ジジイの英語から「京大英作文」への道(17)

ジジイの英語から「京大英作文」への道(17)


 私は若い頃に名古屋の大規模塾、予備校、専門学校で14年間講師として働かせてもらったことがある。いろいろな塾で勤務しながら経営方法、教材などの研究をしたかったからだ。田舎の個人塾では情報が集まらない。


 もちろん、反面教師となる今ではつぶれた塾もある。その塾は名古屋に10教室以上持っていたが塾長が無能だった。バブル景気に乗って支部教室を作りまくっていた。ある地区に支部教室を出すとき

「あの地区にはS塾という小さな個人塾があるけど、オレが進出したらすぐ潰せる」

 と豪語していた。しかし、実際に支部教室をだしたら最初の頃だけ生徒が集まったものの数年もすると両者が拮抗して最終的に敗北した。その理由は簡単で、S塾には明確な哲学があった。それは、河合塾や駿台のような巨大塾があるにもかかわらず鉄力会のような小さな塾がつぶれない方法だ。


 飲食店でもチェーン店がある一方で町中華などで繁盛している店があるのと同じことだ。ファミリーレストランなら和食、中華、洋食など何でもある。しかし、本気でうまい中華を食べたかったら町中華に行くのと似ている。


 また、その撤退の仕方が最悪だった。支部教室を出したころは土曜日も日曜日も授業を行っていた。講師をローテーションで回して週7日営業という状態だった。しかし、生徒が減ってくると週6日、週5日、週4日と営業時間が縮小していった。

 週4日だけの営業になると、さすがに生徒たちが

「もうこの塾はダメじゃないか?」

 と、疑問を抱き始めて誰にも分かるような

「人気がなくなって、つぶれた」

 という状況で撤退した。


 誰の目にもS塾に敗北したことは明らかだったので、悪い口コミが広がり他の支部教室の評判まで落ちてしまった。私が自分の個人塾の周囲に巨大なチェーン塾が出来ても落ち着いていられたのは、そういう経験をしていたからだ。

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