アメリカで誘拐を経験して、COVID-19と戦って多くの命を救い最優秀国際貢献賞の受賞を成し遂げ、名門米国大学からの全額奨学生に選出された高校生の話。

コロナウイルスによって全てが変わった2020年3月。同時に、世界中の人々がすぐに日常生活が元どおりになると信じていた時期でもある。

そんな時期に、僕は国際ロータリーの支援のもと、国際親善大使としてアメリカに滞在していた。

世界中で多くの人が感染し、多くの人が大切なモノ・コトを失い続けている。それでも進む感染拡大と、アジア人に対する差別の増加。その影響で、1年間ともに世界とは何かを学んできた留学生は全員帰国してしてしまう。そして僕はコロナウイルスに感染してしまった。

退院後、大好きだった散歩すらできなかった。なぜなら、たくさんの差別が存在していたから。銃を一度向けられたし、実際に隣町でアジア系アメリカ人は射殺された。

現代社会に溢れ返っている解の存在しない相対的問題、不正義に対しての意識が強くなった。

いつ殺されてしまってもおかしくないそんな状況でも、日本に帰国せずに先例のない挑戦を続け、それらから得る学びを貪欲に求めたことには、いくつかの理由がある。

この文を通して、ネガティブな経験、思考をひとつのエネルギーに変えて挑戦することの意味をそれぞれ探し始めるようなきっかけになってほしい。

1, 誘拐、人身売買を経験する

アメリカ留学中、現地の仲の良かった友達に僕の誕生日を近くの公園で祝ってもらった。

いつものように変わらず広場で遊んでいた。

でもその日だけ何かが違った。鼻をツンと刺すような文字に起こすことが中々難しい独特な青臭い匂いがした。何よりも気温が低いのにも関わらず冷や汗をかいてしまうような雰囲気、視線、気配を感じていた。

まだ4時だったのにも関わらず、誕生日だった僕の特権として解散を決めた。僕は親友の車の助手席に乗り込みいつものように帰ることを試みた。

でも公園の駐車場を出て、広場を横切る時に僕は信じられない場面を見た。

僕の大切な友達を、有り得ないスピードで体付きの良い男2人が連れ去っていったのだ。

何が起きたかはわからなかったけど、とにかく彼女にとって危ない状況であることを感じて、僕は車から飛び出して走った。

でも、結局逃げられてしまった。同時に僕の大切な友人は連れ去られてしまった。

1週間後、彼女の遺体はほとんどの臓器が取り抜かれた状態で捨てられていたことをホストファミリーから知ることになる。

何かできる状況でも、するべき状況でもなかったけど、自分の無力さに対する絶望、そして自分を支えてくれたかけがえのない友人を目の前で失った地獄。

同時にやはり世界には多くの不正義が存在するのだと、身をもって強く感じた。そして世界は完璧な部分などないが、それらの不正義と戦い、誰かの役に立つために僕は生きているのだと強く感じた。

「僕は社会のためにどんなことができて、このような問題を解決し、多くの人が大切な人を失わないよう、より良い世界を創れるだろう。」

自分自身にこれらを問い続けて、僕は全ての人を誘拐、人身売買から守り、少しでも世界をより良くすることを決めて学び続け、先例のない挑戦を続けた。


2, COVID-19との直面

中国の武漢で発見されたコロナウイルスが、アメリカ本土でも確認され、学校中が大騒ぎになったことを今でも鮮明に覚えている。

そしてすぐ、僕が滞在していた州でも感染者が確認されて、日本人である僕への差別が始まった。ちなみに、差別を受けたことに関しては多少の悲しさはあったが、日本では中々経験できない差別を経験できたという点では前向きにとらえていたことを覚えている。(差別は決して良いことではないと思っている)

3月上旬には、周りの留学生が強制的に帰国させられてしまった。僕が参加していたプログラムの学生も続々と帰国していった。

そんな時に、まさかの僕自身がコロナウイルスに感染してしまった。実際に陰性か陽性かの検査を、その時は後回しにされて受ける事は出来なかったが、症状から考えても間違いなくコロナウイルスだった。

もちろん咳などの症状が悪化してかなり辛い思いをしたが、何よりも辛かったのは、感染した際に何をすれば良いのかがわからなかった事、周囲への感染の心配である。

州の保健局のウェブサイトを見ても、重要な情報がその頃は載っていなかったため、結局は病院に何もかもお願いすることしかできなく、感染してから完治するまで、僕1人のために3名の医療従事者が必死に動いてくれた。

瀕死状態の僕が真っ先に考えた事は「もし感染者が爆発的に増加した場合、州人口の少なさや医療従事者の数を考えた時に医療崩壊は簡単に起きてしまうのではないか?」

その時僕は、公式の情報ベースを早期(3月〜4月)に完成させなければ、人々のコロナウイルスに対する正確な知識の少なさに繋がり医療崩壊の発生だけに留まらず、クラスターも簡単に起きてしまうことに気づく。

僕には医療知識も技術もないので、その部分に関与しポジティブな影響をもたらす事はできないが、この情報のベースを完成させ、アップデートしていくシステムを作る事なら、2週間から3週間もあれば成し遂げられ、多くの命を救えると感じた。

そこから僕は、3人の医療に関心がある友人とともに、感染した際、退院後に必要な情報を特定し、病院で働いていた方とそれらの情報を正確にし、14日で州保健局に提供した。 そして州保健局はわずか11日でその情報を中心にウェブサイトを再構築した。

結果として、多くの人がコロナウイルスに関する正しい知識を得て、感染対策を行い感染者が減少した。それだけでなく、医療従事者への負担も減少した。

この挑戦を通して最も成果を感じた瞬間は州知事であるMark Gordonさんから僕宛に力強い文字がぎっしりと詰まった3枚の手紙が届いたことである。

彼自身、インターネットがあることが当たり前の時代にやるべき必要不可欠な事を改めて認識したことや、組織自体をアップデートしていく事の重要さについて書かれていた。

帰国する前に、実際に彼を訪れて話す事はできなかったが、必ずこの逆境を乗り越え、世界にとって素晴らしい変化になるよう学び続け、再びアメリカで会うことを電話越しに約束した。

この一連の出来事を記事にするかは、世の中の極めて深刻な状況を鑑みた中で大丈夫なのだろうか、と悩み続けてこれまで詳しく話すことすらなかったが、インターネットに溢れている情報の正しさを見極める能力や、情報が持つ大きな影響力の大切さを再認識するために、少し勇気を出して書いてみた。

3, 最優秀国際貢献賞を受け取る

そもそも、僕がこのnoteを書こうと思ったのは、この賞を国際ロータリーから受け取れなかった挑戦者から、いくつかの心を突き刺すようなコメントが届いたからだ。

確かに、無名で東大生や北大生ほど勉強ができるわけでもない札幌の高校生が、世界中の大学生、経営者、科学者を代表してこの賞を受け取ったことに、疑問を抱く人が多いかもしれない。

ちなみに、僕の人生の本質的な部分(僕が求めている変化)が、この賞の受賞ひとつで大きく変わるはずがないことを挑戦前に理解していたので、特にアンチコメントが押し寄せても何も感じることがない。それどころか、こんな未熟な自分にそういった注目をしてくれる存在ができたことに対して嬉しく思う。

ここまでの文章を読んで頂ければ、なぜ僕が受賞したのかを大体理解してもらえたはずだが、この賞だけでなく全てのことに共通していることを見落としている人が多いのだと考える。

「何のために、そして誰のために挑戦するのか」

活動功績のみに目を通せば、僕より素晴らしいことを成し遂げた人は世界中にたくさんいる。何か研究して素晴らしい成果を得た人、たくさんのお金を作った経営者、素晴らしい発明をした科学者など。

でも「あなたはそれらの挑戦を通して何を学び、これからどんなアクションを起こすか?」

残念なことに僕のコロナウイルスに対する挑戦は、一つの州で一時的に素晴らしい効果を生んだが、現在は跡形もないくらい感染に関する状況は酷い。

このように、ひとつの挑戦が成功したからといって、主体者が期待するほどのインパクトや継続性も、実はないのかもしれない。

こう考えると、せっかく素晴らしい挑戦をして学びを得たのに、わざわざ僕に残酷なメッセージを寄せてきているような人は、素晴らしい発明をして世界中でヒットしたが、作成過程での学びを生かさず次のアクションを起こすことができずに、静かに廃業に追い込まれる会社や組織に似ているかもしれない。

きっと、この2つのコアな部分をこの時点で持っていて、その中でも特に目的が明確だったのが僕だったからこの賞を受賞した。

加えて、磨き続けてきた愛嬌を初めて発揮できた場面でもあった。

「なぜ僕たちは挑戦を繰り返し、学び続けなければいけないのか」

この問いに共通した完璧な答えはないけれど、それぞれが挑戦を続けていくうちに、それぞれの答えが見えてくるのではないかと思っている。

4, 現代社会における留学の在り方とは

国際ロータリー(以下:ロータリー)が主催する交換留学プログラムと文科省が主催するトビタテ留学Japan(以下:トビタテ)をベースに、僕が考える現代社会における留学のあり方を考えてみる。

ここで、まず簡単にロータリーが主催する留学プログラムについて簡単に説明する。世界100カ国以上で実施されているロータリー青少年交換は、ロータリークラブによる支援の下、15~19歳の学生が海外に滞在し、言語や文化を学びながら、海外に友人をつくり、世界市民としての自覚を養うことのできるプログラム。https://www.rotary.org/ja/our-programs/youth-exchanges

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ちなみに日本では、ロータリーに対しての人々の認知度は低いが、アメリカではかなり高い。この認知度の差は日本のロータリーが行っている活動と、アメリカのロータリーが行っている活動を比較して、活動がどの程度人々に対して貢献しているかという差であり、実際にアメリカで10以上のクラブ訪問をしてそれを感じた。

僕が実際に1年間このプログラムを終了して感じることを一言で表すと「非常にもったいない反面、可能性に満ち溢れているプログラム」だ。

実際に、21人の世界中から集まった学生だけでなく、このプログラムに参加した学生で、上記のプログラム内容を達成した学生は限りなく少ないと感じている。

比べてほとんどのトビタテに参加した学生は、たった2週間で世界に何かインパクトを与えるような能力、気づきを得て帰国する。(帰国後報告会からの見解)

明確に見える理由はすべての地区の参加基準と応募アプリケーションのレベルの低さと内容の薄さ。

ロータリー に決まる前、僕は留学をするために大好きだったサッカーを捨てて、トビタテの書類を全力で作成するだけでなく、多くのイベントに参加し、どのように合格するのかを誰よりも研究していた。

日本のロータリーの審査基準はここでは説明しないが、アメリカで実際に僕がロータリーメンバーから推薦され、また審査する人間としてプロセスに関わった際に、ロータリー のアプリケーションプロセスの薄さを実感する。

そして何よりもロータリーが主催する留学プログラムに挑戦する際、一切の学びがなかった。

留学というものを、自分でデザインする一定期間の教育と仮定した時、そのデザイン過程が一切なかったのだ。

ちなみにこの部分は海外大学への出願を終了して思うが、なぜ海外大学と日本大学のレベルが年々開いていくのかにも共通するだろう。

多くの教育者が、カリキュラムなどの教育過程の部分に注目して討論を繰り返すが、実は大学での学びは出願プロセスから始まっていると考える。僕が感じた教育の本質。例えば、アメリカの大学出願時に、多くの学生が何ヶ月もかけて書き上げるエッセイには学びが溢れている。

なぜ僕が1年間で多くの挑戦と学びを続け、素晴らしい出会いと原体験を得られたかは、トビタテの応募書類で自分自身の1年間の教育をデザインしたからだろう。

僕が考える、留学の在り方とはこの部分だと考える。このデザインの部分を本気で行わない限り、真の国際教養も理解も言語習得も中途半端で終わるどころか、全くできないのかもしれない。

何のためにあなたは国境をこえるのか?

加えて、留学することは何かを学ぶための手段であって、目標でもゴールでも何もない。

あなたはどのようにあなた自身の学びをデザインして世界中の挑戦者と違いを作るか?

5, 本気で挑戦することの意味

僕は中学三年生の頃、公立高校に進学して勉強とサッカーをすることも十分にできたが、その頃はまだほぼ無名で学力も低く、怖い人が比較的に多い、しかも通学時間が往復で3時間もかかる札幌新陽高校に進学を決めたのは、高校のパンフレットを見たときに「本気で挑戦する人の母校」というキャッチフレーズに魅了されたからである。加えて、校長である荒井優校長(以下:優さん)のプロフィールを見て、直感でこの人の高校で学びたいと思った。

1年生の頃から本気で挑戦することの意味を探し続けていた。考えれば考えるほど分からなくなっていったため、とにかく行動し続けた。

この言葉の意味を自分なりに見つけないと、卒業証書を優さんから新陽高校の1人の生徒として受け取る資格はないと思い続けて、アメリカに飛び立った。

毎日外に出て挑戦をして失敗を繰り返した。英語の能力が中学二年生だったので悔しさも、恥ずかしさも毎日感じ続けたが、得たものと比較すると限りなくくだらなく今は思える。

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(帰国後校長室に訪れた際に撮影した大切な一枚)

中々文字に起こすのは難易度が高いが、本気で挑戦するということは、「失敗やリスクを恐れないファーストペンギンとして自ら機会を創出し、挑戦やそれから得られる学びを通して自分自身だけでなく、世の中に良い変化をもたらす」ということなのではないかと、これまでの挑戦を通して思う。

6, すべての逆境は挑戦するチャンスでしかない

目の前で大切な友人を誘拐によって失ってしてしまったことも、早期にコロナウイルスに感染してしまったことも、差別されたり銃を向けられたことも、すべて悲しい出来事だ。もしかすると、僕は当たり前のように日本に帰国して家族と友達に再会することができなかったかもしれない。

でもこれら全ては僕にとって挑戦する、そして学び続けるチャンスでしかなかった。

友人を亡くしたことはとても悲しいことだけど、この出来事がきっかけで、世界中でこの瞬間も誘拐が起きていて、多くの人がさらに悲しんでいることを知った。

そして挑戦し学び続けたからこそ、トップ俳優であるAshton Kutcherに出会い、Thornに参加する機会に恵まれた。そして現在すべての子供を誘拐、人身売買、性虐待から守るため、より良い世界のデザインを試みている。

僕が早期にコロナウイルスに感染していなければ問題発見が遅れ医療崩壊がもっと早く起こり、さらに多くの人が命を落としたかもしれない。

世界は決して完璧ではない。だからこそ、多くの人がネガティブな感情を持つ。

でも、そこからもう一歩進むために、それらのネガティブな感情をポジティブな建設的なエネルギーに変えて挑戦していくことが必要なのだと感じる。

物事に必ず生じる亀裂を探し、その亀裂に入り込み、より良い変化をもたらすことができるような光になるために、僕はこれらも失敗やリスクを恐れないファーストペンギンとして、誰よりも強く真剣に先例のない挑戦をしていく。

次回は地方の海外大学進学が特に盛んではない私立高校からどのように海外進学への道を自ら切り開いたかを書いていきます。

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