホやなぁ。経済学部の教授が会社を経営したらすぐ倒産するって有名な話やぞ」

 と、言われてしまった。学者が机上の空論だけで現場では何の役にも立たないことを痛感した。


  理系の理論なら実験などで裏づけがとれるが、教育学や心理学はダメ。「オレ様は東大卒の名古屋大学教授である」という権威だけで裏づけにしている。

 権威など意味がないと講義で言っても、打ち上げ会では「オレ様は東大卒じゃぁ」と叫んでいた。


 卒業して塾講師になった。そして、すぐに気がついた。あんなに嫌っていた机上の空論の先生に自分がなっていることに気づいたのだ。実際の現場ーつまり、アメリカの日常生活ーで英語が使える気がしない。ただ、名古屋大学卒という学歴だけが自分の正当性を裏づけているだけだった。


 それで、「これではならん」と交換教師プログラムを受けてアメリカのユタ州、ローガン中学校で1年間教師をやることにした。最初の頃、受験英語で授業をしたらネイティブ教師に授業をストップさせられた。私の英語が分かりづらいらしく「いま、ミスタータカギの言ったことはね」と解説を始めた。


 授業後に、生徒たちに

「ミスタータカギは若いのに、なんでジジイのような英語を使うの?」

 と、素朴な質問をされる始末。苦労して身につけた受験英語はすべて捨てざるをえなかった。

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