ジジイの英語から「京大英作文」への道(3)

ジジイの英語から「京大英作文」への道(3)


 自分の塾を新築して10年ほどしたらバブルが崩壊して日本経済は不況に突入した。塾業界も少子化、過当競争にバブルの崩壊でトリプルパンチをくらい、どの塾も経営危機に陥った。


 私もその頃は小さな娘を3人かかえて危機感を深めていた。毎月の返済が50万円ほど。生徒数でいうと40人分くらいはローンの返済で消えていった。そこに生活費が上乗せされると100人以上の生徒を集めなければならなかった。失敗したら親の土地も家屋も担保だから自分だけの話ではなかった。


 そこで、生き残りの戦略を真剣に考えた。少子化で子供の人数が減るのなら単価を上げるしかない。過当競争で生徒の奪い合いをするのなら単価を上げられる生徒を相手にするしか生き残りの道はない。成績の悪い子は退塾率が高いのは分かっていたし、成績の悪い子が集まる塾は「落ちこぼれが集まる塾」として倒産することも分かっていた。


 大規模チェーン塾に対抗できる武器は「名古屋大学卒」「英検1級」だけ。すると、取れる作戦は“ブランディング”以外になかった。そこで、まだあまり知られていなかった Youtube 動画やアメブロなどのSNSで四日市高校や桑名高校の合格者数の広報を始めた。


 そして、数年経つと「賢い子が集まる塾」と評判が広がった。ところが、妻は

「あなたは成績が悪い子を差別している!」

 と、私を批判し始め、生徒の保護者からは

「アホは教えんと言うことか!!」

 と悪評も広がった。一方、賢い子と保護者からは絶大な支持が集まりつつあった。結局、ある日仕事を終えて帰宅したら奥さんがいなかった。


  しかし、悩んでいる暇はなかった。不況を乗り切ろうと銀行に融資をお願いしに行ったら

「当行は大規模塾は勝ち組。おたくのような個人塾は負け組と思っています」

 と、言われてしまった。一生忘れない。絶対に見返してやる。それで、禁断のカードローンに手を出してカードが5枚になってしまった。幼い娘がいたので途方に暮れたけれど逃げるわけにはいかなかった。


 痛風で痛む足を引きずってでも授業を継続していくしか道はない。

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