ジジイの英語から「京大英作文」への道(13)

ジジイの英語から「京大英作文」への道(13)

 40歳すぎの人なら理解できると思うが身体機能が落ちるにしたがい感受性も鈍ってくる。それはどうでもいいことを気にせずに過ごせるのでマイナスばかりではない。しかし、もはや流行歌や異性にときめかない自分を否定することはできないだろう。


 この頃から「懐メロ」に親しみ始めることになる。多くの人にとっての懐メロは10代後半から20代前半くらいまでに耳にした音楽だろう。その頃は人生の中で最も感受性が鋭い時期なので映画であれ流行歌であれ心に刺さりやすい。どうしようもないほど共感してしまう。


 受験勉強にも同様の側面がある。他人の視線が気になるので競争心が異常に高まったりする。それが向上心につながり「受かった」「すべった」と大騒ぎになる。逆に言うと、感受性に乏しい子は受験勉強に向かない。そういう子の指導を引き受けると悲惨な結果になりやすい。


 英語といっても純粋な「英語」というものは存在しない。英語で何かが書かれているわけだ。小説なら主人公に共感しないと上手な和訳など出来ないし、論文ならそこに書かれている主題に興味が感じられないと訳などできるわけがないのだ。つまり、高得点は望めない。


 この感受性なり共感なりは教えて覚えるものだろうか?私にはとうていそう思えない。遺伝と幼児の頃の育て方で決まる。小学生や中学生になったら教えられるようなものではない。運動能力や芸術などは誰の目には明らかだから受け入れるしかない。


 ところが、学力はそうはいかない。

「キミは勉強に向いていないね」

 と口にしたら、大炎上だろうし、批判される。

「教育者のくせに教育を否定する気か!」

 と叩かれる。


 日本では法治主義が根付いていない。日本は中国や韓国と大差な情治主義の国なのだ。アジアの国がいつまで経っても欧米諸国から一歩遅れるのは、ものごとをありのままに見ないから。

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