ジジイの英語から「京大英作文」への道(2)

ジジイの英語から「京大英作文」への道(2)


  アメリカから帰国するとき「26歳、無職、貯金なし、彼女なし、資格なし」になることがわかっていた。そこで、名古屋の予備校や専門学校に履歴書を7通送ってみた。中京地区なら名古屋大学の名前とアメリカ帰りと言えば、雇ってくれると期待したわけだ。


 ところが、一通も返事はなく無職になってしまいそうだった。仕方なく実家にもどり近所のアパートの一室を借りて塾を始めることにした。その頃に結婚して娘が三人授かりお金儲けに必死だった。悪い塾生がそそかしこに自転車を放置するため近所から苦情が出始めていた。


 そのため追い出されるようにアパートを出て自分の土地を購入し家も新築して20年ローンを組んだ。両親の土地と建物が担保に入ることになり、返済額も大きいので昼間も働きたかった。そこで、バカバカしいと思いつつ英検1級に挑戦するしかなくなった。


 その教本をネイティブの友人に見せたら

「なんで日本人のお前がこんなシェイクスピアの時代の英語をやってんの?」

 と、からかわれた。仕方ないのだ。日本社会は、実力より形式優先。資格がないと英語講師として雇ってくれそうになかった。


 30歳で1級に合格して、ついでに通訳ガイドの国家試験、ビジネス英検A級、国連英検A級などにも挑戦して全て合格した。それを履歴書に書いて名古屋の予備校や専門学校に送付したら全て返事がきた。日本は、本当に権威主義なので嫌いだ。


 名古屋のコンピューター総合学園HALで教えていたときのこと、40人ほどの講師がいたけれど生徒のアンケートで2番人気であることが判明した。自信がついた。ただ、NECや富士通の新製品の発表会に行くと会場にいた専門家は露骨にコンピューター関係の講師を見下していた。

 「理屈ばかりで現場では役に立たない奴ら」

 ということらしい。私が大学時代に教授たちに感じた思いと同じだった。

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